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高位精霊様の威光(優香と恵理子)

「お姉さま」


 ロージアのことをお姉さまと呼ぶアザリア。


「民衆の騒ぎ、何とか収まってよかったですわね」

「ええ。国が崩壊するかと思いました」

「お姉さまが顔を赤くするからですわ」

「あんなこと言われたらそうなるに決まっているでしょう」

「ふふふ、お姉様も一人の女の子ですものね」

「……んもう」


 ロージアが口をとがらせる。


「その時は、併呑されてもされなくても、お姉さまに代わり、この国は私が治めてみせますわ」


 アザリアがロージアに対して失言をする。


「え、今、なんて言った?」


 ロージアがアザリアのその一言を確認する。


「お姉さまがいなくなってしまったら、私が何とかしますと」


 ロージアは目を輝かす。しめた、と。


「聞いたわよ。言質取ったからね」


 アザリアは言ってはいけないことを言ってしまったと気づき、冷や汗を流す。


「アザリア、私、今からいなくなるから」

「あ、え? 今からって何ですか?」

「アザリア言ったじゃない。私がいなくなったら代わってくれるって」

「いや、言いましたけど、今って言っていません。ちょっと待ってください」

「まだ追いかければ間に合うのよ。エルフの森にいるんでしょう。きっと間に合うから」


 ロージアが走り出そうとする。

 一方のアザリアは必死にロージアの腕をつかんで止めようとする。


「ダメに決まっているでしょう。今いなくなったら、住民がまた騒ぐに決まっているじゃないですか」


 アザリアは部屋の外に向かって叫ぶ。


「であえーであえー! 女王陛下が御乱心だ!」

「あ、ちょっと、ずるいわよ。えーい、こうなったら治癒魔法覚悟で窓から!」

「いやー、やめてー、飛び降りないで!」


 今後、こうしたやり取りが何度か続くことになる。

 そして、アザリアは二度と「代わる」とは言わなくなった。




 優香たちは、森の中の街道を東へ東へと進んでいる。

 春を迎え、木々が芽吹き始め、薄緑色が美しく広がりつつある。まだ少し肌寒いが、そろそろ野生動物も魔物も腹を空かせて活動を活発化させる季節だ。

 とはいえ、リシェルとローデリカにより食材はたんまりと詰め込まれているため、それらの生き物を狩るために森の中に入っていく必要はまだない。パイタンが時々白ヘビになって遊びに行くくらいだ。


 一行は景色を楽しみながらのんびりと進んでいく。


 森には、さまざまな種類の木が、さまざまな大きさの木が、不規則に並んで生えている。

 そのいずれもが、芽吹き始め、青い空を隠してやろうと葉を開いて、太陽の光をエネルギーに変えて、成長しようとする。

 そう。僕らは、私達は生きている。そんな自然の意思を感じながら、一行は森を進む。


 ところが、数日もしたところ、景色が一変する。

 森は森だ。だいぶ葉が生い茂ってきていて、若草のような薄緑だった葉が力強い濃色に変えてきている。それは季節の移り変わりだ。

 森の方は、さまざまな種の木が不規則に並んでいる。それも変わらないし自然のことだ。

 だが、その森は、手入れされている果樹園のよう。雑草も低木もない。

 昨年散らした落ち葉が未だ敷き詰められた、そんな森。

 おそらく、ダニの心配もヒルの心配もない、不自然な自然。これはいったい。


 アクアが答えを出す。


「エルフの領域に入った」


 そうか。これから先は、いつエルフとエンカウントしてもおかしくない。そう言うことか。

 だが、優香たちは全く敵対するつもりはない。ただただ人を探したいだけだ。




 馬車は森を進む。しかし、すぅっと、目の前に霧が流れてきた。


「ん?」


 御者台に座るミリーが目を細める。

 馬車のスピードを緩めてシンベロスを進める。


 しばらくすると、ふいに霧が晴れた。


「え?」


 ミリーは目をこする。

 森が、自然な森に戻った。


「エルフの領域から出た」


 アクアが教えてくれる。


「あれ、いつの間に?」


 ミリーが首をかしげる。しかし、進むしかない。

 優香と恵理子も不思議に思いながら窓の外を注視する。




 再び、不自然な森に入り込む。


「ミリー、ゆっくり進んで」


 アクアがミリーに声をかける。それはそれで珍しい。アクアもパイタンも優香たちの行動にあまり意見を言わない。


 そのアクアは、手を組み、何かを唱えると、森の中から精霊の光が集まってきた。


「パイタンも」


 アクアはパイタンを誘う。

 パイタンも精霊を集め始める。


 しばらく馬車を進めると、先ほどと同じように霧が流れてくる。

 しかし、薄い。先が見えなくなるようなことはない。

 よって、ミリーはゆっくりではあるが、馬車の速度を落とすことなく進める。


 馬車は薄い霧の中を進む。不自然な森が前方に続いている。


 だが、ミリーが急に手綱を引いて、シンベロスを止めることになる。

 進行方向に、緑色の髪をした女性が腕を組んで立っていた。


「ちょっと、危ないじゃない」


 ミリーが叫ぶ。しかし、その女性は、


「お前達は何者だ」


 そう返してきた。


 その不穏なやり取りに優香と恵理子が馬車から降りる。


「もしかして、エルフ?」


 その優香の質問には誰も答えない。むしろ、


「我が精霊たちに何をした」


 と、怒気をまき散らす緑髪の女性。いや、精霊。


「えっと」


 優香がどうしたものかと考えていると。


「この精霊たちは、あなたに付き従っているのですね」


 そう言いながら、アクアが馬車から降りてくる。それに次いでパイタンも。

 二人は優香と恵理子に並ぶ。


「な、お前は? いや、お前達は?


 精霊が一歩下がる。


「あなたを含め、精霊たちが霧を起こし、そして、道を迷わせる。そう言うことですか」


 恵理子が精霊に確認する。


「だ、だったらなんだ」

「高位精霊は、私たちの方は二人。通してもらいます」

「クッ! お前達!」


 緑髪の精霊が声を上げると、シュタタタタ、と、その精霊の周りにたくさんの女性。しかも薄緑の髪、長い耳、緑色のワンピース。

 近い者は剣をかまえ、木々に隠れている者は弓をかまえ、優香たちを包囲する。


「お、今度こそ本物のエルフだよ」

「そうね。でも。見事に女性ばっかりね」


 優香と恵理子がつぶやく。


 しかし、剣を、弓を向けられて黙っていられるクサナギではない。

 リーシャ、ブリジット、ネフェリにリピー、ミリー隊、オリティエ隊、姫様隊が馬車から降りてきて、優香たち、アクア達を守るかのように囲み、こぶしを、ナイフを、薙刀をかまえる。


「えっと、私達は、人捜しに来たんだけど、話を聞いてくれるってことは?」


 優香がリーシャの後ろから、緑髪の精霊に声をかける。

 その精霊は、横で剣をかまえているエルフに視線を送る。


「先に一つ聞いていいか」


 そのエルフが聞いてくる。


「何?」

「なぜ、精霊様の霧の魔法が効かない」

「霧の魔法に精霊の力を使っているんでしょ? そっちは高位精霊が一人。こっちは二人。そう言うことじゃないかしら?」


 恵理子が再び説明する。

 優香たちは、その緑色の髪の女性が精霊であることはすでに理解している。


「……二人?」

「見てわからない? アクア、パイタン、前に出て」


 二人がリーシャ達の前にてけてけ出てくる。優香と恵理子も一緒に。

 緑髪の精霊はすでに理解し、悔しそうな顔をしている。

 低位、中位の精霊を乗っ取られたと。

 エルフ達は、その二人を目を凝らして見て言葉を失う。

 精霊様だったか、と。


「えっと、僕ら、話を聞かせてもらいたいだけだから」


 優香が目的を告げる。

 だが、エルフ達は、優香の希望を無視し、そして、跪いた。


「水の高位精霊様、土の高位精霊様、ようこそエルフの里に」


 緑髪の精霊はさらに苦い顔をする。


「水の高位精霊様、土の高位精霊様、お二人のお連れ様であれば、里まで来ていただいて構いません。どうぞ、ついて来てください」


 エルフは剣を納め、そして、優香たちに背を向けて歩きだした。


「風の高位精霊様も、いかがですか?」


 エルフからの誘いに、緑髪の精霊はエルフと一緒に歩き出した。


 ミリー達は、その後ろをついて行くようにシンベロスを進める。

 馬車に戻った優香と恵理子は、


「里に入れてくれるみたいね」

「よかったわ。あとは、貴博さん達の情報を得られるかよね」


 そう、とりあえずは安堵する。


 馬車に戻ってきたアクアとパイタンは得意げだ。


「アクア、パイタン、ありがとう」


 恵理子がそう、二人の頭をなでなでした。


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