ブレスレット回収(千里と桃香)
天井から、千里達のたいまつの明かりを見ている猿人族。小声で会話をする。
「あいつら、何をしているんだ?」
「魔物を第三階層へ追いやっているように見えるが」
「あれ、人間族だろう? そんなことできる人間がいるか? 俺ら獣人でも無理だろう」
「じゃあ、何をどうしているって言うんだ? どう見ても、魔物を追い立てているだろう」
「あれ、逆スタンピードが起きてないだろうか」
「逆?」
「そうだ。奥に向かって魔物が一気に移動を」
「……そうだったら?」
「わからない。ただ、俺らの計画はだめかもしれん」
「た、確かに。スタンピードを起こさせる魔物が奥に行ってしまったからな」
「どうする?」
「どうするも何も、見つかったらやばい、のか?」
「とりあえず、やり過ごせるか、おとなしくしていよう。それで、ダメなら何とでも言って、逃げよう」
「わかった」
「あとちょっと。左右から縮めていくよ」
千里達は、第三階層への入口に向かって、さらに追い込む。
「フローラ! 蓋準備!」
「はい!」
「よし、後三匹、二匹、一匹。フローラ!」
「アイスウォール!」
バシン!
フローラは氷の壁を顕現させ、第三階層への入口を完全にふさいでしまった。
「ナイス、フローラ!」
「すごいです。きれいな氷です」
千里と桃香がフローラをほめる。
「よーし、これで心置きなく訓練できる。それまであと一歩」
と、千里は大きく息を吸い込む。
「そこの二人! 出てきなさい」
と、千里は天井に向かって叫ぶ。
だが、誰も出てこない。猿人族の二人は息をひそめたままだ。
「そう。そう言うつもりなら。炎はダメだから。ルシフェ、アイスバレットの散弾用意!」
ルシフェが精霊たちに話しかけ、アイスバレットを数十も展開する。
「てー!」
ズドドドドドドドドド……
猿人族の隠れている足場がどんどん削られていく。岩なのに氷の弾丸によって。
「ま、まったまった。降りる。降りるから止めてくれ。降参だ」
猿人族が二人、天井から降りてくる。
千里は、その猿人族に聞こえるように、メンバー全員に命じる。
「全員、アイスバレット用意!」
全員が、猿人族二人に向けて手を掲げる。
「いや、待ってくれって、何なんだあんたらは」
千里は一歩前に出る。猿人族の質問には答えない。
「さあ、どっち? ミケのブレスレッドを盗んだの」
猿人族は顔を見合わせる。
「アイスバレット、五秒前、四、三、二」
「す、すみませんでした。ちょっとした出来心です」
猿人族の一人がブレスレットを差し出したまま土下座をする。
もう一人の猿人族も一緒に土下座をした。
千里は、そのブレスレットを手に取る。
「これ、本当にミケのブレスレット?」
「はい、そうです。間違いありません」
「じゃあ、ちょっとその場でジャンプしてみて」
「「え?」」
「ほら、早く、飛んでみなさいって」
猿人族は二人とも慌てて立ち上がり、跳躍をする。
チャリンチャリン
「その音は何?」
「……あの、コインです。コイン」
「出して地面置いて、もう一回飛びなさい」
猿人族は、ポケットからコインを取り出して地面に置き、もう一度飛ぶ」
スカッスカッ
服がすれる以外の音はしない。
まあいいか、と千里が聞く。
「さてと。何していたの、ここで」
「「……」」
ザシュ!
ブレスレットを持っていた猿人族の腿にアイスランスが突き刺さる。千里が撃った。ノーアクションで。
「グワッ!」
「何していたのって」
「ブレスレットを奪って逃げたはいいけど、ロックリザードのせいで出られなくなっていましたー」
ザシュ!
「本当に?」
もう一人の猿人族の腿にもアイスランスが刺さる。
「聞いているんだけど?」
「は、はい。その通りです」
「そ、まあいいわ。どのみち、貴方達は犯罪者。だから選びなさい。ミケとブチに盗賊として冒険者ギルドへ連れて行かれる。私達に五日後に冒険者ギルドへ連れて行かれる。ここで死ぬ。ちなみに、ミケとブチが連れて行く場合、逃げられないように手足を折るわ」
「そ、その場合の治癒魔法は?」
「知らないわよ」
「五日後って言うのは?」
「私達が五日後まで街に帰らないからよ」
「その場合……」
「あの氷の壁の向こう側にいてもらうわ」
千里がフローラの氷の壁に親指を向ける。
「もっとましな方法は……」
「仕方ないわね。ミケとブチに冒険者ギルドの誰かを呼んでいてもらって、ここで明け渡す、かしら」
「「それでお願いします」」
「ちなみに、今日は、午後までここから出るつもりはないから、そのままでいてね」
千里は、アイスランスを抜いて、傷口だけを治癒魔法でふさぐ。アイスランスで折れた骨はそのままだ。
「ヨン、引きずって来て」
「はい。ミー、チー」
「「はい」」
皆でいったん第二階層入り口付近まで戻る。
千里達は、第二階層から魔物をすべて排除し、気兼ねなく訓練するための場を作り上げた。
ついでに、ミケのブレスレットも取り返したということで、良しとする。
「ミー、チー、そのまま第一階層に入ったところにそいつら置いておいて。こっちを見えないようにね」
ミーとチーが猿人族を第二階層の入口から第一階層へと運んで行ったとき、そこへとやってきた二人がいた。ミケとブチである。
「あ、あの。これは?」
ブチが猿人族を運んでいるミーとチーに声をかける。
「あ、ちょっと待ってて」
チーが千里と桃香を呼びに行く。
千里と桃香は、チーと一緒に第一階層まで戻る。
「あ、ミケにブチ、ここまで二人で来たの?」
「え、ええ。ロックリザードは、皆さんが開いた通路を急いで通って。その後は、全然魔物がいなくて」
ブチが千里の質問に答える。
「そう。あ、これ」
千里は、思い出したかのようにブレスレットを取り出す。
「ブレスレット!」
ミケが目を見開く。
「これで合ってる?」
「はい。取り返してくれたのですね。ありがとうございます」
ミケはブレスレットを受け取り両手で握りしめる。
「それじゃ、二人で帰れる?」
ミケとブチは顔を見合わせる。
「ロックリザードがよけてくれていれば」
ふう。と、千里がため息をつく。
「私達、まだ帰るつもりないから、しばらくそいつらを見張っていてくれる? 私達が帰る時だったら、ついて来てもいいわ」
「はい。お願いします」
「それじゃ、そいつらをお願いね。それと、私達の訓練を見ちゃダメだよ」
「はい。わかりました」
千里と桃香、ミーとチーは、第二階層へ戻って行った。
その頃、バウワウの港区にあるリンベル商会。ベルリン商会のバウワウ支店ではあるが、商会名は変えてある。
「あいつら、うまくやってんのかよ」
猿人族の男が二人の仲間から連絡が来ないことにイラついている。
「全く、会長からは一発目の船を襲えと言われていて準備も忙しいってのに」
男はため息をつく。
「スタンピードくらいすぐに起こせるって言っていただろう。それに乗じて領主の娘も処分できるってよ。で、何でなにも起こらないし連絡も来ないんだ」
ガン!
男は椅子を蹴りとばす。
「おい、誰か見てこい。そっちは失敗したら失敗でいい。船を襲う方は失敗できないんだ。四日後には出るんだぞ」
リンベル商会から何人もの男が飛び出して行った。




