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「私は剣を握りたい」(千里と桃香)

 千里は続ける。


「貴方のお母さんがそれを望まないのに、診ることはできない」

「じゃ、私が望む。私がお願いする。私がお金を払う。お母さんに治ってもらいたい。だから、私が、私が……」

「あのね、私達、教会の神父さんじゃないの。彼らのお仕事を奪うわけにはいかないのよ」

「診てもらったの、王都の教会にも行って診てもらったの。でも、治らなかった。治らなかったの。だから、お母さん、誰にも治せないって思ってる。でも、でも、私、確信してる。皆さんならお母さんを治せる」

「治せる治せないの前の段階なんだわ」


 千里がやれやれ、と両手を挙げる。

 これに対して、声を上げたのはジョセフィーヌ。


「娘にここまで言われてしまった。確かに、皆さんの訓練を見て、胸がうずいた。こんな訓練を受けられたら、もっと高みに行ける。高みを見れる。そう思った。でも、王都の神官にも診てもらっても私は治ることはなかったんだ」


 ジョセフィーヌは下を向いてしまう。しかし、あきらめたわけではない。

 ジョセフィーヌは再び顔を上げてしっかりと視線を千里に向ける。

 そして、視線は千里に向けたまま、


「セーラさん、剣を貸してください」


 と、セーラに願った。

 セーラがメイド服のスカートから剣を取り出す。

 それをジョセフィーヌは受け取る。

 そしてその剣を膝に置き、ジョセフィーヌは動かなくなって久しい両足を車いすから手を使って地に降ろす。

 右手で剣もち、その剣を地面に立て、剣に体重をかけていく。

 左手を車いすにかけて体を持ち上げようと力を入れていく。

 しかし、その足には、変わらず全く力が入っていない。

 それでも、ジョセフィーヌは立とうとする。両の腕だけで。

 いや、立つ。両手を剣に置き、そこに体重をかけて。

 そして、確かに立った。


「私は剣を握りたい」


 ジョセフィーヌは、しっかりとそう、千里に告げた。

 次の瞬間、グラッと体が揺れたかと思うと、ジョセフィーヌは倒れ込んでしまった。

 それをジュディとセーラが支えた。


「ジュディ、お母さんを車いすに。それから、ルシフェ、付き合って」


 千里と桃香はルシフェを伴って訓練場を出る。


「ジュディ、ついて来て」


 そう言って。


 ジュディは、ジョセフィーヌの車いすを押して千里達について行く。

 それにセーラもついて行こうとする。

 しかし、


「セーラは訓練を続けて」


 後ろを見ることなく、千里が言った。

 仕方なく、セーラは立ち止まり、訓練場に残った。




 五人は、千里達の部屋へと入る。


「桃ちゃん、ごめん。布団を敷いて」

「はーい」


 桃香は敷布団を敷きだす。


「ジュディ、お母さんをそこに寝かせるよ」

「わかりました」


 千里とジュディはジョセフィーヌを抱きかかえ、布団の上に降ろす。

 ジョセフィーヌは布団に仰向けに寝かされた。


 千里がジョセフィーヌに声をかける。


「ジュディのお母さん。私ね、怪我が治ってもう一度剣を握れるようになった騎士を知っているの」


 言わずもがな、リーゼロッテである。その話を聞いただけで、その過程を見たわけではないのだが。


「その人、ものすごく強いの。強くなったんだと思う。お母さんもそう願えば、強さを求めれば、望むままに強くなれると思うわ」

「ありがとう、千里さん。その言葉だけでもうれしいわ」


 千里はジョセフィーヌに頷き、そして、ルシフェにお願いをする。


「ルシフェ、診察して」

「はい」


 ルシフェはジョセフィーヌの手を握り、目をつむる。

 千里は続ける。


「お母さんはもしかして、魔剣士でした?」

「……何でそれを」

「なんとなく?」


 千里はジョセフィーヌに問いかける。


「お母さん、なんで私達が治癒魔法を使えるようになっていると思います?」

「いえ、わかりません。習得するにはものすごく時間がかかるのでしょう? そんな時間があったら剣を鍛えた方が……」

「治癒魔法が効かないんですよ。他の人のじゃ。私に治癒魔法をかけられるのは、おそらく桃ちゃんとこのルシフェだけです。逆もしかりです。それにうちのメンバーは、たぶん、私達やレオナ、そしてこのルシフェ以外の人に治癒魔法をかけてもらえないんですよ」

「なぜ?」

「治癒魔法は、自分より大きな魔力を持つ人に、かけることはできないんです。逆を言うと、私達のように大きな魔力を持ってしまうと、誰にも治してもらえない。これ、意外と知られていないんです。だから、王都の教会の神官は、お母さんより魔力が少なかったのだと思います。まあ、魔力を計る方法なんてないですし、仕方ないことです。あ、内緒ですよ」

「……」


 自分が治癒魔法で治らなかった理由が、いとも簡単にわかってしまった。まさか、自分の魔力が大きかったせいだとは。


「お母さんは、子供のころ、剣を振りながらよく倒れたんじゃないですか?」

「え、ええ。というより、倒れるまで振っていました」

「それが原因です。魔力切れを起こすと倒れるのですが、その状態で寝て起きると、次に魔力が回復する時には、ほんの少しだけ大きな魔力を持つことになるんです。一回ではほんの少しですけど、それを繰り返したら……」

「えっと、剣を振っていただけです。それで倒れたんですが、魔力、関係あります?」

「多分だけど、無自覚なうちに身体強化魔法をかけていたものと想像します。さっき、剣を使って立った時。あの時、持っている以上の力が出ていたと思います。いわゆる、火事場のバカ力です」

「な、なるほど」


 ジョセフィーヌは納得する。驕るわけではないが、自分の強さは無自覚の身体強化魔法もあったのか。


「そのような、貴重な知識を惜しみなくお教えくださり、ありがとうございます。他言しません。ジュディもよ」

「はい。お母さん」

「で、ルシフェ、どう?」

「腰、骨、神経……」

「治る?」

「治していい?」


 逆にルシフェが聞く。治したいのか。さすがは治癒魔法フェチ。

 ルシフェは続けて言う。


「私もお母さんに治って欲しいっていう気持ちはわかるから」


 なるほど。確かにね、と、千里は思う。


「お願い」


 千里に言われてルシフェは治癒魔法を発動する。詠唱はしない。

 寝ているジョセフィーヌの下に魔法陣が浮かび上がる。そして、光の柱が立ち上がり霧散する。光がジョセフィーヌの体に入り込む。千里や桃香の魔法と違って、ジョセフィーヌ自身が光ったりしない。


「ジュディのお母さん。どうです? 動けます?」


 目をぱちくりするジョセフィーヌ。足の指が動いている。それを自分の目で見なくても実感しているのだろう。

 唐突に体を起こそうとするジョセフィーヌ。だが、立ち上がることには失敗する。


「あの、何年車いすだったんです? 立ち上がる筋肉なんてありませんよ」


 千里が言う。そして、桃香が車いすを持ってくる。


「はい。しばらくは乗っていてください。リハビリが必要です」


 桃香は、車いすをジュディに預け、ジョセフィーヌを千里と一緒に起き上がらせ、車いすに座らせた。


 桃香がフォローを入れる。


「あの、急に立てるようになったとか、おかしいですから。湯治の効果だってことにするためにも、隠れてリハビリをしてもいいですけど、人前ですぐに歩き出すとか、剣をふるうとかなしにしてくださいね」


 ようやく実感を得たのか、すっと、涙を流したジョセフィーヌ。だが、その涙を拭きとる。


「千里さん、桃香さん、それからルシフェさん。足を治してくださりありがとうございます。ついでと言っては何ですが、もう一つお願いをしてもよろしいでしょうか」

「えっと、何?」

「皆様の訓練場でリハビリをさせて下さい。春まで。お願いします」

「それはいいわ。条件と言っては何だけど。お母さん……」

「ジョセフィーヌと」

「……ジョセフィーヌさん、魔法の練習に付き合ってもらえません?」


 ジョセフィーヌは承諾する。


「もちろんです。恩人のお願いなら何でも。それで、何を……」


 千里はニヤリとして、ジョセフィーヌに言う。


「人体実験です」

「え?」


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