フローラ(千里と桃香)
その日は野営となる。
最後の街、エスタリオンからずっと野営をしてきた。そのため、再びエスタリオンまでは必然的に野営である。
「ヨン、あなた達は火の用意と寝るところを何とかして。私達は、食材を取って来るわ」
そう言って、ローレル達三人は森に入っていく。
「あの、私達は?」
母親が申し訳なさそうにヨンに声をかける。
「いえ、二人の時間を過ごしていてくださって構いません。準備はこちらでいつも通りに行いますので」
ヨンが答える。
そのため、ルシフェと母親は肩を寄せ合って座り、ヨン達の様子を見ることになる。
それはそれで、ルシフェにはうれしいことだ。母親のぬくもりを感じていられる。母親の方もルシフェに寄りかかられてうれしいことこの上ない。
やがて、ローレル達が帰ってくる。
「ヨン、ちっと手伝って。大物だから」
「おー、ホーンボアですか。千里様達、喜びますね」
「血抜きはしてきたから、さばいちゃおう」
二人は、その様子も見る。
そして、視線をずらしていく。
そこには、千里と桃香が寝ている。
そのおなかの上には二匹のキツネ……違うな。あの動物はなんだ。
母親はその動物を見たことがない。
ルシフェはルシフェで、千里達との旅でキキとララを見てはいる。しかし、これまでの長い人生、いや、精霊生の中で、ルシフェは治癒魔法にしか興味がなかった。というより、母親を治療することしか頭になかった。だから、その動物を見てもなんとも思ったりはしない。
母親も、詮索しても仕方ないな。と思う。
とにかく、ルシフェリーナに手を貸してくれたこと、自分を助けてくれたこと。この二つの事実だけで、信頼に値する。それ以外は些細なことだ。
「さあ、ご飯にしましょう」
ローレルがルシフェと母親に声をかける。
「しばらく食べてこなかったと思いますが、食べれそうですか?」
「あの二人は、食べなくていいのか?」
「まず起きませんし、明日の朝にたくさん食べると思いますよ。だから気にしなくていいです」
「ありがとう。いただく」
ローレルはお椀を二つ持って来て、ルシフェと母親に渡した。
「お代わりは自由です。たくさん作りましたので、食べてください。病み上がりはちゃんと食べてもらわないと」
ルシフェと母親の二人は、並んで食事を取った。
「あったかいね」
「そうだな」
「おいしいね」
「よかったな」
「おいしい?」
「ああ、おいしい」
母親はふーふーと冷ましながらそれを口に運ぶ。
「お代わり持ってきますよ」
ローレルが声をかける。
「いや、自分でよそう。ありがとう」
母親が立ち上がろうとする。
「お母さん、私がよそってくる」
「そうか。ありがとう」
その様子をチラ見して満足するローレル達。
ああよかった。千里と桃香について来て。
心が温まる。
翌朝。
「ふわー」
千里が起き上がる。
「お腹すいた」
「はいはい」
キキとララが夜の警戒をできなかったため、代わりに見張りをしていたローレルがお椀を持ってくる。
「はい。朝ご飯できていますよ。と言っても、昨日の残りですけど」
「ありがとう」
「桃ちゃんも起きよう」
千里は桃香をゆさゆさする。
しかし、桃香は起きない。
「昨日は、大活躍だったから、まだ目が覚めないんじゃないかと」
「そっか。じゃ、先にいただきます」
千里は、スープを一口飲んで、そしてローレルに聞く。
「私、あの後寝ちゃったから、どうだったの?」
「はい。すごかったです。桃香はまるで女神のようにルシフェリーナを諭し、ルシフェリーナは見事に精霊として役目を果たしました」
「そっか。で、肝心な母親は?」
「千里様」
後ろから声がかかる。
「様はやめてよ」
千里は振り返りながらそう言う。声をかけてきたのがルシフェの母であることはわかっている。
「そうはいかない。私は命を無くし、そして、ルシフェリーナに恨まれることになっていたはずだ。お前達はそれをどちらも救ってくれた。そんな方に、様をつけないというのはどうかと思う」
「様をつける割に、全然敬語じゃないけどね」
千里は笑う。
「すまんな。ドラゴン族は最強故、敬語を知らんのだ」
「いいよ。千里で。様はなくて」
「そうか。では、千里。ありがとう。感謝する。私もルシフェリーナも助けてくれて」
「助けようと思ったんじゃないわ。だから感謝しなくていいの。面白そうだから、ドラゴンに興味があったから、やってみただけよ」
「そう言うことにしておいてもいい。ところで、桃香は」
「まだ寝ているみたいね。しばらく寝かせておいてあげて」
「わかった」
母親は一拍置いて千里にお願いをする。
「千里、お願いがある」
「何? 私にできること?」
千里はもぐもぐしながら答える。
「私に名前を付けてほしい」
「ん? 名前なかったの?」
「我々は、自分より強い者、例えば、親とか族長とかそう言ったものが名前を付ける。だが、私は、一族一人なんだ。だから名前はない」
「んー。そういう意味では、私より桃ちゃんの方が強いんだけど」
昨日、千里の魔力まですべて桃香に譲渡したため、桃香の魔力は千里を大きく上回ってしまった。
「私としてはどちらも同じだ」
「じゃあ、二人で考えるわ」
「よろしく頼む」
「せっかく起きたし、一緒に食べる?」
「いや、ルシフェリーナが起きるのを待つよ」
「そうね。それがいいわ」
しばらくしていると、ルシフェが起きてきた。
「お母さん、いなかったからびっくりしちゃった」
「すまんな。ちょっと千里と話をしていた。心配させて悪かった。ちゃんと、ずっとお前と一緒にいる。心配するな」
「うん」
千里はルシフェの顔を見る。
「ルシフェ、あなた、精霊なのよね」
「桃香がそう言ってた」
「じゃあさ、眼鏡いらないんじゃないの?」
「え?」
「だってさ、精霊でしょ。自分のイメージで何とでもなるでしょ」
「……そうなの?」
「そうなの? って、私、精霊じゃないからわからないけど」
ルシフェは眼鏡を取って、周りを見回す。そして、母親の顔を見る。
ルシフェは、眼鏡がなくても見える、見える、見える、と、念じてみる。すると、すっとフォーカスが合う。
「あ、見えた。眼鏡なくても見えるよ」
「やっぱりね」
千里は満足したように、朝ご飯を口に入れてもぐもぐする。
そこへ、桃香も起きてくる。
「千里さん、お腹にキキもララも乗っていて、ちょっと重たかったんですが」
「桃ちゃんおはよう。昨日はありがとうね」
「む、千里さん、話をそらしましたね」
「だって、私、あの後のことわからないし、ま、結果オーライだったみたいだから、いいかなって」
千里は母親を見る。
「それでね、桃ちゃん、そこのドラゴンさんがさ、ドラゴンさんより強い桃ちゃんに、名前を付けてほしいってさ」
母親は、二人につけて欲しいと言った、と思うが、口に出さない。
「あ、そのことなんですけど」
「どのこと? 母親の名前のこと?」
「違います。私の方が魔力量が多いってことです」
「何か問題でも?」
「大ありです。私が怪我をしたとき、誰が治癒魔法をかけてくれるんですか?」
千里は、ぐるりと周りを見渡す。
「桃ちゃんより、魔力の大きい人いないね。ま、しいてあげれば、精霊様かな」
母親の横でちょこんとしているルシフェに話を振ろうとする。しかし、桃香はそうは納得しない。
「今回は一緒にいましたけど、今後もってわけじゃないでしょ。だから」
そう言って、桃香は千里に後ろから抱き着いた。
「わっ、ご飯がこぼれる!」
「じゃ、じっとしててください」
そう言って、桃香は千里に魔力を流し始める。ちょうど、自分と同じくらいになるように。
「うぎゃー、桃ちゃん、何するの!」
「おとなしくしていてください。魔力量を同じにするんです。そうすれば、お互いに治癒魔法をかけあえるじゃないですか!」
「そうだけど、そうだけどさ。桃ちゃんを守れば最強ってことじゃん」
「もう遅いです」
桃香は、昨日もらった魔力量と同じだけ、そっくり返す。
「桃ちゃん、この魔力、どうしたらいいの?」
「ちゃんと操作して、体の中に維持してください」
「うへえ」
「私だって頑張ったんです。千里さんもお願いします」
「はーい」
その一連の騒動に、皆が起きてくる。
「何があったのです?」
ヨンが母親に聞く。
「女神が二人になった」
「化け物が二人じゃなくて?」
ローレルが面白がって口を挟む。
「あー、ローレル、なんて言った!?」
「うわ、聞こえてた」
「あ、そうだ!」
千里が忘れていた、と言わんばかりに桃香に話しかける。
「桃ちゃん、フローラ」
「お母さんの名前ですか?」
「うん。どうだろう」
「きれいな名前だと思います。光を感じさせます」
「でしょ。フルオレッセンスでもフラワーでもいいわ、語源は。どう? フローラ」
そう呼ばれた母親は、きょとんとする。
「え、お母さんの名前?」
ルシフェが聞きなおす。
「そう。どう思う? ルシフェ」
千里がルシフェに確認する。
「きれい。かわいい。いいと思う!」
ルシフェは表情を明るくして、喜びを表現する。
「そっか。じゃ、フローラでよろしく頼む。名前をくれてありがとう」
「「どういたしまして」」
「では、決め事どおり、これから先、私は二人に付き従おう」
「「え?」」
「ドラゴン族は、基本的に、名をくれた者に従うのだ。つまり、自分より強い者にな。まあ、私は長い間眠っていたから、まだまだ寿命はある。お前達の寿命の間くらいは全く問題ないだろう」
「じゃあ、私も一緒にいる」
ルシフェまでそう言いだした。
「うーん」
千里は悩むふりをする。桃香は千里に丸投げを決め込む。
「じゃあ、よろしく。フローラにルシフェ」
「「はい」」
ヨンがつぶやく。
「ドラゴン族を従えし勇者を殴りに行くって言っていたのに、自分達がドラゴン族を従えたよ」
それに反応したのはフローラ。
「ドラゴン族を従えた勇者がいるのか。いいだろう。そのドラゴン族は私が押さえておこう。思う存分、勇者を殴ると良い」
「私も頑張る」
「あはははは、よろしくね、二人とも」
千里は苦笑いだ。




