乙女たちは恋話に飢えているのだ(千里と桃香)
風呂を出て、ブラウにお願いすると、セーラ達の荷物が千里達の大部屋に運ばれてきた。こうして、一部屋二十三人になる。
そして、食事も二十三人分並べられる。
「千里、声掛けを」
セーラが千里に頼む。
みんながお酒を手に持つ。ルシフェですら。
ここには未成年はいない。
「よーし、みんな、冬の間はここで休もう。訓練は毎日するよ」
ブーブー
誰も本気では言わない。皆、強くなりたいのだ。
「それじゃ、春まで引きこもろう! カンパーイ!」
「「「カンパーイ」」」
二十三人の女子会がにぎやかに進む。
食事も食べ終わり、飲みに集中していると、ドアがノックされる。
トントントン。
「はーい」
「ウォルフです。入ってよろしいでしょうか」
さすがに女子だらけの部屋へ男がずけずけと入るわけにはいかない。
「どうぞ」
皆が身なりを整えたのを見て、千里が声をかける。
「本日は、皆さまようこそお越しいただきました。改めてお礼申し上げます」
ウォルフと一緒に入ってきたブラウが頭を下げた。そして、
「入っておいで」
そう言って、ドアに声をかけると、さらに二人の猫人族が入って来た。
「ブラウとこの二人は、勇者様に助けてもらったのです」
三人の猫人族が頭を下げる。
「私達が助けたわけじゃないから、頭を下げないで」
「ところで、勇者様達の話でしたよね」
「はい。教えてもらえると嬉しいです」
「まず、クサナギの皆さんですが。ちゃんと数えませんでしたが、二十人近いパーティでした。皆さんと同じような黒いコートにメイド服でしたよ」
千里と桃香は服装について、やっぱりかと思う。センセ達もパパが絡んでいるのだろう。
「タカヒロ様は、金の髪で仮面をかぶっておいででした。子供のころに怪我をされたとのことで」
「「え?」」
怪我?
パパが絡んでいるなら、治癒魔法も習っているはず。
なのに、怪我?
「マオ様は、同じく金の髪でした。お二人は、ドラゴン族を従えし勇者と言われておりまして、実際に、フィッシャーという街では、緑ドラゴン族が十数体も降り立つという騒動を引き起こしました」
緑ドラゴン族十数体というところで、フローラが少しだけ反応する。
ウォルフはフィッシャーの街であったことを話した。
千里と桃香は、それを涙ぐみながら聞く。
センセ、真央ちゃん。人助けをしているんだなー。
そう思いながら。
「二人はどこへ?」
「はい。聞いた話だと、冬に向けて南に下ったと。南の地で冬を乗り切ると言っていたらしいです」
「そうなんだ。春になったら追いつけるかな」
「追いつけますよ。もうロックオンしましたから」
「そうだね。私、勇者を殴らなきゃいけないけど、その前にドラゴン族が十数体もいるんだね。頑張らなきゃ」
「あの、勇者様方のお仲間なのでは?」
ウォルフが首をかしげる。
「そうよ。一発殴って、全部許すんだから。そしたらもうずっと一緒に暮らすの」
そう言って、千里は恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑った。
そんな千里を見た全員が固まる。というか、察する。
皆が目を合わせたのち、ローレルが代表して聞く。
「その勇者が、千里の思い人なのだな」
「え?」
千里が驚きの表情を表し、桃香がうんうんと頷く。
「千里、顔が赤いぞ」
ローレルがかまをかける。
「え? ええ?」
「千里、勇者のことを聞かせろ」
千里が本当に顔を真っ赤にする。
もちろん、前世のことだ。話せるわけがない。
「いやいや、話せないから」
「こんな面白そうな話はないだろう? 話してもらおう」
「いや、ちょっと待って、ねえ、えっと、桃ちゃん?」
「知りませんよ、私は。えー? そうだったんですか?」
わざとらしい反応をする桃香。
「桃ちゃん!」
そっぽを向く桃香の肩をぶんぶんする千里。
「さ、こっちに来て話してもらおうか」
ローレルとレオナが千里の両腕をつかんで部屋の真ん中にひきずって連れて行く。
それを見て、ウォルフ達は部屋から出て行った。
「さあ、千里。吐け。我々は恋話に飢えているんだ。レオナの失恋話はもう飽きた」
ローレルが笑いながら千里を口撃する。
とばっちりのレオナが頬を膨らませる。
「た、助けて、桃ちゃん!」
「こればっかりはちょっとですね」
あはははは、あはははははは。
部屋中に笑いが起こった。
顔を真っ赤にした千里を除いて。
翌朝、訓練場に行く千里と桃香。
ローレル達、レオナ、フローラとルシフェ、セーラ達も一緒に。
ヨン達第四騎士団は体力づくりのため、湖の周りを走りに行った。
千里と桃香はフローラに胸を借りる。
セーラ達は以前のようにローレル達と組み手をする。
レオナはルシフェに治癒魔法の指導を受ける。もちろん、レオナとルシフェは、千里と桃香以外の皆が疲れたらヒールをかける役割も担っている。
「やっぱりフローラは強いね」
「魔力量で負けてもまだ殴り合いでは負けん」
千里はこぶしも蹴りもさんざん撃ちこむが、一撃もまともに入れられない。
ハアハア、と息をつきながら千里は自分に体力回復の魔法をかける。
「次は私です」
と、桃香がフローラに飛びかかっていく。
しかし、結果は同じだ。
「ねえフローラ、緑ドラゴン族とどっちが強い?」
「さあな。だが、誰にも負けるつもりはない。赤ドラゴン族を除いて」
後半は小声だ。
おそらく、相性というものがあるのだろう。千里はそう想像する。
「心配するな千里。私は寒くなればなるほど強くなる」
「うん。よろしくね」
いったい何をよろしくなのだろう。
この冬の特訓が厳しくなるだけじゃないだろうか。
まあ、気にしても仕方ない。
「フローラ、行くよ」
千里は走り出す。強くなろう。センセも真央ちゃんも勇者だ。二人に並び立てるように。強くなろう。
「あのー、お客様がお見えになっています」
朝食を食べた後、部屋でのんびりしていると、ブラウがやってきた。
「えっと、誰に?」
「セーラ様、いらっしゃいますでしょうか」
セーラは女王であることを隠して宿泊している。
「ええ、いるわよ。もしかして、ジュディが到着したのかしら」
セーラがブラウについて部屋を出ていく。
ミシル達は置いてけぼりだ。
「ミシル、いいの?」
千里がミシルに確認する。女王に一人で行かせていいのかと。
「はい。セーランジェ様の交友関係にあまり口出しはしたいと思いませんので」
「そうだよね。セーラだってボッチじゃないよね」
千里は、
えっと、ジュディジュディジュディ……どこかで聞いた名前だな。
と、視線を泳がす。
「千里さん、エスタリオン辺境伯のご息女と同じ名前です」
桃香が千里の思考ループに助け舟を出す。
「あ、そうか。まあ、よくある名前だよね」
千里は納得する。




