転生(優香と恵理子)-1
グレイスはグリュンデール王国国王の座を辞した後、ローゼンシュタインの敷地内に自分の屋敷を構え、そこを中心に暮らしている。
妻達や騎士団も一緒に来ており、千人規模でかつドラゴン族も数百人を抱える大所帯である。
だが、旅に出たり、らいらい研のコンサート活動をしたりと、自分達の楽しみ以外、国政などには口出しをすでにしていない。
それに、浜辺にはクジラの離発着場も整備しており。いつでもどこへでも旅に出かけられるようになっていて、この屋敷に滞在している日数はさほど多くない。
突然、そのグレイスの執務室に来客があった。
大きな光の柱が床から立ち上がり、それが足元から消えていく。
そこに立っていたのは二人の人物。いや、神と天使。
「ねえ、りょーちゃん」
ピンクヘアーにアロハシャツ。短パンにサンダルと言った、南国の観光客のようないでたちの神、第二百七十四番世界の神「陽」がグレイスに、挨拶もなく話しかける。
「いつも唐突にやって来るけど、なんだよ。神様会議はしばらくないだろう?」
「お忙しいところ、申し訳ありません」
グレイスの愚痴に、第二百七十四番世界の首席天使長あずさは頭を下げる。
「ああ、あずあずは、いいよ。どうせ、よーちゃんが暇をして、それに付き合わされているだけだろう?」
「はい。そんなところです」
「あずにゃん、ひどいじゃないか」
「あたってますよね」
「そりゃ暇だけど」
「じゃあ、グレイス様のように働かれてはいかがですか?」
「いや、神様は働いたら負けなんだ。っていうか、りょーちゃんだってすでに仕事なんかしていない。きっと、アイドルのことを考えたり計画したりしているんだ」
グレイスはそんな夫婦喧嘩に割り込む。図星をつかれ、少し恥ずかしくもあったが、何もなかったかのように冷静に。
「そんなんだから暇をするんだよ。僕は忙しいんだから、よーちゃんの暇に付き合ってる時間はないんだよ」
「そう言うなよ。親友としての僕がお願いに来たんじゃないか」
「お願い? 要件があるなら先に言いなよ。っていうか、次は僕がお願いをする順番じゃないのかい?」
「そんなー。少しはだらだらするのに付き合ってくれたらいいじゃないか。お茶は出ないのかい? 何ならケーキもいいね」
その要望にシャルロッテが手を上げる。すると、控えていたメイド、コルベットがそそそっと動き出し、他のメイド達と一緒にケーキも紅茶も用意する。
「だらだらするなら、リゾートとか行ったらいいじゃないか。リゾートで是非、金を使ってくれ。それに、そっちの世界にも観光地はあるだろうに。そもそも、相変わらずアロハを着てるけど、完全に観光客だからな、その恰好」
「いや、だからお願いがって」
「それならそうで、早く言ってって」
「むう、しょうがないな」
陽は、グレイスに向かっていう。
「こっちの世界、文明が発達してきてたのはいいけど、だいぶ煮詰まってきちゃってさ、それで、人間の繁殖能が落ちてきちゃったんだよ」
「……で?」
「多分このままいくと、人間はかなり減る。それでさ、一部、魔力の多い有望な魂をこっちで預かってて欲しいんだよね。りょーちゃんだったらさ、並列世界を作れるから、受け入れられるよね」
ちなみにグレイスは第四番世界の神。以前の名前は「陵」。よって、陽はグレイスのことをりょーちゃんと呼ぶ。
陽が言うように、前任の神からグレイス引き継いだこの世界では並列世界が存在し、グレイスは確かにそれを作ることが出来る。
「預かってどうするのさ」
「また、何億年も経って、人間が増えてきたら、戻して欲しいかなって」
「気の長い話を」
「僕ら神だったら、億年なんて、一瞬だよ? りょーちゃんはまだ若い神だからわからないと思うけど」
「で、何人?」
「人? 億人じゃなくて?」
「そんなにいっぺんに器を用意できるわけないだろう。人だよ。それに、億人とかさ、そっちの世界に突然返せって言われても、簡単に大量虐殺できるわけじゃないんだよ」
「じゃあ、二人」
陽はピースサインをグレイスに示す。
「??? いいのかよ。人単位で」
「だって、仕方ないじゃん。りょーちゃんがそういうんだから」
「その二人は、もしかして特別なのか?」
「まあ、面白い子達のうちの二人かな」
「達のうちの二人ってことは、まだ押し付けるつもり?」
「うん。合計で六人」
「億人はどうした」
「それも受け入れてくれるの?」
「ゆっくりならな。今、魔族の世界を作ってるんだ。人口を増やしているところだから、そこになら、それなりに大量に受け入れていいけど?」
「なんだ。いいんじゃないか」
「でも、さっきも言ったけど、突然億人分の魂を返せって言われても無理だからな。で、その六人は特別なんだろ?」
「ああ、だから、りょーちゃんに見てもらいたい」
「見てもらいたいって言うけど、神としては対応しないし、神の眷属にもしないよ?」
「それでいい。っていうか、普通の人間としてでいいよ」
「死んだら?」
「普通に輪廻に入れちゃっていい」
「特別なんじゃ?」
「そうなったらその時ってことで」
「わかった」
陽は、ぱちんと指を鳴らす。
すると、あずさが両腕に二人の赤子を顕現させる。
「ソフィ、シャル、お願い」
「「わかりました」」
グレイスの両脇に控えていた二人の銀髪天使、シャルロッテとソフィリアがそれぞれ赤子を預かる。
その瞬間、再び光が立ち上がる。
「それじゃ、よろしくねー。また来るから。アディオス」
陽はあずさと共に逃げるように消えたのだ。
はぁ。
グレイスはため息をつく。何だっての、もう。と。
「ねえ、グレイス君。この子たちどうするの?」
ソフィリアが子供をあやすように揺らしながら、グレイスに聞く。
赤子二人は、泣きもせず、その様子を見ているようだ。
グレイスはソフィリアとシャルロッテの前に立つ。
「おい、君たち。僕の言葉がわかったら二回瞬きをして」
グレイスは日本語で質問をする。
二人の赤子は、二回瞬きをする。
「君たちは、赤ちゃんだから、今は言葉は話せないだろう。だから、話を聞いてほしい」
赤子たちは瞬きで答える。
「ソフィもシャルも、そのままじゃ疲れるだろうから座ろうか」
グレイスは、ソフィリアとシャルロッテと向かい合ってソファに座った。
グレイスは、二人に抱かれている赤子達に手を伸ばす。
「今から意思の疎通ができるようにするから、ちょっと我慢してね」
と、グレイスは、それぞれの赤子の手を握る。本当は、神の御業を使えば、手をつなぐ必要はないが、神であることをばらすこともあるまいと。
「えっと、二人とも、心の声を黙らせていてね」
瞬きをする二人。
「まず、君」
グレイスは右手をつないだ赤子に声をかける。
「君、名前は?」
すでにグレイスが話す日本語を理解していることから、転生者であることは明白。
(一ノ瀬優香です)