遊びに来たよ(優香と恵理子)
宿屋では、優香と恵理子が出かける準備をする。
「リーシャ、ブリジット、出かけるわよ」
「私達二人だけでよろしいでしょうか」
リーシャが一応、と、聞いてくる。
「辺境伯に会いに行くだけだからね。いいわよ」
恵理子の誘いに、リーシャとブリジットが腰を上げた。
「昨日、うちの子たちが夜にお世話になったみたいだけど、その件で、辺境伯に合わせてもらえないかしら」
恵理子が辺境伯邸の門番に問う。
「ちょっと待ってろ。確認を取ってくるから」
門兵は、他の兵士を屋敷内に走らせた。
しばらくすると辺境伯家の家令がやってくる。
「勇者様方ですね。ご案内いたします」
優香たちは、家令について屋敷内に入った。
家令は、屋敷の会議室に優香たちを通した。そこではすでに辺境伯が座って待っていた。
「昨日は大変だったな」
「いえ、うちのメイド達がやったことなので、私達としては全く」
辺境伯のねぎらいに、優香が答える。
「そうか。優秀なメイドだな。本当に欲しくなるよ」
「申し訳ありません。その件は」
「わかっている。昨日はすまなかった」
「いえ。こちらこそ、せっかくのおもてなしを」
「まあ、いい。ああいうことはもうしないから、遠慮なく、遊びに来ると良い」
「ありがとうございます。ところで」
「昨日の賊の件か?」
「はい。何者ですか? 海賊と聞いていますが」
ふむ、と、辺境伯は話し始める。
「我が領が獣人の国というか、ムーランドラ大陸との貿易により栄えていることはわかるだろう?」
優香と恵理子がうなずく。
「だが、このアルカンドラ大陸とムーランドラ大陸のちょうど中間くらいのところに、賊の拠点があるらしい。それで、時々商船団を襲うのだ。それが海賊だ」
辺境伯は苦い顔をして話を続ける。
「それで、被害を最小限に抑えるため、船団を組んだり、かませる船を用意したりして、被害を押さえている。しかし、時々善良な住民や獣人が攫われてしまう。積み荷を奪われることも、人が攫われることも許しがたい。だから、海賊を何とかしたいと思っているところだ」
「積み荷はおいておいて、攫われた人はどうなるんですか?」
「海賊は、さらった人間や獣人を奴隷のオークションに出してしまう。それをとある商会に頼んで買い戻してもらっている。けっこうな金がかかるが、住民の命には代えられない」
「その商会……」
「この街にある最大手の商会で、その名をベルリンという。ベルリン商会には、そういったところで協力してもらっている」
「閣下が奴隷を買い戻す、ということは、そのお金が海賊に流れている、ということですよね」
「そうだ。だが仕方がない。さっきも言ったが、住人の命には代えられない」
「気持ちはわかります。ところで、さっき、海賊は大陸間のどこかにいるとおっしゃられていましたが」
「そのあたり、ということだけしかわからない」
「四日後に出港する船団も襲われると思いますか?」
「それもわからない。ただ、可能性はある。その時に、よかったら船団を守ってくれないだろうか」
「私達が襲われた場合、正当防衛として反撃をしようと思いますが、襲われなかった場合には、何もできません」
「それでいい。襲ってきてこその海賊、襲ってこなければただの人だ。現行犯に対してのみ対応してくれればいい」
「承知しました」
辺境伯は手をパンパンとたたく。すると、ドアから家令が部屋に入ってくる。
「これは、依頼の代金だ」
辺境伯は、家令から受け取った袋を優香に差し出す。
「頼む、船団を守ってくれ」
「えっと、できればギルドを通してほしいんですけど」
「セバス。頼む」
「承知しました」
「ということで、ギルドを通した依頼となる」
「わかりました。確認ですが、依頼は船団の護衛。襲われても襲われなくても」
「それでいい」
優香は金貨の入った袋を受け取った。
「ところで、今回の件ですが、何の変哲もない喫茶店が犯行現場だったこと、そこから地下水路へと降りる階段があって、地下水路にある小部屋が使われたこと、そんなことから、すでに海賊はこの街に潜んでいて、地下水路を利用していると思うのですが」
「お前達もそう思うか」
「ええ」
「わかった。そっちは、うちの騎士達に任せることにする。階段がどこにあるのか、そういったことを含め、調査する」
「よろしくお願いします」
優香と恵理子は席を立ち、辺境伯邸を後にした。
帰りすがら、優香と恵理子は今回の事件について確認する。
「今回の件だけを見ると、そのダイっていう男とリックという男が死んで、すでに解決しているのよね」
「ええ、犯人は二人とも死亡。さらわれた四人は助け出されている。これ以上、どうしたら?」
「ベルが怪しいと言えば怪しい。だけど、何かをするわけじゃない」
「その、リックっていう男、死んだの?」
「そういえば、エヴァからはアイスランスを撃ちこんだだけとしか。確認をしていないみたいだけど」
「でも、扉を閉めたって言っていたわよね。両肩両足をアイスランスで貫かれて、閉められたドアを開けて逃げられるとは思えないけど」
「そうよね。考えすぎね。死体を見に行く気もないし。ほおっておきましょう」
「そうね」
さて、宿屋では、ミリー隊もオリティエ隊も、そして、姫様隊も仕事をしている。
基本は優香たちのメイドなのだ。
しかし、空気を読まない娘が一人。
「オッキー、マティ、エヴァ、遊びに来たよー」
宿にベルがやってきた。
昨日と同じような長そでシャツにベスト。そして、ロングのスカート。左手にはバスケットが握られている。
疑われていても来るなんて、すごい精神力だな。
オッキーはそう思う。
「来てくれたことには感謝する。だが、私達は訓練もあれば、家事もしなければならないんだ。メイドだからな」
「そうなんだ? 手伝う?」
「申し訳ないが、馬車の中は機密だらけだから、見せるわけにはいかない」
「そう。じゃあ、何時くらいに終わりそう?」
「なんの用なの?」
「言ったでしょ。遊びに来たって」
オッキーが困っていると、
「オッキー、遊びに行ってこい」
と、オリティエが提案してくる。
「……ですが」
「構わない。姫様隊で行ってこい」
「は、はい」
そのやり取りに、喜ぶベル。
「やった。よかったね」
ベルは、飛び跳ねて喜びを表現する。
「ハァ」
と、ため息をつき、オッキーは、
「準備してくる」
と、馬車に戻った。
オッキーは、マティとエヴァを連れて戻ってくる。
「待った?」
「あはっ、なに? その言い方。遅刻してきた彼氏が言う言葉みたい」
ベルは手を口に当ててそう言い、体を左右に振る。
すると、ベルのロングスカートの裾が舞うように広がる。
「……」
オッキーは、あっけにとられる。
実に扱いづらい。
何をしても、明るくオーバー気味のアクションをするベル。
「私の彼氏はメイド服だー」
ベルがオッキーの腕をとる。
「……」
「ベル、それ、タカヒロ様にやったやつ」
「だめ? あの時とは違うよ。気持ちが」
ベルは、オッキーの腕を引っ張って歩き出す。
マティもエヴァもついて行くだけだ。
気持ち的にベルのテンションの高さについていけないマティとエヴァは、ついつい遅れ気味になってしまう。
「マティちゃん、エヴァちゃん、ほら、行くよ」
そう、手を振るベル
ベルはマティとエヴァにも同じように明るく接する。
「ところで、どこへ行くんだ?」
オッキーがベルに問いかける。
「お願いがあるんだけどー。聞いてくれる?」
ベルは、オッキーの腕を取ったまま、首をこてんと傾け、下から覗き込むようにオッキーの目を見る。
「聞いてから決める」
「うーんとねー。魔物討伐に付き合ってほしい」
「……なんて?」
想像と違う答えに、オッキーは聞き返してしまう。
だがベルは気にしていないかのようにもう一度、はっきりと言う。
「魔物討伐」




