ソーシンの街へ(千里と桃香)
今回は護衛なので、千里と桃香も歩く。もちろん交代しながらだ。
ちなみに、ヨン達が途中で抜けるので、それをごまかすためにも半数は馬車に入っている。
一日目、特に何もなし。途中休憩中に素材と食材採集のため、ローレルやヨン達が森へ入る。特にヨン達は別に用事もある。
二日目、やはり何もなし。食材確保は同じ。
三日目、上り坂となる。森が無くなり、草原となる。が、しばらくするとそれもなくなり、赤茶色の大地が広がってくる。魔物としては、ホーンウルフの群れが見える。バッファロータイプの魔物の群れも見える。ハゲタカのような鳥の群れも見える。だが襲われない限りはこちらから手を出したりしない
そして、ついに渓谷の前に立つ。魔物としては、リザード系が目につくようになってくる。
「なつかしいね、ロックリザード」
「懐かしいって言うほどじゃないですけどね。今年のことですから」
「そうなんだよね。いろんなことあったね」
「そういうの、年末にしましょう」
「あはははは、そうだね」
千里と桃香が笑いあう。
「千里、ここらで今日は野営にしましょう」
ローレルが提案してくる。
「承知」
千里はそう返事をローレルに返し、辺境伯に声をかける。
「辺境伯閣下、今日はここで野営します」
「わかった。よろしく頼む」
馬車から辺境伯がジョセフィーヌを抱いて降ろす。次いでジュディも降りてくる。
「こんなところで野営ですか?」
ジョセフィーヌが周りを見渡す。視野に魔物がそれなりに入ってくる。
「はい。ここならまだ四方に逃げられますから」
料理担当のローレルが答える。
「それにしても、ここまで何にも襲われることなく順調だな」
これには、千里が答える。
「そうですね。盗賊が出てこなかったのと、魔物はどうなんですかね。これだけ動物がいれば、お腹もすいていないのかもしれませんね」
実際には、先頭を歩くフローラや、千里、桃香が、魔物や魔獣に近寄らせないように殺気を飛ばしている。魔物とはいえ、ドラゴンに攻撃を仕掛けるようなものはいない。
辺境伯が疑問を言葉にする。
「これだけ魔物や魔獣が見えていても、全く恐怖を感じないし、襲われる気配がないのはなんでなんだろうな」
千里も桃香も、首をかしげるふりをする。先の通り、千里と桃香、フローラのせい、いやおかげだ。
「はいどうぞ」
ローレルが、辺境伯一家に具沢山スープを配る。旅の途中、野営であることもあり、これが一番簡単だ。野菜も肉も一緒にとれる。後は、パンをかじってもらえばいい。
「ありがとう。こうも温かい食事が毎度出てくると、毎回君たちに頼みたくなるな」
「全くですわ。しかもおいしいですし」
「うん。おいしい。これ、香辛料とか惜しみなく使っているでしょ。高いのに」
辺境伯、ジョセフィーヌ、ジュディと順に感想を述べる。
「あはははは、うちのリーダーたち、しっかりとした味付けが好きなものですから」
ローレルは笑っておく。実際、その通りだ。なので、旅の前には香辛料を買い込むことになる。けっこう高いのに。
「ところで、リーダーの千里さんと桃香さんはおいくつなのですか?」
ジュディが聞いてくる。
「私達は十六です」
「確かにお若いですが、それでプラチナランクの冒険者というのはすごいですね。このパーティがすごいのでしょうか。エルフの皆さんも加わっていることもすごいですが、あの小さな子までプラチナランクなのですよね?」
本当に十二歳なのか? とまでは言わない。
「ええ、ルシフェはああ見えて治癒魔導士なのです。それを認められてプラチナランクとなっているんです」
「治癒魔導士?」
ルシフェは、見た目を変えてしまった。そのため、ドレスデンの魔導士養成高等学園の講師だったルシフェリーナとは誰も思わない。
「王都のルシフェリーナ様と名前も似ていますね」
「それは偶然です。ちなみに、うちにいるレオナも治癒魔導士なんですけど、レオナは王都のそのルシフェリーナ先生の弟子なんです」
「そんな治癒魔導士が二人。なんてすごいパーティなのでしょうか」
「どうしてもメンバーが多いですから、いくつかに別れて行動することもあり、治癒魔導士は複数必要になってしまって」
「なあ君たち……」
辺境伯はそこまで言ってやめる。うちの専属にならないか、という提案は、冒険者にしてはいけない。
「私達は、人を探して旅をしているんです。なので、メンバーも多くなっています」
暗に、一か所にとどまっていないぞ、ということをアピールする千里。
ジュディは思う。これだけ治癒魔導士がいたのなら、お母様を見てもらえないだろうか、と。しかし、それはあきらめる。王都の教会まで行って診てもらったのだ。それで治らないのであれば、冒険者の治癒魔導士では治せまい。その代わりに聞く。
「あの見たことのないワンちゃんは……」
「あの子たちは、私達の従魔です」
普通の犬じゃないぞアピールをする。神獣と言いたいところだが、騒がれても困る。
「そうでしたか。かわいらしいですね」
「ええ、夜なんて、警戒もしてくれていますよ」
辺境伯は納得する。この冒険者はみな、夜の警戒をせずに寝る。だが、襲われることはない。あの従魔が守っていたのかと。
「というわけですので、安心してお休みください」
四日目の朝、峡谷へと入っていく。高い岩壁には、ロックリザードが点々と張り付いている。しかし、だいぶ寒くなってきたせいか、動きは鈍そうだ。
やはり、ロックリザードも襲ってくる気配はない。むしろ、背を向けて歩いて遠ざかっていく。
辺境伯は、それを不思議がるが、口には出さない。
五日目、六日目と何事もなく進んでいく。
そして、七日目、ついに峡谷を出て、視界が開ける。そして、森が広がる向こう、遠くには 海が見える。
「桃ちゃん、海が見えるよ」
「本当です。まだ遠いですけど」
馬車は街道をそのまま北へ、海へ向かって進んでいく。そして、ついにソーシンの街にたどり着いた。
「あれ、どこから獣人の国だったのかな?」
千里が単純な疑問を口にする。それに答えたのは辺境伯。
「おおよそ、峡谷の中間くらいのところだ。だが、線もなにも引いていないからわからないだろうな。それに、どちらも砦を設置していない。お互いに攻め込んだりしないのだ」
辺境伯である以上は警戒する。しかし、実際には攻められたことはない。
ソーシンの街の入り口には獣人の兵士が立っていた。
「ようこそ、ソーシンへ」
「このまま入っていいの?」
「もちろん。獣人の街は人間の街のように、城壁で囲っていないから、広々としている。迷子になるなよ」
「ありがとう。でも、どっちへ行ったらいいの?」
「目的によるんじゃないか? のんびりするなら湖の方へ行ってみな」
「ありがとう」
千里達はお礼を言って馬車を進める。
「辺境伯閣下、どちらまで行かれますか?」
「海にぶつかったら東へ向かってくれ。そうすると、大きな湖がある。そこのほとりに宿泊宿がある。そこにお世話になるつもりだ」
「承知しました」
千里達は、指示通りに馬車を進める。すると、正面に海のような湖が見えてきた。
「桃ちゃん、私、こんな湖、記憶にあるよ」
「私もです。一緒に行きましたよね、サロマ湖ですよね、千里さんが思い出したの」
「そうそう。そんな感じ、海と湖とが両側にあって。夕日がきれいだった―」
二人はきゃいきゃいと思い出話に浸るが、誰も理解できない。
しばらく行くと、湖の陸側にたくさんの建物が並んでいる。
「辺境伯閣下、どうします?」
「あの一番背の高い宿まで頼む。そこで依頼は完了だ」
「承知しました。それではあと少し、よろしくお願いします」
馬車はもうしばらく進み、目的の宿にたどり着いた。
「冒険者パーティクサナギゼット、長い旅の護衛、ご苦労だった。冒険者ギルドに完了の手続きをしておくから、明日以降に報酬を受け取ってくれ」
「こちらこそ、ありがとうございました」
千里達は、頭を下げて辺境伯達と別れた。




