たとえ悪名であろうとも売れるものは売る(優香と恵理子)
路地から大きな通りに出る。
大きな通りを覗くと、その通りは公爵邸へつながっていた。
「あそこだね」
「正面から行く?」
「うん。名をあげたいからね」
「面白そうだけど……」
「ヨーゼフ達は、気配を消して近いところで待っていて。僕ら、ちょっと行ってくるから」
と、優香と恵理子は、大通へと出て、公爵邸へと走っていく。
公爵邸は、真っ白で高さが二メートルはありそうな壁に囲まれている。
門には、フルプレートメイルの門兵が左右に立っていた。
「止まれ!」
「何者だ! そして、何用だ!」
「えっと、ここ、バカ息子いる?」
門兵に対して、疑問で返す優香。
「ば、バカかお前らは、不敬罪に当たるぞ!」
「だって、バカ息子としか教えてもらってないもん」
「公爵家ご子息は、ヒックリ様だ!」
「バカ息子で通じちゃったじゃん。まあ、そいつでいいや。そいつ、帰ってるでしょ? 僕らの仲間を二人連れてっちゃったんだ。もう一人、女の子が一緒らしいけど」
「連れてった? ヒックリ様がそんなことをされるわけがないだろう。気を失って倒れた奇特な人を助けることはあってもな」
「あーそうかい」
フルプレートメイルの鎧は、視野が狭い。
優香と恵理子が瞬間的に視界から消える。
そして次の瞬間、
ドガーン!
二人の門兵が、門ごと吹っ飛ぶ。
「思ったより、飛ばないね。やっぱり重いんだ」
「でも、動かなくなったから効いてるんじゃない?」
「まあいいか。行こう」
二人は、屋敷の敷地内に入る。
「何事だ!」
当然のように、鎧をまとった騎士達が出てくる。
「あらら、いっぱい出てきちゃった」
二人は、騎士達に囲まれる。
「お前らは何者だ! ここが公爵邸と知ってのことか?」
建物の玄関から、声が聞こえた。
二人が見ると、見るからに趣味の悪い、貴族然とした恰好をした太った男がいた。
優香は、騎士に声をかける。
「もしかして、あれがヘッピリさん?」
「ヒックリだ!」
「あれ、全然あってなかった」
「小さいつが合っていたわよ」
「じゃあ、まあまあかな」
「貴様らー、無視をするんじゃない!」
ヒックリが騒ぐ。
「マオ、任せていい?」
「え、どっち?」
「もちろん、デップリ」
「いやよ。気持ち悪い」
「わかった。じゃあ、行ってくる」
優香は、ヒックリの方を向き、低姿勢で走り出す。
ヒックリとの間にいた騎士四人にハンマーをたたきつけながら。
そして、恵理子は、残りの騎士に囲まれる。
「ねえ、あれ、いいの?」
と、優香とヒックリの方を指さす。
すると、ちょうど、優香がヒックリにハンマーをたたきつけるところだった。
「「「「ヒックリ様!」」」」
「よそ見はダメよ」
恵理子は、騎士達をたたき飛ばしていく。
「デップリ! うちの子達をどこへやった!」
と、ハンマーを真上から振り下ろす優香。
ヒックリはそれに焦り、たたらを踏んで尻もちをつく。
すると、ヒックリがよけた格好になり、優香のハンマーがヒックリの両足の間を強くたたきつける。
ドッゴーン!
石畳が割れ、はじき飛ぶ。当然、ヒックリに石つぶてが刺さる。
「ぐああー」
「あら、外しちゃった」
優香が地面に埋まったハンマーを引き抜こうとすると、その穴に液体が流れてくる。
「うわっ、何?」
優香は、ハンマーを慌てて引き上げ、そして、ヒックリの上着でハンマーを拭く。
「汚いじゃん! これ、今日買った新品なんだから!」
そこへ、騎士達を全員吹っ飛ばした恵理子がやってくる。
「うわー、ひくわー。なに、この四十路」
「二十九だ!」
「あ、意識あるよ。って言うか、この状況で強気って何? 一発いっとく?」
優香がハンマーをかまえる。
「待て待て待て」
優香はハンマーをおろさず、にらみつける。仮面の奥の目が笑っていない。
「待ってください。えっと。お待ちになっていただけませんか?」
「「気持ち悪いわ!」」
「ひぃっ」
「いいから、今朝連れてった、うちの仲間のところまで案内しろ!」
優香が殺気をまき散らす。
「ひぃ! わかりましたわかりましたから」
「じゃあ、立て!」
ヒックリはとぼとぼと立ち上がる。
「ほら、きびきび歩けじゃないとけつを割るぞ!」
「は、はい!」
ヒックリは速足で歩き始める。
屋敷に入り、そして、そのまま屋敷を通り抜けて中庭に……
「かかったな。我が家の騎士があれだけだと思ったか!」
ヒックリが突然、声を上げる。中庭には二十を超える騎士が剣をかまえている。
「ねえ、自分の立場をわかってる?」
優香はナイフを取り出し、ヒックリの首にあてる。
「ひぃっ!」
「手を出すなって言え」
「おい、お前ら、手を出すな!」
騎士達が剣をおろす。
「いいおっさんだ」
「おっさんではない!」
「だまれよいい加減」
ヒックリは口を押える。
そして、ナイフを突きつけられたヒックリと優香と恵理子は中庭横にある建物に入る。
そこには地下に続く階段があった。
三人は階段を下りていく。
石畳に、石壁。その奥には……檻。
そして、聞こえてくる声。
「お、誰か来た!」
「こらー、出せー、うちのご主人様は勇者だぞ! 神様だぞ! いいのか? お前ら天罰が下るからな!」
と、少女二人が騒いでいる。
優香は、仮面の上から手のひらを顔を当てる。恵理子も頭を抱える。
「ヴェルダにメリッサ、静かにして」
「あ、この声は、タカヒロ様!?」
「助けに来てくださったんですか?」
「そうなんだけど、ちょっと疲れた」
「タカヒロ様、タカヒロ様」
メリッサが真剣な声で呼びかける。
「あの、私達はいいんです。そこのでぶっちょに蹴られたあの子、苦しそうなんです。助けてあげてくれませんか?」
隣の檻を見ると、十歳くらいの女の子が、倒れて、息を荒くしている。
「貴様! 何をした!」
「ひぇ! 何もしていない」
「嘘だよ、そいつがその子を蹴ったんだ。それで私達が助けに入ったんだけど、あの騎士どもが……」
「ヴェルダ、わかった」
優香は、ハンマーを檻の出入り口に向けてかまえる。そして、
ガッシャーン
壊れた入り口から中に入る。そして、少女を抱き上げる。
「マオ、ちょっと危ない。ろっ骨が折れて、内臓を傷つけているかもしれない」
「どうするの?」
「メガヒールをかける。最悪、僕が動けなくなる」
「……私がタカヒロに魔力を供給するわ」
「「私達もやります」」
ヴェルダとメリッサは二人に魔力を注がれた経験がある。つまり、魔力は同調するはず。
「ありがとう。じゃあ、まず治すから、その後、魔力をお願い」
「わかった」
「「わかりました」」
「神よ、この子の傷をいやしたまえ。メガヒール」
少女の周りに光が立ち上がり、そして、光が舞い散った次の瞬間、少女が光る。
「うぉー」
意外にも声を出したのはヒックリだった。
「タカヒロ、魔力を注ぐわよ」
恵理子は貴博の両手を取って魔力を注ぐ。
「はっ、恵理子、助かった」
「ヒックリ、代わりに檻に入っていなさい」
恵理子はヒックリを檻に入れる。
入り口は壊したし、すぐに出てこれるだろう。
「おい、起きろ、大丈夫か」
「う、うう……」
優香の呼びかけに少女が目を覚ます。
「あ、あの、ここは?」
「どこでもいい。帰ろうか」
「はい……」
「あの、私達も出してほしいんですけど」
ヴェルダが訴える。
「わかってるわよ」
恵理子が、檻のカギをハンマーで殴って壊し、二人を出した。
「それじゃ、出ようか」
ふと、後ろを振り向くと、両手を組み、ひざまずいて拝んでいるヒックリが目に入った。
「気持ち悪い……」




