ベル(優香と恵理子)
優香たちはギルドに入り、カウンターの受付嬢に声をかける。
「こんにちは」
「こんにちは。あれ、仮面。もしかして、勇者ご一行様ですか?」
「冒険者パーティクサナギです」
まだ、自ら勇者と名乗ることに抵抗がある優香。引きつった笑顔を仮面の下で浮かべる。
「勇者様方、いらっしゃいませ」
受付嬢がカウンターから出てくる。
で、なにかに気づいた受付嬢は、優香の顔に自身の顔を近づけてにおいをかぐと、怪訝な顔をする。
「もしかして、勇者様方、お酒を飲んでいます?」
「……あ、ごめん。さっきまで領主の館で飲んでた、というか、飲まされてて」
「あー、あの領主、有望そうな人を確保しまくっているんですよね。お金を使って。まあ、こんな辺境の地だから、戦力が必要なのはわかるんですけど。冒険者も引き抜かれそうになるので、油断ならないんです」
「そうだったんだね。そういうの、先に知っておけばよかった」
「ところで、どう言ったご用件ですか?」
「貼り紙をさせてもらいたいのと」
と、言って優香は銀貨を十枚差しだし、
「教えて欲しいことがいくつか」
と、受付嬢に告げる。
「はいはい。答えられることならなんでも。あ、座ります?」
そう言って、受付嬢は優香たちをギルドにあるテーブルに誘った。
「どういったことでしょう」
「この街に船がついているじゃないですか。あれはムーランドラ大陸からですか?」
「今、港に着岸している船はそうですね。船は航海が長いので、まとまって移動するんです。その方が、海賊にも魔物にも狙われにくいってのもあるんですけど。だから、一度にたくさんの船が港にいるんです」
「その船が今度ムーランドラ大陸に渡るのはいつなのかな」
「うーん。一昨日ついたから、五日後には出港するんじゃないでしょうか」
「その船には乗れるのかな?」
「それは、船主さんとの相談です。こっちからの荷物が少なければ、お金次第で乗せてくれると思いますよ」
「なるほど。船に行って聞いてみたらいいんだね」
「そういうことです」
「それと、その船に乗って、変わった冒険者が来なかった? 例えば、エルフを従えているとか」
「聞いていません。というか、冒険者なのですか? 冒険者なら、ここへ寄ってくれてもいいんですけどね、来ているなら」
「そっか。ありがとう。最後だけど、後でうちのメンバーが素材を売りに来るかもだから、よろしく」
「はい、承知しました」
「市場はおおよそ見終わったところですが」
市場調査を行っていたミリーは、オリティエに相談する。
「いつ出港するかわからないのと、宿に泊まることから食材はしばらく買わない方がいいのよね」
「そうね。それに、船の上での食事はどうするのかしら。ヨーゼフたちの食事くらいは買い込んだ方がいいのかもしれないけど」
「買い物をするなら優香様方に相談してからよね」
「そうだと思うわ」
「それじゃ、あとは、素材をギルドに持って行くのと、馬車での掃除洗濯とかかしら?」
「じゃ、素材の販売はこっちでやっておく」
「お願いオリティエ。馬車の方は私達でやっておくわ」
ミリー隊とオリティエ隊がそれぞれ行動を開始しようとする。
「あのー」
ミリーとオリティエに声をかけたのはオッキー。
「私達はー」
「そうねー、さっき、辺境伯邸で甘いものを食べちゃったところだけど、お菓子とか少し仕入れておいてもらおうかしら。お願いできる?」
アリーゼとナディアがうらやましそうな顔をする。
「はい。日持ちしそうなものでいいですよね?」
「ええ。お願い」
ミリー隊とオリティエ隊は馬車へ。姫様隊は再び市場へと溶け込んでいった。
いや、真っ黒なメイド服で溶け込めるわけもなく……、よく目立つ。
それを建物の陰から見ている男女。
「なあ、姫様だぜ。あきらめられるか?」
「王女って、どんな感じなんだろうな。全く王女に見えないけどな。どこから見ても普通のメイドだぜ」
「あの一人、仮面をかぶったのが護衛か?」
「いや、多分違う。オキストロ王女の方が、よっぽどか足さばきが洗練されている」
「ねえねえ、何で私まで?」
「俺らさ、さっきの執事で警戒されていると思うんだよね。だから、同性が近づいた方がいいって」
「あんたら露骨だったもんね」
「ベルが言う? 何、あの腕に抱き着くやつ。完全に押し付けていたよね。あれこそ露骨じゃん」
「ダイとリックだって気持ち悪かったわよ。何、あの歯がキラーンってするやつ」
「これ、維持するの大変なんだよ。毎日きれいに磨いているんだぜ」
そう言って、光る歯を見せるリック。
「まあいい。やるぞ」
と、ダイが行動開始を指示する。
「その前に」
「え、それもやるの?」
ベルが目を見開いて驚く。ここでもやるのかと。
「当たり前だろ。行くよ。せーの」
「「「笑顔の練習、せーの、に―!」」」
三人が満面の笑顔を浮かべる。歯をきらりと光らせて。
「「「はぁ」」」
うって変わってため息をつく三人。
「よし、ベル。頼む」
「わかったわよ」
ダイとリックは白いシャツにベスト、長ズボンという普通の街の青年の恰好。
ベルは、白いシャツにロングのスカート、そして、これまたベストにエプロンという、街の娘。しかも、かごをもってお買い物中の装いをしている。
ベルは、姫様隊に近づくため、ダイとリックの二人から離れた。
「なあ、ベルも売っちまおうぜ」
ベルが離れたことで、ダイがリックに話を持ち掛ける。
「そうだな。いろいろと気づかれたらめんどくさいしな」
「それで、金をゲットしたらその金をもって逃げようぜ」
「そっちの方がいいな。いつまでもあいつらに世話になっていても、危ないしな」
ダイとリックは知らない。ベルの家を、家名を。
ベルは、買い物をしているふりをしながら、姫様隊の後ろをついて行く。姫様隊が何を買おうとしているのか確認しながら。
姫様隊は、購入するでもないのだが、フルーツや焼き菓子など、甘いものを見ているようだ。屋台を見たり、店を眺めたり。指を差しながら何かを話したり、笑いあったりしている。
ふと、姫様隊の三人が道をそれた。
ベルは、慌てず、気取られないように、少しだけ足を速める。
そして、姫様隊が入った路地をチラ見する。
誰もいない。
あれ、まかれた?
ベルは、そっとその路地に足を踏み入れる。
少し薄暗いが、誰もいないし、向こうの通りまで見えている。
ベルは、その路地を歩いて行く。
もう少しで通りに出てしまう、というところで、ベルはその路地に入って来る三人のメイドと向き合う。
姫様隊だ。
「えっと、何か御用です?」
オッキーがベルに聞く。
「あ、え? えっと。その。実は……」
ベルはもともと声をかけるつもりだったので、話をしようとするが、あまりに突然だったのと、つけていたことがばれていたのとで少し動揺する。
「街で皆さんを見かけたんだけど。さっき、さっきのお茶会で、嫌な思いさせちゃったかなーって。それで、謝ろうかなーって思ってなかなか声をかけられなかったんです」
「さっきの?」
ベルは自分の足元から胸元までをわざとらしく見て、
「あ、この格好じゃわからないですよね。メイドです。メイドでしたって言う方があっていますかね」
といって、わざとらしい満面の笑顔を浮かべて見せる。
「あー、タカヒロ様にべったりしていたメイドですか」
と言うオッキーの一言に、ベルはほほが引きつるのをぐっと抑えながら、
「そ、そうですそうです。本当にごめんなさい」
と言って、頭を下げた。