お母さん(千里と桃香)
ルシフェがそう言うと、ルシフェの周りに漂っていた精霊たちがルシフェの周りをまわりだす。
まるで光のつむじ風のように。
そして、その風がだんだんと速くなる。
すると、風が吹いた。この洞窟の空間に。
ルシフェを中心に少しずつ強くなるつむじ風。そのつむじ風がさらに風を呼ぶ。
洞窟の入り口から風が流れ込んできて、つむじ風に合流する。
その流れ込んでくる風に、光の粒子、精霊が一つ、二つ、と混ざってくる。十、二十と、精霊が合流する。そして、百、千とだんだん増える精霊。
ついには、光の川のように流れてくる精霊達。
その精霊達がルシフェの周りをまわりだす。
そして、その精霊の光が凝縮し、少しずつ光を強く放って行く。
ローレル達は精霊を崇めていることもあり、精霊をみたことがある。
しかし、こんなにたくさんの、こんなにまぶしい精霊は見たことがない。
精霊を見たことのないヨン達ですら、その光を感じることが出来た。
「これが精霊……」
ヨン達もその光景を身動き一つせずに見つめる。瞬き一つすら惜しい。
ルシフェの周りで凝縮した精霊達は、次第にその半径を縮め、そして、ルシフェの中に入っていく。
精霊たちが完全にルシフェの中に入ると、そこには、光り輝くルシフェが立っていた。
「ルシフェリーナ、準備ができましたね」
桃香がルシフェに確認する。
「はい!」
「それじゃルシフェリーナ、お願い。お母さんの氷を全部溶かして。そして、溶けた瞬間に二人で同時に最大の治癒魔法をかけます」
「はい!」
「それじゃ、お願いします」
「行きます」
ルシフェは大きく息を吸って、そして魔法を唱えた。
「メルト!」
すると、ドラゴンの頭部から順に氷が溶けて水となって流れていく。
「行くよ!」
桃香が合図を送る。
「「メガヒール!!!」」
ドラゴンに手を添えた桃香、母に手を添えたルシフェ、二人が同時に治癒魔法を発動させた。
ドラゴンの下に、巨大な魔法陣が浮かぶ。ローレル達は魔法陣を見ることはできないが、地面が光ったのを感じることが出来た。
その魔法陣から、まばゆい光の柱が登り、そしてはじける。
はじけた光がすべて、ドラゴンの体の中に入り込み、ドラゴンがまぶしく光った。
あまりのまぶしさに、ローレル達は目をそらす。
ルシフェは、この光景を見逃すまいと、薄目で見続ける。
ドサ!
桃香は全魔力を放出して倒れ込んだ。
まぶしく光り続けるドラゴン。その左腕が伸びる。右足も伸びる。骨だけになっていた翼は肉をまとい、膜をひろげ、復活する。
全身を覆っていたやけどや怪我は消え、透明感をもって青白く光り輝くうろこが全身を覆う。つぶれていた目も復活する。
そうして、ドラゴンの光が収まった時には、美しい、ガラスの彫像のようなドラゴンが復活していた。ヨン達が持つたいまつの明かりをすべて反射する、ヨン達を鏡のように映し出すかのような美しいドラゴンが。
「お母さん!」
ルシフェが声をかける。
「お母さん!」
より大きな声で呼びかける。
すると、ゆっくりと、でも確実に、ドラゴンの目が開いて行く。
ドラゴンは、ゆっくりと首をもたげ、そして、ルシフェを目に捕らえた。
「ルシフェリーナ?」
ドラゴンがルシフェの名前を呼んだ。弱々しくもはっきりと。
「お母さん! お母さん! お母さん!」
ルシフェが何度も何度も連呼して、ドラゴンに抱き着く。
すると、ドラゴンは、しゅるるると、人型に変化する。
水色の透明感のある髪、色白の肌。あの時と同じ髪と同じ色のワンピース。そこから伸びる両の手、両の足。
母親は、ルシフェの前に膝をつき、そして、その頭を抱きしめる。
「ルシフェリーナ。ありがとう。約束を守ってくれたんだね。ありがとう」
ルシフェは母親をぎゅっと抱きしめ返す。そして、
「お母さん! お母さん! お母さん!」
と、ルシフェはそれだけを変わらず連呼する。
ルシフェも母親も流れる涙を拭こうとしない。ただただ、お互いのそのぬくもりを確かめるように、お互いの声を確かめるように、
「お母さん」
「ルシフェリーナ」
と、お互いを抱きしめあいながら、呼び合う。いつまでも。
感動的な場面だが、ローレル達にはやることがある。
「レオナ!」
ローレルが指示をすると、レオナはそっと桃香を抱きかかえる。そして、ローレルの元まで運ぶ。
ローレルの指示で、たいまつを二つ、ヨンとミーが壁際に置く。
さらに、ローレルは目で撤収を指示する。
ローレルが千里を負ぶって、レオナが桃香を負ぶって、ルージュとフォンデがキキとララを抱いて。洞窟の入り口を目指して走り出す。
それに気づいたのは母親だった。
「待ってくれる!?」
その言葉に、ローレルが立ち止まって振り返る。
「何?」
ドラゴンにきくような言葉づかいではないが、今は撤収することを優先したい。
「助けてくれたのは……」
「この二人、千里と桃香。それから、そこにいるルシフェよ」
「あの、ありがとう」
「お礼なら、いらないと思うわよ。きっとこの二人は、やりたいと思うことをやっただけ、って言うから」
「そんな。それでは私の……」
「私達の気が収まりません」
ルシフェが母親の言葉を遮って、言い直す。その言葉は、以前の千里と桃香に対してしていた口調ではなく、完全に敬語を使ったものに変わっている。
「それについては一応伝えるわ。それより、私達は急ぐの」
「何があるのか?」
母親が聞く。まさか、また噴火が起こるのではないかと。
「この二人、こうやって倒れた翌日の朝ご飯はたくさん食べるのよ。だから、早く野営の準備をして、食材を集めてこないと」
「「え?」」
まさかの答えに固まる二人。
確かに急がないと、もう日が暮れる時間かも知れない。
「ぷっ!」
意識を取り戻したルシフェが思わず笑ってしまう。
「ふふふ」
それに母親もつられる。
母親は、置いてあるたいまつを手に取る。ルシフェもそれに習う。
「私達もついていく」
「そ、勝手にすれば」
ローレルは、前を向き、走りだした。
「お母さん、大丈夫?」
「大丈夫よ。ルシフェリーナこそ、疲れていない?」
「うん。私、精霊なんだって。人間やめてた」
「え? そうなの?」
話を聞いていなかった母親はルシフェに確認する。
「私、死んじゃっていたみたい。それで精霊になっていたらしい。だからね、気づかなかったんだけど、私、友達がたくさんいたみたい」
姿を現した精霊の光の粒子がルシフェの周りを舞う。
母親がそれを見て驚く。
「そうだったの。ルシフェリーナ、そんなに長い間、頑張ってくれたんだね。ありがとう」
「お母さんとの約束だもん。当たり前だよ」
ルシフェが手を伸ばす。その手を母親がつかむ。
二人は、手をつないだまま走る。
お互いの目を見ながら、微笑み合いながら。




