精霊は呼べる存在(優香と恵理子)
長老に案内されて、エルフの戦士が訓練を行っている訓練場へと行く。
「我らは、どちらかというと、弓や魔法を使った遠距離攻撃を主体として、近距離を得意とするものは少ないのだがな」
「そういうイメージですよね、エルフって」
「おい、戦士長を呼べ」
長老が訓練場にいたエルフに声をかける。
しばらく待っていると、二人の男性エルフがやってきた。
「長老、なんだ?」
「何の用だ?」
二人の戦士は長老に詰め寄る。
「お前達、エルフの中で一番強いと言えるか?」
「は? 誰に言っているんだ?」
「バカにしているのか、長老。こいつよりも強いぜ」
「何を!」
「待て待て、お前達に頼みがある。この者たちが手合わせを希望している。受けてくれんか」
「な、人間じゃないか。俺達に敵うとでも?」
すでに、優香も恵理子も期待薄である。探しているのは、貴博と女性三人なのだ。
「長老……」
恵理子がそう、断ろうとしたが、手を上げる者がいる。
「はいはい、私やります」
リーシェが手を上げる。
「では、私もやろう」
ブリジットもが名乗りを上げる。
「お前達はやらんのか?」
長老が優香と恵理子に聞く。
「二人がやりたがっているので」
「わかった。お前達、いいな」
「は、しかも女かよ」
仕方ないか、という感じでエルフの戦士二人は訓練場の真ん中へと歩いて行く。
リーシャとブリジットがそれについて行く。
長老が、四人の間に入る。
「ねえ、長老様、ルールは?」
「お前達、どうする?」
戦士達にルールについて問う。
「なんでもありでいいぜ」
「何でもって、魔法もありってこと?」
何でもありに反応したのはリーシャ。
「それでもいいがな。遠距離はつまらないだろう?」
その一言で、リーシャもブリジットも少しテンションが下がる。
このエルフ達は、こぶしと同時に近距離魔法を撃ちこめないらしい。
「ま、いっか。じゃあ、魔法なし、武器なしで」
リーシャが提案する。
「わかった」
四人は、こぶしを握って構える。
「いいか。それでは始め!」
長老が声をかけると、エルフの戦士二人は、風のように滑らかな移動を見せ、リーシャとブリジットに迫った。
二人は少し意外な顔をする。もともと細身ではあるが、そんな繊細な動きができるのかと。
二人の攻撃に対して、リーシャもブリジットもとりあえず、腕をクロスして防御する。
ガシン!
「ふむふむ」
リーシャが相手の力量を計る。
「これが全力?」
ブリジットが聞く。
エルフの二人は距離を取って再び構える。
ブリジットの質問には答えない。
「しかたない、私から行く」
ブリジットが低い姿勢のまま突貫する。そして、華麗なステップにより、その姿が左右にぶれる。
エルフはそれを目で追うが、追いきれず……
ガシィ!
エルフの脇腹にブリジットのこぶしが突き刺さった。
「グエヘッ!」
エルフの戦士がまず一人、崩れ落ちた。
「リーシャ、後はどうぞ」
「ん。わかった」
リーシャも同じように身を低くしてエルフの戦士に向かって突っ込む。
エルフの戦士はそれを見極めようと、何とか受けようと手をクロスして防御の体勢を取る。
しかし、それが無駄に終る。
バコン!
エルフの戦士の頭にリーシャの右ハイキックが突き刺さる。
エルフの戦士は吹っ飛んで動かなくなってしまった。
「勝者、リーシャとブリジット」
長老が宣言した。
「タカヒロ様、マオ様。私達のスピードにすらついてこれていません」
「そうみたいね」
リーシャが戦った感想を報告する。
その感想はおかしい。長老はそう思う。
我らは決して弱くはない。はず。
この者たちがおかしいのだ。
しかし、エルフの戦士長二人があっさり倒されたのも事実。
「ご期待に応えられず、申し訳ない」
長老が頭を下げた。
「いいのです。むしろ、こちらこそごめんなさい」
「やめていただきたい。戦士長たちがみじめになる。我々は我々でまた一から鍛えなおす」
長老は、再び優香たちを食堂へと連れて行く。すると、すでにテーブルの上には料理が並びつつあった。
そういえば、だいぶ時間が経ったなと。リーシャは、動いたせいか、お腹に手を当てている。
「少し早いが、夕食としよう。話もしながらでいいか」
「長老、ありがとう」
優香がお礼を言う。
テーブルには、山菜料理も肉料理も並んでいる。果実酒も。
「とりあえず、食べてもらいたい。この季節にしか食べられないものが多い」
「ありがとう。いただきます」
「「「いただきます」」」
クサナギ一行が食事に手を付ける。もちろん、長老も。
「ところで、話が、とのことでしたが」
「うむ……」
そう、長老が話を始めようとしたところで、
シュワン!
と、空気が揺れたと思ったら、三人の精霊が顕現した。
もちろん、長老は目が点になる。
「あ、レイ義母様、ドライア義母様にディーネ義母様」
「お前達、アクアの念により、やって来たぞ。おいしそうなものを食べられると」
恵理子はれーちゃんへの返事を後回しにして、慌てて長老に紹介する。
「そうだ。長老、ごめんなさい。この方たちが私達の義理のお母様、大精霊のレイ義母様、ドライア義母様、ディーネ義母様です。突然ですけど、義母様達も食事をいただいても?」
長老は固まっている。
「長老!」
「はっ!」
長老は我に返る。
「大精霊様が三名もこの里に……」
ありがたや、ありがたやと拝み始める。
「長老、おいしそうな料理だな、食べていいか?」
れーちゃんが長老に声をかける。
「あ、ありがたき幸せ。我らの作った料理を食べていただけるとは。どうぞ、お口に合うといいのですが」
「ありがとう。ではいただく」
れーちゃん達は、開いている椅子に座って食事をし始めた。
長老は、そっと優香に耳打ちする。
「大精霊様方に会わせていただき、感謝する。こんな経験が出来たエルフはいないだろう。私としてはもういつ逝ってもいい、そう思える出来事だ」
長老は拝み続けている。
「そういえば長老、この里にも高位精霊いましたね」
恵理子が長老に聞く。何のためにれーちゃん達を呼んだかを思い出して。
「え、ああいらっしゃる」
「呼べます?」
「わからない。精霊様は気まぐれだからな」
そう言って長老は念じてみる。
すると、部屋につむじ風が舞う。
そのつむじ風にれーちゃんが手を突っ込む。
「こら、食事中に風を起こすな」
れーちゃんは風の高位精霊の首ねっこをつかんでおり、その風の高位精霊は、ぶらん、と、れーちゃんの手にぶら下がっている。
「わ、私を捕まえるとは、一体……」
風の高位精霊は自分の首をつかんでいるのがどういう存在か一瞬にして理解した。
「こ、これはこれは、あの、えっと、大精霊様であってますでしょうか?」
風の高位精霊は冷や汗をぬぐうしぐさをする。
「いいから、お前もだまって食事と酒をもらえ」
れーちゃんは風の高位精霊を席につかせる。
風の高位精霊は、れーちゃんの言葉通り、黙って食事をいただくこととした。
「長老、うまいな。この季節の食材をうまく調理している。酒に合っていいぞ」
れーちゃんが講評をする。
「あ、ありがたき幸せ。料理人にも伝えさせていただきます」
「うむ」
れーちゃん達は酒が進むようだ。
風の高位精霊は、飲まなければやってられないと、果実酒を口にしている。
そんな風の高位精霊にれーちゃんが声をかける。
「お前、名は?」
「は、恥ずかしながら、持っておりません」
「そうか。では、ヴィント、そう名乗れ」
そう言って、れーちゃんはヴィントの頭に手を乗せて祝福する。
ヴィントの体が光る。
「あ、ありがとうございます」
ヴィントは、名前をもらったうえ、祝福までしてもらい、感動で涙を流しつつ、床に降りて土下座をする。
そんなことをしたのものだから、ドライアもディーネも祝福をし損ねる。ま、いいかと。
「気にするな、ヴィント。飯を食え。酒を飲め。この者たちを助けていつまでもこのうまい食事を食べられるようにしてくれ」
「ははー」
「ほら、いつまでもそうしているな。席につけ」
「はい」
「ほら、えっと、タカヒロ、マオ、飲め」
れーちゃんは出来上がりつつある。
そうなるともう、長老の話を聞くどころではない。
「はい、レイ義母様」
優香も恵理子もれーちゃん達に付き合うことになる。
こうして夜も更けていく。




