精霊様の奮闘!?(千里と桃香)
「一周二百メートルのトラックとなっております。それを十周。滑って落ちることなく、走りきることはできるのか? なんでもあり、ってことは、落とすのもありです。そんな中、小さな選手がいます。えっと、ルシフェ選手です。こちらから見たところ、推定身長は百四十センチ。他の大人たちに紛れて走り切れるのか?」
船が湖面に浮かぶトラックへとたどり着き、選手が皆、トラックへと渡る。
「セーラ、これ、つるっつるよね」
「そうね。靴、間違えたかしら」
「おいお前ら」
「また来た、トラ男」
ローレルがげんなりする。
「ははん。見てみろ。俺さまの足の爪。これで滑らずに走れるぜ。まあ、お前らは滑って海に落ちてろ」
それだけ言ってトラ男は去っていく。
「何なの、あのトラ。なんだかんだいちゃもんつけてきて。しかも、さりげなく私も混ぜたわよね」
セーラがローレルに愚痴る。
「全くね」
「まあいわ。それじゃローレル、私、負けないから」
「私もね」
「それでは選手の皆さんはスタートラインに並んでください」
トラックの真ん中に引かれたスタートラインに選手の皆が並ぶ。およそ百人だろうか。
トラックの幅は五メートルほど。意外と狭い。ちびっこいルシフェはどうしても後ろへと押しやられてしまう。
「選手の皆さん、準備はいいでしょうか。それでは競技を始めます。なんでもありで、十周早く回った人の優勝です。それではいきます。位置について、よーい、スタート!」
バン!
と、アナウンサーが魔法の花火を鳴らして、競技がスタートする。
比較的慎重に走り始める選手たち。最初は、魔法を使ったり殴ったりせず、様子見をするようだ。
「選手はまとまって走り出しました。第一コーナーを走っていきます。先頭は、虎人族の選手でしょうか。約百名が固まって走っていきます。おっと、出遅れた選手がいます。ルシフェ選手だ。とてとて走っていてかわいいぞ。頑張れ、ルシフェ選手」
ルシフェは、第一コーナーの手前で走るのを止める。
「どうした、ルシフェ選手。第一コーナーの手前で止まってしまった。棄権か?」
ルシフェは首をふるふるする。そして、振り返って反対側を向いて立つルシフェ。
「ルシフェ選手が止まってしまったが、集団はバックストレートを走り、もうすぐ第二コーナーです。誰も滑りません。慎重です。ですが、その慎重さが最後までもつのか? さあ、ホームストレートに入ってきた。依然として先頭は虎人族の選手です。おーっと、ホームストレートに入った瞬間、虎人族の選手、スピードアップしました。まっすぐなら遠心力で振られることもないか!」
トラ男がスピードアップした。その後ろをセーラやローレルも食らいつく。
それぞれ、相手を牽制しながらスピードを上げていく。
「あーっと、ルシフェ選手、手をかざしました。何をするんでしょうか。なんでもありのこの武闘会。ルシフェ選手。いったい何を見せてくれるのか!」
そう、アナウンサーが言った瞬間、ルシフェは、トラック幅いっぱいいっぱいの、高さ三メートルにもなる氷の壁を顕現させ、それをトラックの上を滑らせた。反対方向へ。
トラ男も、セーラもローレルも、その他の選手たちもそれに驚く。
とはいえ、急には止まれない。
ビタン、ビタン、ビタン……
トラ男が、セーラが、ローレルが、大の字に氷の壁に張り付く。
その他の選手たちも氷の壁に張り付いたりぶつかったりだ。さすがに氷の上で幅いっぱいの氷の壁に、逃げる場所はない。
下手に進路を変えるとしても、滑って落ちるだけだ。
氷の壁は容赦なく、選手たちを押して滑っていく。
そしてついに、
ザッパーン!
と、湖に落ちた。百名の選手を巻き込んで。
「ルシフェ選手、氷の壁を魔法で出したと思ったら、それを他の選手たちにぶつけたー。というか、トラックを滑らせて他の選手たちを巻き込んだ! これによって、ルシフェ選手以外の選手が全員水の中へ!」
アナウンサーは大興奮だ。まさか、トラックを一周する前に、全員がトラックから落とされてしまうとは。
「すごいすごい。ルシフェ選手。たった一発の、とはいえ巨大な魔法で他の選手を全員湖の中へと落としてしまった!」
アナウンサーはルシフェに視線を移す。
「さあ、トラックに残った選手はルシフェ選手だけ。とはいえ、十周を回らないと棄権になってしまうぞ、ルシフェ選手!」
ルシフェは、とてとてと走り出す。
「ルシフェ選手、走り出しました。小さな体で、ゆっくりと、そして確実に。頑張れ、ルシフェ選手。頑張れー!」
たった一人になった小さな選手を応援するアナウンサー。
それにつられて、ちびっこが頑張る姿に応援せざるを得ない観客たち。
「頑張れー」
「滑らないように気を付けてー」
「まだまだあるけどゆっくりねー」
観客たちは、ルシフェを応援する。
ルシフェは、変わらずとてとてと走っていく。
「ルシフェ選手、小さな体で走っていきます。走りきらないと失格です。頑張れ、頑張れルシフェ選手!」
ルシフェが九周を走り終わったころには、全員が立って応援していた。
「ルシフェちゃーん、頑張れー」
「ルシフェちゃーん、もうちょっとだよ、後一周だよ」
「ルシフェちゃーん……」
次第に声が集まってくる。
「「「「「ルシフェ、ルシフェ、ルシフェ、ルシフェ……」」」」」
ルシフェはペースを落とさずに最後の一周に入った。
「ルシフェ選手。頑張って走っています。小さな体で九周を走り切りました。ここまで千八百メートル。この小さな体のどこにその体力があるのか! ルシフェちゃん、頑張れー」
「「「「「ルシフェ、ルシフェ、ルシフェ、ルシフェ……」」」」」
ルシフェはバックストレートを走り、最後のコーナーを走る。
小さな子供の頑張りに、涙する観客も出てくる。
「ルシフェちゃーん……」
「頑張れー、頑張れー、頑張れー……」
そして、最後のコーナーを回り、ホームストレート。
係が二人、トラックに上がって来て、白い布のテープを広げる。
「さあ、あと少し、頑張れルシフェちゃん。あと十メートルだ、八メートル、七メートル……」
「「「「「六、五……」」」」」
カウントダウンが始まる。
「「「「「四、三、二、一」」」」」
「ゴール! ルシフェちゃん。小さな体で二キロを走り切りました。頑張りました。すごい。すごいです。お姉さん、泣いてしまいそうです。今年の武闘会は、身長百四十センチの小さな巨人、ルシフェちゃんの優勝だー!」
「「「「「おー」」」」」
会場全体がこぶしを突き上げた。
感動に浸っている観客たちを横目に、千里達はジト目だ。フローラを除いて。
ルシフェはフローラが復活してからすっかり子供に戻ってしてしまった。まるで時を戻すかのように。
だが、実際にはルシフェが何年生きているのかわからない。一度死んで精霊になっているというのもあるが、それだけお母さんに甘えたかったのだろう。それはわかる。
だが、精霊様よ。大人げないぞ。あれくらい、朝飯前だろうに。




