年末氷上武闘会に出よう……誰が?(千里と桃香)
十七人は連れ立って冒険者ギルドへ入る。なかなかの大所帯だ。
レオナが代表して受付に向かう。
「昨日、エスタリオン辺境伯の護衛を行ったクサナギゼットです。報酬を受け取りに来ました」
「あ、もらっていますよ。ちょっと待ってください」
兎人族の受付嬢は、ごそごそと机の下をあさって、金貨の入った袋を取り出した。
「はい。報酬の金貨です。辺境伯様が少し多めに、とのことでした」
「うれしいです。ありがとうございました」
レオナはそれを受け取って懐にしまう。
「桃ちゃん、兎人族さんだよ。かわいい」
「本当です。耳が長くて、かわいいです」
小声で話していたつもりが、聞こえてしまう。受付嬢は顔を赤くする。兎人族は耳がいいのだ。
千里はギルドの中を見回す。
「よくよく見ると、いろんな獣人がいるね。あんまんに夢中になって気がつかなかったわ」
「千里さん、温泉饅頭って言っていたじゃないですか」
「でも、やっぱり獣人の皆さんは体が大きくて強そうだよね」
千里が桃香の突っ込みをスルーして、感想を漏らす。
すると、
「お、わかるかい人間族の嬢ちゃん。ここには旅かい?」
虎人族の男が声をかけてきた。
「ええ、旅の途中です。隣の大陸に渡りたかったんですが、船が出ていないってことで、春までここに滞在するつもりです」
「そうかいそうかい。それじゃ、年末氷上武闘会は、俺のことを応援してくれよ。頑張るからよ。そんで優勝したら、ちょっと飲みに行こうや」
「そんなのがあるんですね。飲みには行きませんし、行かせません。だって私も出ようかなって」
それを止めるのは、ローレル。
「いやいやいや、やめて。千里とか桃香とかフローラが出たら、誰も勝てないから」
「勝てるから優勝じゃん」
「そうかもだけど。誰が一強の試合なんて見たいのよ。盛り上がらないわよ。それに、その三人が戦ったら、この街が無くなるわ」
「おいおい、ちょっと聞きづてならないな。俺様が優勝するって言っているだろう?」
虎人族の男がローレルと千里の間に割って入る。
「うるさい。トラ男。黙ってしっぽ巻いてろ」
ローレルが虎人族を手で押しのける。
「おいエルフ。調子に乗りやがって。お前が武闘会に出ろや」
「ああん? 私が出ても強すぎて面白くないって言っているだろう?」
ローレルが虎人族と視線をぶつける。
「しょうがない」
千里は出場をあきらめて受付嬢に聞く。
「ちなみに優勝賞品って何だったの?」
「今年はなんと、金貨百枚です」
「ふーん」
すっかり懐が温かくなった千里達にはあまり興味がわかない。それにクサナギゼットの誰が出ても優勝することはほぼ確実。
「あれ、すごくないですか?」
「まあ、ローレルが出る以上、うちのものだし?」
「そういうことです」
千里はローレルが出るならローレルが優勝することを疑っていないし、ローレルも意気込んでいる。
「逃げんなよ」
虎人族は仲間たちと一緒にギルドを出て行った。
千里はふと思い出す。面白いのがいたと。
「お姉さん、武闘会の受付は?」
「ここに受付用紙があります」
「ちょっともらって行ってもいい?」
「えっと」
「宿に筋肉魔導士がいるから」
不思議がる受付嬢に千里が答える。
「え、セーラも出すつもり?」
ローレルが確認を取る。
「だって、このままじゃローレルの優勝が確実だもん」
「私も出てもいいぞ」
フローラが受付用紙に手を伸ばす。
「やめて」
ローレルが受付用紙をフローラから遠ざけた。
「いいじゃん。うちのパーティに金貨が入ることが確実なんだから」
「負け戦はしない主義です」
ローレルはそう言って、なんとかフローラの参戦を阻止した。
千里達は宿に戻る。
部屋へと上がると、ジュディが戻ってきていた。
「それでね、ジュディ……」
「うんうん、セーラ……」
きゃぴきゃぴとした会話を窓際でしている二人。
おでこに怒りマークを浮かべたローレルがセーラに迫る。
「はい。果たし状」
ローレルは、ギルドでもらった受付用紙をセーラに突き付ける。
セーラはそれをちらりと見て言う。
「えー、武闘会? わたし、魔導士だから……」
ゲイン!
ローレルがセーラを窓の外に蹴り飛ばした。
ずだだだだだ。ものすごい勢いで階段を上がってくるセーラ。
「なにすんのよ」
「これ、受けてもらおう。金貨百枚よ。まあ、もらうのは私だけど」
「なんですって? 百枚? 百枚あったら、ここの宿代、出るじゃない」
「お、乗り気になった」
「もちろん。私がもらうわ」
「訓練をさぼって脂肪を蓄えたセーラになんて負けるわけがない」
「私だって、胸筋の鍛えすぎで胸から脂肪の無くなった、ある意味貧弱エルフになんて負けませんから」
フーフー!
と、二人は息を荒げてにらみ合う。
「せ、セーラ?」
「ジュディ、優勝するから一緒にご飯食べに行きましょうね」
「は、はい」
突然肉体派になってしまったセーラにドン引きするジュディ。
「よし、ミシル、セシル、みんな特訓よ」
「ルージュ、フォンデ、行くよ」
二人は部屋を出て行ったものの、結局は同じ訓練場へと向かった。
ジュディは、セーラと一緒に泊まろうと思っていたものの、雰囲気が怪しくなってきたのでそれを辞退し、家族の下へと帰ってきた。
「ジュディ、久しぶりに会えたお友達は元気だった?」
「……ものすごく元気だったわ」
「それはよかったわね」
「今度、武闘会に出るって張り切ってた」
「え? お嬢様じゃなかったの?」
「どう見てもお嬢様よ。でも、力を入れた腕がお嬢様じゃなかった」
「……」
「お友達には変わりないから、私、応援する」
「そうね。それがいいと思うわ」
「あ、そうだ。お母様も見に行く?」
「何をです?」
「セーラの訓練」
「でも、悪いわ。私が出歩くと、あなたを使うことになってしまうもの」
「お母様ったら。そんなの当然じゃない。ね、一緒に行こう」
「ありがとう、ジュディ」
翌日、早速ジュディは母親の車いすを押しながら出かける。
「セーラさんって、クサナギゼットの方々と一緒にいるのよね」
「そうそう。訓練も一緒にやっているの。仲がいいんだか悪いんだかわからないわ」
そう言ってジュディは笑う。
その一方でジョセフィーヌは首をかしげる。
「こんにちわ」
「はいはい、いらっしゃいませ」
ブラウが二人を出迎える。
「今日もセーラに会いに来ちゃいました。います?」
「ちょうどこの時間は訓練場にいると思いますよ」
「見に行っていいです?」
「いいと思いますけど、秘匿されていることもあるかもしれませんので、私がご一緒して確認をしてまいります」
「よろしくお願いします」




