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焼き菓子と紅茶と……(優香と恵理子)

「誰も気にしていないから、いいよ。それじゃ」


 オッキー達三人は、くるりとベルに背を向け、立ち去ろうとする。


「あ、あの」


 ベルはそんな三人の背に手を伸ばす。


「なに? まだ何かあるの?」


 オッキーが半歩足を下げてベルに半身を向け、視線を送る。


「えっと、甘いもの、甘いものを探してらっしゃいますよね。おいしいお菓子のお店があるんですよ。ご紹介したいのですが? そういうのは、街の娘に聞くのが一番だと思いますよ」


 ベルはニッコリ笑顔を浮かべる。

 三人は顔を見合わせる。それはそれで間違ってはいない。それに、何かあっても自分達なら逃げることもできる。


「じゃあ、お願いしようか」

「うん」


 ベルは、三人を追い越し、通りに出て歩き出す。


「こっちこっちー」


 と、右手を振りながら。左手は、三人に見えないように、ハンドサインを送る。




 ベルは市場から少し離れたところにある、少し高級そうな喫茶店に入っていく。

 窓は大きく店内が外から見え、明るい雰囲気だ。

 客も何組かおり、それなりに人気店なのがうかがえる。


 カランカラン


「いらっしゃいませ」


 白のシャツにベストを着た青年の店員が客として来たベルに声をかける。


「四人で座っていいですか?」

「はい。そちらのテーブルをお使いください」


 ベルは、くるっと振り返り、


「こっちに座って一緒に食べよう」


 と、手を振った。


「あの、食べなくても購入できればいいんだけど」


 そういうオッキーの正論に、ベルはほほを膨らませる。


「食べないでおいしいかどうかなんてわからないでしょ。いいよ。私、さっきのバイトで結構もらったから、みんなで食べよう」


 と、ベルはマティの手を引いて席に座らせる。

 やれやれとオッキーも座り、エヴァもそれに続く。


「すみませーん。おすすめのお菓子を四つと……」


 ベルが店員に注文をする。が、飲み物……と、オッキー達に顔を向けて確認を取る。


「えっと、紅茶でいい?」


 三人がうなずく。

 それを見て、ベルは注文を続けた。


「紅茶も四つください」

「はーい」




「みんなは、旅をしているんだよね。どんなところへ行ったの?」

「我々は、主人について行くだけだから」


 ベルの質問に、オッキーが応対する。


「ご主人様って、やっぱり勇者様のタカヒロ様とマオ様だよね。タカヒロ様にはお金のためとはいえ悪いことしちゃったー」

「気にしなくていいと思う。妻のマオ様が気にしていないし」

「そうなんだね」


 そこへ、店員が焼き菓子と紅茶を持ってくる。


「うちのおすすめは焼き菓子となっております。ちょこっとだけお酒を風味づけに使っております。もちろん、焼いていますのでアルコールは飛んでおります。未成年のお方にも安心して食べていただけます。それに、日持ちもしますので、旅のお供にもどうぞご利用ください」


 そう言って、店員は離れていった。




 早速ベルは焼き菓子をフォークで切り取り、口に入れる。


「うーん。おいしい。いつもここのケーキはおいしいの。食べて食べて」


 姫様隊の三人が同じようにフォークで焼き菓子を切り取り、口に入れる。


「マティ、って言ったっけ。仮面をしたまま器用に食べるのね」

「……」


 マティは黙ってもぐもぐとケーキを咀嚼する。そして、紅茶をすする。


「えっと、オキストロ王女殿下でしたっけ」


 ベルがオッキーの身分を確認するため、敬語に戻してみる。


「今はただのオッキーだ」

「えー、王女なのに冒険者ってなんで? っていうか、冒険者って言うより、どう見てもメイドよね」


 王女でなく、冒険者だからと言うオッキーに対し、遠慮なく言葉遣いを親し気に戻すベル。その前から遠慮なんてしてなかったが。


「気にするな。仕えたい人に出会っただけだ」

「そうなんだ。もしかして、エヴァンジェリン女王陛下も?」

「ん」


 エヴァはそれだけ返す。


「もしかして、マティもどこかの王女とか女王とかじゃないよね」

「……」


 マティは答えない。アストレイアの第一王女であること、王女が冒険者になったことは明かしていない。そもそも、世間的には、第一王女は死んでいる。


「ああ。うちのパーティに仮面をかぶっている人が三人いるが、三人は兄妹だ」


 オッキーが適当に答える。少なくともタカヒロとブリジットは兄妹ということになっている。よって、設定的には間違っていない。


「へー、タカヒロ様の妹なのね」


 もぐもぐとケーキを食べるマティ。皿が空になったところで、もう一皿を無言で要求する。


「マティ、気に入ってくれたんだね。嬉しい」


 ベルは嬉しそうに話す。


「ねえオッキー、次はどこに行くの? みんなは、仕えたい人、タカヒロ様達がいるから、一緒に行っちゃうのよね」

「ああ。ついて行く」

「そうなんだね。せっかくおいしいお菓子情報を共有できたのに、ちょっと寂しいかも」


 三人がフォークを止める。

 そして、オッキーが聞く。


「ベル、私達パーティをこの街にとどめたいのか?」

「ん? 私は友達になれそう、って思ったからいてほしいって思うけど、おかしい? だけど、辺境伯様は違うよ。内緒だよ」


 と、ベルは、テーブル越しに体を乗り出す。


「この街って、貿易をしているからたくさんの商人さんが来るでしょ。だから、街が大きいしにぎやかなんだよね。だけど、一方で、獣人の人たちは来るし、辺境だから周りには魔物の森があるし、海には海賊もいるしで、領主は強い人が街にいてほしいみたいなんだ。だから、残ってくれるようにって、私達をアルバイトに雇って接待させるの。今回は失敗しちゃったみたいだけどね」


 てへっ、と笑うベル。


「タカヒロ様とマオ様は目的があって旅をしているし、私達はそれについて行くって決めている。だから、私達のパーティは誰もこの街に残ったりしない」


 オッキーがきっぱりと言う。


「だよね。私も、魔導士養成高等学園に通って卒業したんだけど、お母さんと一緒に暮らすんだって、就職のお誘いを全部断ってこの街に来ちゃった。似てるね」


 ベルは紅茶を一口飲んで聞く。


「で、いつ旅に出ちゃうの?」

「獣人の船に乗りたいんだが、タカヒロ様達が交渉をすることになってる」

「そうなんだ。じゃ、もうちょっといられるね」


 ニッコリと笑顔を作るベル。




 フレンドリーに話すベルに対して、事務的に返事を帰すオッキー、無言のマティとエヴァ。

 だが、ベルは全く気にしないかのように、話しかけては、オッキーがそれに答えていった。

 その脇で、店員の青年が、小さな紙袋を持って、他の客のテーブルへと行って、何かを説明している。

 すると、客は立ち上がり、袋をもって店を出ていく。

 その隣のテーブル客も。その隣も。窓際の客も……

 ついに、客は姫様隊とベルだけになる。


 次は自分達かとオッキーが立ち上がる準備をすると、店員は、店のカーテンを閉め、玄関も締めた。

 そして、もう一人の店員がオッキー達のテーブルへと近づいてきた。焼き菓子をもう一皿もって。


「この焼き菓子は新作なんです。それを内緒で試していただきたくて、他のお客様に帰っていただいたんです。もしよかったらどうぞ」


 そう言って、店員は、焼き菓子の乗った皿をそれぞれの前に置いていく。


「やった!」


 ベルは、その焼き菓子にも手を付ける。

 フォークで切っては口に運ぶベル。オッキー達は、少しずつ食べる。

 マティにいたっては、三つ目である。




「いかがですか?」


 皆が食べ終わったのを見計らい、店員がテーブルに近づいて笑顔を向ける。


「おいしかったです」


 食べ終わったベルが答える。


「でも、お腹いっぱいかも」

「それはよかったです」


 そう言って、店員は、ベルの後ろに回った。そして、皿を引き上げようと伸ばした左手を、そのままベルの首に回した。


「!!!」


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