大切な銀貨(優香と恵理子)
「お母さん。私やっぱり魔法が好き」
ここは商社ベルリンの最上階。会長室。
「あのなベル、魔法は使えるかどうかだ」
ベルの告白に母親であるリンドバーグはしかめ面をする。
「私、魔法使えるよ」
「そうだろうな、高等学園にまで行ってトップクラスだったことだしな」
はぁ。
リンドバーグのため息。
「じゃあ、何で使えるかどうかって言うの?」
「魔法を行使できるかどうかじゃなくて、利用できる魔法かどうかだ。お前は魔力量も多いし無詠唱で魔法を行使できる。探査魔法も使える。だが、攻撃魔法はてんでダメだ」
「今日、ホーンラビットを倒す事が出来た」
「あのな、うちの家業が何かわかっているだろう? ホーンラビットには気づかれなかったかもしれないが、大きく振りかぶってストーンバレット、じゃないんだよ。狙い撃ちにされるだけだろう?」
「私、人に向かって攻撃魔法を撃ちたくない」
「人に向かって撃たない攻撃魔法なんてない。魔導士団だって冒険者だって、人を自分を守るために、人に向けて攻撃魔法を撃つことがある。ましてやうちの家業じゃ必須だ。目的は違うが人に向けて撃つことには違いはない」
「……」
ベルはリンドバーグにそう言われ、言葉を失う。
家業は商会だが、海賊でもある。
「で、本題はなんだ?」
リンドバーグがベルに聞く。何が言いたいのだと。
「……私……冒険者になりたい」
「ハァ? これだけうちの家業にどっぷり浸かって、うちの家業で飯を食って育って、それで今更冒険者になりたい? 冗談も休み休み言え」
「で、でも……」
「もういい。この話は終わりだ。出ていけ」
リンドバーグは、ベルを会長室から追い出してしまう。
ベルは、シュンと肩を落として会長室を出て行った。
ベルはビルの地下まで階段を降りていく。そして、地下道を通って自宅に戻る。ごく普通の母子家庭の親子を演じるための家に。
誰もいない家。
自分が歩く以外の音もしない。
一緒にいてくれる人も、出かけてくれる人も、サンドイッチを食べてくれる人も、笑ってくれる人もいない。
ベルは自分のベッドにうつぶせに倒れ込み、この二日間の記憶をたどる。オッキー達と過ごした時間を。
脅されて地下牢に入れられた。
オッキー達はメイド服を汚さないと言った。それは守るべき何かがあるからだ。
全く不安を感じていなかった。それは、助けてもらえる、そう信じている相手がいるから。
いつも前を向いていた。それは目指すべき何かがあるから。
エヴァの放った魔法は静かで正確で美しかった。それはきっと心を表している。生き方にきっと迷いがないんだろう。
私を警戒しているのは当たりまえだった。
でも、最後には笑ってくれたような気がする。
……
あ、私、いつの間に作り笑顔をやめていたんだろう。
たった二匹の魔物を倒しに行っただけのお出かけ。
楽しかった。嬉しかった。
……いいなあ。
ベルはそっとポケットの中の銀貨を握り締める。
ああ、私は、私はずるして、人を貶めて、汚いお金で育って……もうだめなのかな。ちゃんと笑えないのかな。
ううん。笑えたよ。
私、あの時は。
でも、もう、そんな日は二度と来ないのかな。
ベルはベッドから抜け出す。
そして裁縫道具を取り出した。
この銀貨は、この銀貨は絶対に汚くない。汚れてなんかない。
大切な。大切な銀貨。
たった一枚だけど、それでも、きれいな、オッキー達と一緒に手にした銀貨。
それだけは間違いない。
私の、大切な銀貨。
翌日、ベルは家を出て歩き始める。
どこへ行くでもない。用事もない。
だけど、どうしても足が向いてしまう。オッキー達が滞在している宿へ。
宿の前を通り過ぎる。
ちらっと覗く。
少し行って戻ってくる。
また通り過ぎる。
ベルはわかってはいる。
オッキー達には仕事があって、宿か馬車にいる。
それでも、誰かいないかな、と、期待して覗く。
「オッキー、マティ、エヴァ、お客さんが来ているよ」
ヴェルダが声をかけてくる。
当然、メンバーの中には何があっても誰が来てもいいように周りを監視しているものもいる。
オッキー達は、誰が来ているのかは想像がつく。昨日も来たのだ。
だからと言って、仕事を二日もさぼるわけにはいかない。
ちなみに、ベルを警戒しているパーティとしては、その監視および状況確認のために、オッキー達をベルと一緒に行動させているのでもあるが。
「ベル、おはよう」
オッキーがベルに挨拶をする。
それに、気づいたように挨拶を返すベル。
「あ、オッキー、マティ、エヴァ、おはよう」
「「おはよ」」
ベルはちょっと照れくさそうにうつむき加減で笑う。
「えっとね」
ベルがここへ来た理由を話そうとするが、オッキーがそれを遮ってしまう。
「ベル、私達、昨日出かけちゃったから、今日は先輩たちに迷惑をあんまりかけられないんだけど」
「あ、そうだよね。うん。そうじゃないの。今日はね。あの……」
ベルは赤らめたほほを隠すようにうつむき、そして、ポケットに手を入れる。
「あの、私ね、昨日みんなと一緒に魔物討伐に行けてうれしかったんだ。すごくうれしかった」
もじもじ。
うつむいたまま左右に視線をさまよわせるベル。
「それでね、私……、いや、あれ、あの、みんな、昨日の銀貨どうしてるかなって。つかっちゃった?」
思い切って聞いてみるベル。
それに対して、オッキー、マティ、エヴァがとった行動は同じだった。
三人ともポケットに手を入れて、銀貨を取り出して見せた。
昨日の今日である。
昨日はしかも森に入ったんのだ。絶対に着替えているはず。
にもかかわらず、各々のポケットに入れていた銀貨。
なぜ、この三人はポケットに銀貨を入れていたのか、持っていたのか。
ベルは、それを確かめることもせず、期待した理由ではない可能性もあるのにもかかわらず、ぼろぼろと涙を流す。
「べ、ベル?」
オッキーがベルの肩に手を置く。
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい」
謝りながら涙をぬぐうベル。
だけど、その涙がなかなか止まってくれない。
「あの、私、昨日みんなで森に入って、魔物を討伐して、そして、この銀貨をもらって、みんなで分けて。すごく、ものすごくうれしかったの。だから、私も持ってるの。私、これを大切にしたいと思って」
と、ベルは自分の銀貨を取り出す。
その銀貨は紐付きの、銀貨がちょうど入る緑色の小さなポーチに入っていた。
「こうやって持ってる。私、これ、大切だから」
「あ、かわいい!」
エヴァが声を上げる。
えっ?
と、ベルが目を開いてエヴァを見る。
「ほんと。かわいいです。ベルって器用なんだね」
マティも仮面の下から笑顔を向ける。
オッキーは騎士としてかわいい物は……好きだけど、それを口にしていいかどうか、と悩む。
「ありがとう。ありがとう」
涙を拭くベル。
「そう言ってくれてうれしい。でね」
ベルはもう一方のポケットに手を入れると、
「これ」
と言って、三つの同じようなポーチを取り出した。青、赤、白の。
「え、これ……」
エヴァとマティが興味と期待を含んだ視線をポーチに送る。
オッキーは横目でだ。
「あ、でも、ごめんなさい。みんな、お姫様だったもんね。こんな、あの、安っぽい手作りの……」
と、ベルがうつむきかけたその瞬間。
「私、青をもらおう」
と言って、オッキーが青のポーチをつまみ上げる。
そして、自分の銀貨をそれに入れると、長い紐を首にかけ、ポーチを服の中にしまってしまった。
それを見たマティとエヴァ。
「私、赤」
「私、白」
二人とも、銀貨をポーチにいれ、そして、首にかける。
「グスッ、グスッ、ありがとう。ありがとう……」
再び涙が流れだすベル……。




