レオナの師匠、ルシフェリーナ(千里と桃香)
レオナは馬車を操縦して王都の中心に向かっていく。そして、高い塀に囲まれた敷地内に馬車を乗り入れる。
そこには、何人もの若い学生がいた。まさに高等学園である。男子生徒も女子生徒もおそろいの制服を着ている。
「桃ちゃん、みてみて、かわいい学生がいるよ」
「千里さん。私達とそんなに年齢は変わりませんから。自分がいくつだと思っているんですか?」
「あ、そうか。年上とばっかりいたから忘れてた」
セーラですら一つ上。しかも千里は年上全員に敬語を使っていない。むしろ精神年齢は延べ百歳ほど。自分の年を忘れるのもやむを得ない。桃香はそう思った。
ちなみに、高等学園は十二歳で入学、十五歳で卒業である。
レオナは馬車を建物の玄関前に止める。
その建物、入り口の前に横に長い階段があり、それを上がって建物に入る。
ちなみに、今日は魔物討伐をするでもなく、何かと戦うわけではないので団服は着ていない。千里と桃香はいつものようにセーラー服を。レオナとローレル達はメイド服を着用している。
「懐かしいです」
メイド服のレオナがくるくる回りながら廊下を歩いて行く。回るたび、メイド服の裾がふわりと広がる。それがレオナの感情を表しているようにも見える。
「懐かしいって言ってもそんなに前じゃないんじゃないの」
「まあ、そうですけど。魔導士団に入ってから来たことがありませんでしたから」
「卒業生はみんな魔導士団に入団するの?」
「いえ、王都の魔導士団は一部だけですね。後は、地方の貴族の魔導士団に入ったり、冒険者になったり、いろんな街で先生とか家庭教師をしたりとかですかね」
「そうなんだ。じゃあ、レオナは優秀だったんだね」
「恥ずかしいですが、いつもトップ争いをしていたんです」
それが今やメイド服か。千里はちょっとだけ申し訳なく思う。
廊下に面したあるドアの前でレオナが止まる。そして、ドアのプレートに書かれた名前を確認し、ノックする。
トントントン
「ルシフェリーナ先生!」
シーン。
何も返事が帰って来ない。動く様子もない。
トントントン
「ルシフェリーナ先生!」
もう一度レオナが呼びかける。
すると、足音がしなかったにもかかわらず、ドアがそおーっと開いた。
「先生!」
レオナがすっとドアを引く。
「おっとっとと」
ルシフェリーナと呼ばれた女性がドアに引きずられて出てくる。むしろドアにぶら下がった感じだ。
「先生、大丈夫ですか?」
「お前がドアを引いたんだろうに」
レオナがルシフェリーナを起こす。
千里と桃香は目を見張る。
小さい。
ルシフェリーナの風貌だ。
身長百四十センチくらい。グレーのストレートの髪。光沢があり、シルバーと言えばシルバーだ。
顔は丸い眼鏡をかけているが、その下は童顔。胴体は……白衣を着ていてよくわからない。
「桃ちゃん、桃ちゃんより小さい」
「ですね。子供みたいに見えますけど、レオナより年上ですよね」
ルシフェリーナはついてしまった膝をパンパンと払っている。
が、たったそれだけの行動なのに、千里と桃香は寒気がする。何かが触ってくる。もちろん、正体はわかっている。
「あの、レオナの先生、探査魔法を切ってもらっていいです?」
そう言った瞬間、ルシフェリーナの眼鏡が一瞬光った。
「あ、ごめんな。つい癖で」
それがルシフェリーナの千里達に対する第一声だった。
「お、ところで、レオナじゃないか。無事だったか」
「先生、それを最初の一言で欲しかったです」
「だが、噂では失恋して自暴自棄になって暴れ、敵国につかまって捕虜になったと」
「……それ、誰が言ったんですか」
完全には間違っていないな、そう、誰もが思う。
「それで、メイド服なのか? 捕虜となって従わされているんだな。とすると、メイド服ではない、見たことのない恰好をしているその二人が主人か」
否定をしようと口を開きかけたレオナを無視して、ルシフェリーナはさらに続ける。
「しかもエルフのメイドを三人も従えているとは……お前ら、人間じゃないだろう」
「人間ですみません」
「いったい何だと思ったんです?」
千里と桃香が答える。
しかし、ルシフェリーナは桃香の質問に答えない。マイペースな性格らしい。
また、千里と桃香について来ているとはいえ、ローレルは姫だ。ルージュは姫をメイドと判断されたことに苦い顔をする。
しかし、すべてをこちらから明かす必要はないと、ローレルはルージュを視線でなだめる。それにメイド服は好きで着ているのだ。
「それで、レオナ、無事な姿を見せに来てくれたのか?」
「はい。せっかく王都に来たので、先生にお会いしたくて」
「王都に来たから会いに来た……この後どこかへ行くのか?」
「はい。こちらのお二人、千里と桃香ですが、二人について隣のアルカンドラ大陸へ行く予定です」
「レオナ、主人を呼び捨てにしちゃいかんだろう」
「友達扱いにしてもらっているんです。ま、一応、言葉は丁寧にしていますけど」
「そうか。捕虜とはいえ、いい主人だったようだな」
「えっと、何でそう思います?」
「楽しそうだ。それと、お前の魔力、かなり上がっているな。その二人の下で修業をしたのではないか?」
「何でわかったんです。そうです。この二人に指導してもらってから、あれこれと上達しました」
「ちょっと、どれくらい上達したか、見せてくれ」
そう言ってルシフェリーナはポケットからナイフを取り出すと、そのナイフで自分ののどを掻き切った。
「キャー、ヒール! ヒール! ヒール!」
レオナが慌ててルシフェリーナに治癒魔法をかける。
傷が治ったルシフェリーナは、自分ののどに手を当て、レオナの評価をする。
「まあまあだな。とはいえ、私が知る中では速い方だが。欲を言えば、ヒールを三回ではなく、一度で。しかも、先に痛みを取ってくれたらうれしかったがな」
「レオナ、レオナ、この人、変態?」
千里がこそこそっと、レオナに聞く。丸聞こえだが。
「ルシフェリーナ先生は、治癒魔法の先生なんですが、自分で自分を切っては治すという特訓と研究をするある意味変態なんです」
「おい、聞こえているぞ」
「だから、切られても死なない不死身だと言われているんです」
「人を化け物みたいに言うな」
「もしかしたら、その若い姿も治癒魔法を繰り返しているせい?」
千里が疑問に思ったことを聞く。
「……なぜそう思う」
だが、質問で返される。
「そうじゃなかったら人間じゃないんじゃないかなって」
ルシフェリーナは、ふぅ、と息を吐き、千里達を部屋へと招き入れた。
「まあいい。部屋に入れ。お茶でも出そう。そっちのメイドさん達も一緒にな」




