売れない悪名。その名は勇者「クサナギ」(優香と恵理子)
階段を上がり、地上に出る。すると、
「おい、お前ら、ヒックリ様はどうした!」
中庭にいた騎士達に声をかけられる。
優香は、指を下に向けて、何も言わず、そのまま屋敷へと入った。
五人は屋敷の中を抜け、正面玄関から出る。
そして、まだ騎士達が転がっている庭を通り抜け、二人が壊した門から敷地外へ出た。
そこで、優香がふと考える。
「ねえ、僕ら、名前を売りに来たのに、売れたと思う?」
「タカヒロ、名乗りを上げた記憶ある?」
「ないね」
「でしょ」
「うーん」
優香は考え込む。
「そうだ! この真っ白な壁に名乗りを上げて行こう」
「どうやって?」
「ペンキがあればよかったけどないから、炎魔法で焦がしていこうか」
「ま、そんなところね」
優香は、向かって右の壁に、炎魔法で文字を刻む。
“クサナギ参上”
恵理子は向かって左の壁に、炎魔法で文字を刻む。
“タカヒロ♡マオ”
恵理子はちょっとだけ首をかしげる。何か違うと。
そこで、“タカヒロ”の左に、“エリコ♡”を加えた。
「ちょっとちょっと、何書いてるの?」
優香が恵理子に聞く。
「いいじゃない。まあ、なんでも」
と、顔を赤らめる。
「じゃあ、僕も」
“ユウカ♡”と書き加えた。
「お前達! 何をしている!」
五人が振り返る。
「あ、兄さま!」
優香と恵理子は、モウラが声をかけた人物、グスタフに気づく。さらに、
「あ、マウラ姉さまも!」
と、モウラはマウラに向かって駆け出し、マウラに抱き着いた。
「モウラ、心配したんだから」
「あのね、あのね、私、ここのバカ息子に蹴られて、胸がすごく痛くて苦しくて、死んじゃうかも、って思いながら苦しんでいたら、このお兄ちゃんが治してくれたの。助けてくれたの」
「そうなの?」
マウラは優香と恵理子を見る。しかし、二人は黙ったままだ。しかし、黙っていられないものがいる。
「タカヒロ様とマオ様は私達の勇者様なんだ。神様なんだ。苦しんでいたその子を見捨てるわけがないんだ!」
ヴェルダが叫ぶ。
ヴェルダの口を押えようとしたがもう遅い。
グスタフが、一歩前に出る。
「私達の妹、モウラを助けてくれてありがとう」
と、深々と頭を下げた。
そして、頭を上げると、
「私達のパーティ閃光の貴公子は、公爵邸を襲った犯人を、魔獣をこの街に放った犯人を捕まえないといけない。なぜなら、私達はこの街の冒険者ギルドに所属しているからだ」
優香と恵理子はそれで? と、話を促す。
「だが、私達は、それに失敗した。取り逃がしてしまった」
「いやいやいや、せっかくクサナギ参上って書いたのに、ようやく名乗りをあげられたのに」
「……」
グスタフは固まる。
「あの、クサナギのお二人、いいのか? それは悪名だぞ?」
「私達は、人捜しをしている。だから、私達に気づいてもらうため、名前を広めたいと思っている。それが悪名でもなんでもね」
「そうか。それについては、理解した。納得はしないが。さて、それは置いておいて、私達は、君達にお礼をしないといけない。私達では、公爵邸に乗り込むことはできなかった。妹を助けることが出来なかった。私達にできることは何でもする。言ってほしい」
二人は、目を合わす。そして、
「あの、プラチナBの実力を知りたいです。手合わせをお願いできませんか?」
優香が提案する。
「この屋敷に突入して戻ってくるくらいだ。カッパーランクの実力じゃないことはわかっている。だが、プラチナBは伊達じゃないと自負しているんだ」
「それでも、よろしければ胸を貸してください」
「ふう。わかった。本気の実力を見せればいいんだな」
「お願いします」
優香とグスタフの二人は、大通りの真ん中で剣をかまえて向かい合う。
「それじゃ、始め!」
恵理子の掛け声で、優香がダッシュする。グスタフは迎え撃つようだ。
優香が地を這うような移動から、剣を切り上げる。
それをグスタフも下から切り上げ優香の剣を跳ね上げる。その勢いを利用してグスタフは優香に上段から切りつける。
しかし、優香はさらに踏み込んで、グスタフの腹に肩をぶつける。
グスタフが吹っ飛び、仕切り直しとなる。
「え、マジ? あいつ、本当にプラチナBなのよ? それとやりあうカッパー?」
「俺達じゃ勝てなくね?」
と、閃光の貴公子の面々が声を上げる。
優香はまた同じように、低い位置から飛び込みつつ剣を切り上げる。
「甘い、同じ攻撃が聞くと思うな!」
と、同じようにグスタフが剣を跳ね上げようとする。が、優香の剣が来ない。
「え?」
グスタフがからぶる。そこへ優香が一歩踏み込み、下段からグスタフを切り上げた。峰打ちで。
「フェ、フェイント?」
グスタフが崩れ落ちた。
「勝者、タカヒロ!」
と、恵理子が宣言する。
「ありがとうございました」
優香は深々と頭を下げた。
「それでは、私達はそろそろ行きます」
「私達の旅はまだ続きますので」
「わかった。気をつけてな。今度は負けないつもりだから、また勝負してくれ」
「はい。楽しみにしています」
ピー!
優香は口笛を吹く。すると、ヨーゼフとラッシーがやってくる。
「「わふ」」
「よしよしよし。よく来た。それによく我慢できたね」
ヨーゼフとラッシーをなでなでする二人。
それを見て固まる閃光の貴公子プラスマウラとモウラ。
「そ、それは?」
「この子達は、僕らの仲間なんです」
そう言って、優香はヴェルダと、恵理子はメリッサとそれぞれヨーゼフとラッシーに乗る。
「それじゃ、また」
「お元気で」
と、四人はヨーゼフとラッシーに乗って、去っていった。
残された閃光の貴公子とマウラとモウラ。
「よーし、壁を壊すぞ」
「え、いいの? 兄さま」
「ああ、あの子らに不名誉な名乗りは不要だ。この屋敷を襲った者も、魔獣を街にはなった者も、見つけられなかった。ただ、勇者がいた。それだけだ。あの子らは、勇者として名を広めてやろう」
と言って、グスタフは、悪い顔をして笑った。
「それに、そこにいいものが落ちているしな」
グスタフは、二槌のハンマーを拾った。
「ねえ、中庭に、まだ騎士がいたけど、兄さまがやったってばれたらどうするの?」
モウラが心配する。
「そん時は、勇者様に囲まってもらうさ。名を広めながら移動しているんだろう? すぐに見つけられるよ」
「その時は、私も行くー」
「私も行きます」
モウラに続いてマウラまで名乗りを上げる。
「あはははは。そうだな。みんなで世話になるか。それもいいな。そして、稽古をつけてもらおう。俺はまだまだ強くなりたい」
結局、公爵の屋敷を襲ったのも、魔獣を街に放して混乱を招いたのも、誰だか分らなかった。ただ、攫われた少女を助け出した勇者がいた。それが、カッパーランクの冒険者パーティ。その名も
クサナギ。




