温泉と言えば温泉饅頭(千里と桃香)
「ジュディ、いつ着いたの」
ホテルのロビーでセーラが両手を伸ばす。
「昨日着いたの。向こうの高井田屋に泊まっているわ」
ジュディがセーラの胸に飛び込んで抱き着く。セーラも伸ばした腕の中に入ってきたジュディを抱きしめる。
「いいところよね。私、断られちゃった」
「そうなの? 遊びに来て!」
「うん。次は私が行くー」
きゃぴきゃぴとした年相応の会話をする二人。
二人は、ロビーにあった椅子に座り、話を続ける。
「ミシルさん達は?」
「部屋で休んでいるわ。朝の訓練が終わって、ちょっと厳しかったみたいで。ご飯を食べたから休んでいるの」
「朝の訓練? メイドさん達、何の訓練をしているの?」
「あれ、言ってなかったっけ。ミシル達、メイド兼護衛なのよ」
「そうなんだ。知らなかった。じゃあ、戦闘訓練?」
「そう。朝からね。だから、私も汗を流すために朝から温泉に浸かっちゃった」
「え、セーラもなの?」
「そうよ。自分の身は自分で守る、それが基本よ」
「そうなのね。私は守られてばっかり」
「守られて、って言えば、今回も魔物や盗賊に襲われたの?」
「それがね。全くだったの。プラチナランクの冒険者に護衛をお願いしたんだけど、肩透かし。何もなかったわ。それどころか、冒険者の皆さんが作ってくれた温かいご飯がうれしかったー」
セーラは、何かが引っ掛かる。
「えっと、プラチナランクの冒険者?」
「そう」
「そのパーティのリーダーは?」
「確か、千里と桃香?」
「……」
その二人の名前を聞いただけで、盗賊や魔物、魔獣が襲ってこなかった理由をセーラは察する。
「どうしたの? セーラ」
「魔物や盗賊に襲われなかったって言ったわよね」
「うん。全然」
「それ、今回だけだと思った方がいいわ」
「え? どうして?」
「盗賊は知らないけど、魔物や魔獣が襲ってこなかった理由はたぶん、その人達が追い払っていたから」
「……」
「もしかしたら、盗賊もいなくなっていなかった?」
「そういえば、お父さまが移動の前日に討伐されたって……」
相変わらず無茶苦茶な。
「で、その人達は?」
「さあ、昨日、宿まで送ってもらって別れて。今日、お父さまがギルドに報酬をもって任務完了の報告をしに行くはずだから、まだこの街にいると思うけど」
「はぁ。ジュディ、私の部屋へ来てくれる?」
「どうしたの? ミシルさん達に会えるのはうれしいけど」
セーラは立ち上がって歩き始める。ジュディはセーラの後をついて行く。
階段を上って、最上階の大広間の前に立つセーラ。そして、ノックもせずに入る。ジュディも続いて部屋に入る。
「え?」
大広間におよそ二十人もの女性が転がって休んでいる。
「ごめん、みんな、お客さんだからちゃんとしてー」
セーラが声をかけると、ミシル達を中心にピシッと立ち上がる。
「ミシルさん、セシルさん。皆さん、ご無沙汰していました」
ジュディがミシル達に挨拶をする。
ミシル達は丁寧にお辞儀を返す。
しかし、
「あ、ジュディじゃん」
千里が軽く声をかける。
「千里、それに桃香」
ジュディが手を振る。
「二人ともセーラと同じ部屋なの?」
「うん。昨日、セーラが押しかけて来た」
「もしかして知り合い?」
「ずっとね。一緒に旅をした仲よ」
ジュディがパァッと顔を明るくする。
「セーラと旅をしたんですか? っていうか、セーラ、旅をしたの? すごいすごい。話を聞かせてよ。そんなこと言ってなかったじゃない」
「千里達とは今年の春に会ったのよ。その後、ちょっと一緒に過ごしたの」
それなりにつらかったのよ。という小声はとりあえず、置いておく。
「そうなんだ。みんな知り合いだったなんてすごい偶然。ねえ千里、桃香、私とも友達になって!」
「もちろんいいわよ」
「私もです」
千里と桃香が了承する。
「やった! でも、みんなと一緒に泊まれないのは残念」
「たまにはいいんじゃないの? お父さんとお母さんを二人きりにするのも親孝行じゃない?」
「そ、そうかもしれないわね」
千里の意見にジュディが顔を赤らめる。
自分としては、跡目を継ぐ気はない。弟が出来てくれたらどんなにいいことか。
それに、本当は、いろんなところを見て回りたい。そういった希望はある。今のところかなわない希望だが。でも、弟が出来たら!?
「私、今日こっちに泊まっていいか聞いてくる!」
ジュディは部屋を飛び出した。
「今時の子は行動力あるわー」
「千里さん、何おばあちゃんみたいなこと言っているんですか」
「ちょっと感心しただけ。おばあちゃんって言わないで」
「はいはい」
「よし、桃ちゃん、腹ごなしに散歩しよう」
「そうですね。報酬ももらいに行かないとですし」
「それはレオナが行ってくれるんじゃないかな。温泉と言えば、温泉饅頭じゃない?」
「んー! ありますかね。楽しみです。行きましょう」
「あ、えっと、千里。今、ジュディを待っていて……」
「セーラ、よろしく。ローレル、行くでしょ?」
「行きます行きます」
ローレルが立ち上がる。
「私も行きます。途中でギルドに寄ってください」
レオナも立ち上がる。
「温泉饅頭とは?」
「何かな」
フローラとルシフェも立ち上がった。
結局、ヨン達も含め、クサナギゼットは部屋を後にした。
「んもう。私達を置いて行って」
セーラが頬を膨らませた。
温泉街を西に行き、湖を超えたところでこのソーシンの街に入る。
ソーシンの街に入ると、途端に獣人の割合が高くなる。犬人族、猫人族、兎人族、猿人族、鳥人族、それにトラやライオン、ゾウやサイなどいろいろだ。
だが、千里達は、あまり気にしない。昨日、猫人族とも犬人族とも話をしたし。
「お土産屋さんは、と」
お土産屋さんというより市場ではあるが、千里達はその中を歩いて行く。
「あ、桃ちゃん、あれだよ。蒸かしているもん。温泉饅頭だよ」
「本当ですね。あったかそうです」
「お姉さん、温泉饅頭、えっと、十七個頂戴」
「あなた達、旅の人かい。よくわかったね、饅頭だって」
そう言って、犬人族のお姉さんはせいろの蓋を開ける。
「熱いから気を付けてね」
そう言ってお姉さんが渡してきたのは、あんまんだった。
「……思ったのとちがう」
「そうだったかい? でもおいしいから食べてみなよ」
千里と桃香はパクッと一口かじる。
「んー」
「おいしっ!」
「そうだろう。うちの饅頭はおいしいんだよ」
レオナやローレル達もあんまんをほおばる。
「お姉さん、ありがとう。おいしい。春までいるからまた買いに来る」
「いつでもおいでー」
クサナギゼットの面々は、あんまんをほおばりながら歩く。
「千里、桃香、ギルドに寄ります」
レオナが声をかけてくる。
「おっけー。どこ?」
「もうちょっと先に看板が見えます」
「本当だ。よし行こう」




