年末氷上武闘会(千里と桃香)
もう一週間もすると、ジョセフィーヌはダミーで車いすに乗っているとしても、走ることが出来るようになってしまった。
外見の方は、すでに二十歳ほどにまで若返っている。まるでジュディと姉妹のようだ。
辺境伯は、若返った自分の妻を見て、たいそう喜んだ。決してメイド服に対してではない。はず。
しかしながら、ジョセフィーヌの方が、車いすが必要なふりをして、辺境伯を遠ざけた。いろんなことで。
それに、舟屋の温泉に美容効果がある、ということが噂になった。そんな効果はないのだが。
いや、あるのかもしれないが、そんなに早くは効かない。
ジョセフィーヌは、今は、とりあえずヨン達に混ざって体力作りから始めている。
ヨン達に混ざって訓練していると、セーラー服が欲しくなったジョセフィーヌは、ジュディを連れて、セーラー服を買いにキザクラ商会へと行った。
セーラー服を着ているときは、腰に帯剣する形になるが、もともと剣士であったジョセフィーヌは様になっていた。
「お母さん、かっこいい!」
ジュディも絶賛である。
「あの、千里様」
二週間たって、二十歳の体を取り戻したジョセフィーヌは、すでに千里と桃香に様をつけている。
「私、魔剣士だと言いましたけど、皆さん、魔法の訓練はしないのですか?」
「いえ、しますよ。ただ、機密が多いので、お二人が帰った後にしています」
「そうでしたか。申し訳ないです。忘れてください」
仕方ないと、教えてはもらえはしないのだろうと、ジョセフィーヌがあきらめる。
「もしよかったら、魔剣士の戦い方を見せてもらえませんか?」
逆に千里がジョセフィーヌに頼む。
そういえば、魔剣士って職業の人を見るのは初めてだなと。
「え? 魔剣士というのは、魔法と剣の両方が使える、というだけで、魔法を使う時は普通に後衛に下がりますけど」
「「そうなんですねー」」
千里と桃香が遠い目をする。
イメージしていたのとちがうと。
イメージしていたのと、というよりは、自分達のと、である。
どことなく期待外れ感を出している千里と桃香を見て、ジョセフィーヌが聞く。
「えっと、違うのですか?」
「うーん。仕方ないか」
千里はセーラとローレルに声をかける」
「二人にお願い。お互い剣をもって、魔法ありで対戦して」
「「わかりました」」
二人は距離を置いて剣をかまえる。
「よーい、はじめ」
という千里の掛け声で、両者が飛び込む。
が、飛び込んだのは二人の体だけではない。
「ファイアバレット!」
「アイスバレット!」
両者がそれぞれファイアバレットとアイスバレットをいくつも顕現させ、同時に突っ込む。
「「は?」」
ジョセフィーヌとジュディが疑問の声を上げる。
お互いのバレットが相殺され、剣が合わさる。
ドゴンドゴン! カキン! ドゴン!
さらに、剣が合わさった瞬間、お互いの剣が爆発した。
お互いが距離を置くためにバックステップを踏んだその瞬間、二人ともがファイアボールを置き去りにして、そこでまた爆発が起こる。
再び、バレットと共に飛び込む二人。
「はい、ストップ!」
千里が二人を止める。
「二人とも、ありがとう。普通に訓練に戻って」
「「はーい」」
二人はミシル達とルージュ達のところへとそれぞれ戻って行った。
「わかりました?」
「はい。わかりましたが、わかりません。剣としては相手の動きに集中すべきですが、その一方で、魔法の行使もしているということですよね」
「そうですね。同時です。なので、こういうこともできます」
千里は、ジョセフィーヌから剣を借りると、その剣に炎をまとわせた。
「ほら、炎の剣の出来上がりです」
そう言って、炎をまとった剣を振り回す千里。
「「……」」
千里は、剣の炎を消して、ジョセフィーヌに剣を返した。
「ファイアバレットの複数同時発動。しかも、それを撃ち落とすアイスバレット……剣を振って戦いながら魔法を……。さらに、炎の剣を振り回す……。どれだけ高度なのですか?」
「あはははは」
千里は笑ってごまかそうとする。
「あの、ここで魔剣士としての修行をつけていただくことは?」
「一般の魔剣士が想像していたのと違ったし、広めてほしいとは思ってないんだけど」
「広められるものではありません。というか、真似のできるものではありません。ですが、習得して見せますので、どうか」
「ジュディはどうするの?」
千里が聞く。
「わたし、剣を握ったこともなくて」
「ま、見ているだけでもいいけどね。暇かなって」
「ジュディ、あなたも剣を振るところから始めなさい」
「それでもいいのかもね。後は、お母さんに習ったら?」
「それは、私に教えてくれるということでしょうか」
ジョセフィーヌが目を輝かせる。
「春までね。一緒にやりましょう」
「ありがとうございます。師匠」
隠し事をするのもめんどくさい。千里はそう思う。
外見が二十歳そこそこになってしまったジョセフィーヌ。千里と桃香のことを師匠と呼ぶようになった。
ただし、千里と桃香よりフローラの方が強いのだが。
こうしてジョセフィーヌとジュディが訓練に加わった。
また、辺境伯が暇になった。
年末氷上武闘会の日がやってくる。
ローレルとセーラがメイド服に団服というフル装備をして出場している。二人ともやる気だ。
それにプラスして白の団服を着たルシフェまで出場していた。
会場は湖。その湖畔に出場者が集まる。
ローレルの背から声がかかる。
「おいおい、逃げ出さずによく来たな」
「「……」」
「俺だ、俺。冒険者ギルドであおったろ」
「えっと、トラ男?」
「……もういいよ、トラ男で。どうせ見た目だろう? そのトラ男だよ」
「で、なんだっけ」
「はぁ。今日は俺が優勝するからな」
トラ男はそれだけ言って去って行った。
「……」
何だったんだ。と、思うローレルにセーラが聞く。
「誰? 告白されたの?」
ドスッ!
セーラの腹にローレルの肘が入る。
「よくわかんないけど、あれが喧嘩を売って来たから、これに出ることになったのよ」
運営からアナウンスがかかる。
「それでは、年末氷上武闘会を始めます。出場者の皆様は桟橋の船にお乗りください。武闘会のステージは、湖面に浮かんだトラックとなります」
湖面を見ると、確かに氷のトラックが見える。
まさに陸上競技場のあれ、氷でできたトラックが。
「本日の武闘会のルールは、なんでもあり。ただし、トラックを十周してください。一位の人が優勝です」
何でもあり、というところは置いておいて、なんてお祭りチックな武闘会。
氷のトラックの上を十周。絶対に滑って落ちるやつだ。
千里はそう思う。
それより、そんな競技でルシフェは大丈夫だろうか。
応援をする人たちは湖畔で湖面のトラックを眺めている。
千里と桃香も、その手に串焼きをもって応援をする。応援する、応援する……まあ、優勝はローレルかセーラだろう。大穴でルシフェ。




