人体実験(千里と桃香)
「試したい魔法があるんですよ。毎日少しずつなんですけど」
千里がジョセフィーヌに、魔法を使った人体実験をしたいとお願いする。
「はい。恩人の頼みです。承知いたしました。毎日、リハビリに来た時にこの体を使って試してください」
「ありがとう」
千里とジョセフィーヌの間で合意がなされたところで、桃香が声をかける。
「それでは、今日の治療はここまでです。リハビリをしていただいても、剣を買いに行かれても構いませんよ」
「え、桃ちゃん。急に剣を握ったらおかしいって話だったじゃん」
「ですが、モチベーションは大事ですよ。千里さんだって、新しいパンツを買ったらモチベーション上がるでしょ?」
「なんの!?」
千里が顔を赤くする。
「気分一新って意味です」
ジュディとジョセフィーヌは顔を見合わせて相談をする。
「どうする?」
ジュディはジョセフィーヌに伺いをたてる。
「今日のところは、剣を見に行かない?」
「そうする? でも、突然お母さんが剣を買って帰ったら、お父さん、びっくりするんじゃない?」
確かに、突然剣を買って帰ったら、夫の伯爵は驚くだろう。
「……そういえば」
ジョセフィーヌはふと、さっきのセーラの行動を思い出す。
「セーラさん、メイド服のスカートから剣を取り出していたわよね」
「……もしかして、お母さん、メイド服を着る気?」
「剣を隠せるならいいんじゃないかしら」
ジョセフィーヌは千里と桃香に聞く。
「あのメイド服は特注ですか?」
「……キザクラ商会で買っています、うちらは」
視線を泳がせる千里と桃香。
「どうして、視線を外すのかしら?」
「普通のメイド服なら買えると思いますが、あれは、おっしゃる通り、クサナギゼットの特注品でして……」
クサナギゼットのメンバーではないジョセフィーヌにゼットのメイド服を着せるのもどうかと思うが、その前に、貴族のご婦人がメイド服を着るのか? 本気か? とも思う。
「千里さんと桃香さんのパーティメンバーじゃなきゃ買えないってことです?」
着たいらしい。着るらしい。千里はあきらめる。
「そ、そんなことはないと思います、いえ、ないですけど。何なら、一緒に行きます?」
「剣を隠せるクサナギゼット仕様が確実に買えるならお願いします」
ゼット仕様だとわかっていて買うんだな、そう千里は思う。
結局、千里と桃香は二人に付き合ってキザクラ商会へ行った。獣人の国にもキザクラ商会があってよかった。千里はそうも思った。
メイド服については、なぜかジュディも購入した。二人とも、不要だろうにプリムまで。辺境伯は疑問に思ったことだろう。なぜメイド服なのかと。
「今、流行らしいです」
ジョセフィーヌはそうごまかしたらしい。
ちなみに出来上がるまで三日。それまで剣はお預けかと思いきや、ジョセフィーヌは鍛冶屋に特注品を頼んでいた。何日かかることか。
次の日、ジュディとジョセフィーヌがリハビリのため、舟屋の訓練場にやってきた。
だが、千里と桃香がまずはと、二人を部屋へと連れて行く。
「まずは実験に付き合ってもらうから」
「わかってます」
ジョセフィーヌはごくりとつばを飲み込む。
承諾したが、人体実験と言われては不安しかない。
「それじゃ、失礼します」
と、千里と桃香は、ジョセフィーヌの顔や腕や足や、メイド服をめくって胸や腹までも触っていった。
ジョセフィーヌは、ほんの少しほほを染めても我慢だ。くすぐったいやらなんやら。
「うーん。なるほど」
ちなみに、千里も桃香も前世で看護師をしており、人の体は嫌というほど見ている。
「それじゃ、私から」
千里はジョセフィーヌの両頬に手を置き、
「ヒール!」
と、とある治癒魔法を唱えた。
「じゃあ、私も」
桃香はジョセフィーヌの両足首をもって、同じように、とある治癒魔法を唱えた。
「ヒール!」
と。
「今日はこれで終わりで。リハビリに行っていいですよ」
「「???」」
何が起こったのかわからないジョセフィーヌとジュディは首を傾げる。
「効果が出るかわからない実験ですし。気にしないでください」
ジョセフィーヌは顔を触ったり、足を動かしたりして確認するが、何も変わった様子はない。
ジュディとジョセフィーヌの二人はより深く首を傾げ、そして、リハビリのため、訓練場へと移動した。
訓練場では相変わらず、セーラ達が激しく戦闘訓練をしていた。
ジョセフィーヌは、とりあえず、立つところから始める。
昨日、帰ってからも頑張ってみたが、足は動いても、バランスをとるのが難しかった。
筋肉がないのだ。仕方ない。
そう思って、上半身の力を使って、えいっ! と、立ってみる。
「あれ?」
ジョセフィーヌが驚きの声を上げる。
「お母さん、立てたね」
「何でこんなに簡単に」
疑問に思っているジョセフィーヌにジュディがねぎらう。
「昨日頑張ったからじゃない?」
「そうなのかしら」
そう言っているとジョセフィーヌがふらつく。そんなに長くは立っていられないらしい。
なので、ジュディがジョセフィーヌの脇に腕を入れて支える。
「少し歩く?」
「うん。お願いできる?」
二人は、ゆっくりゆっくり歩くことを試みる。
ジョセフィーヌは片足ずつ、ゆっくりゆっくり前に出していく。
歩けている。歩けているよ、お母さん。
涙を我慢しながら母親を支えるジュディだった。
二日目、三日目、四日目……一週間が経つ。
そこまで来ると、ジョセフィーヌに起きた異変、実験の結果に、ジョセフィーヌ本人もジュディも気が付く。
「千里さん、桃香さん。お二人に一週間、人体実験という名の治癒魔法をかけてもらったんですが」
「何かおかしことがありました?」
千里がジョセフィーヌに答えを聞く。
本人が実感できるほどの効果が表れたかどうか。
「ええ。しわが無くなってきています。それから、足が太く。筋肉が付いてきました。さらに言うなら、脂肪が減ってきています。いえ、はっきり言います。頬とか顔全体に、いや、体全体に張りがでてきています」
千里と桃香が向き合ってハイタッチを交わし、魔法が成功したことに喜びを表す。
「ルシフェがさ、若いまま体を保っているから、できるんじゃないかと思ったんだけど。できたね」
「本当です。これで、私達も年を取った時に若返られるかもしれません」
ルシフェは精霊なので歳はとらない。だが、死ぬ前、人間だったときには本当なら老いたはず。
にもかかわらず、自分は死んだことにも精霊化していることにも気づかず、若い姿を実体化し保ち続けていた。
人間だったときから、自分に無意識に若返りの魔法をかけていたせいだろう。自身が持つ、今ある姿を意識して。
そう、千里と桃香は考えていた。
「「……」」
千里と桃香の二人が何を狙って自分に対して人体実験をしていたかを理解したジョセフィーヌ。それとジュディも。
だが、確認せざるを得ないジョセフィーヌ。これは、全女性が憧れる魔法なのだ。千里と桃香の口から直接聞きたい。
「もしかして、若返りの実験ですか?」
「そうよ。そう言ったわ」
ジョセフィーヌは目をきらめかせる。
「この実験はいつまで?」
「できることがわかってきたから、もうやめていいかなって」
「いえ、もうちょっと実験が必要だと思います」
力強く力説するジョセフィーヌ。
「え、ええ。そうですね。そうかもしれませんね……」
千里と桃香がやれやれという顔をする。




