キキとララの活躍(千里と桃香)
ガサガサ、ガサガサガサ、ガサガサガサガサガサ
盗賊がいたのは馬車の風下。ということはさらに風下というのもあるわけで。
「やばい! ホーンベアの群れだ!」
「ボス、どうしますか?」
「どうもこうもない。反対側に走るしかない。野郎ども、罠を覚悟で馬車に向かって走れ! 運がよかったら馬車に押し付けられる。向こう側の森へ逃げろ!」
「「「おー!」」」
「ガウガウ!」
「グルルルル!」
威嚇しながら追いかけてくるホーンベアの群れ。
盗賊達は、慌てて森から飛び出る。そして、ひたすら走る。
馬車の横を抜ければ、ホーンベアが馬車を襲うかもしれない。そのすきに逃げられるかもしれない。そんな期待をもって走る。
盗賊が、犬が、馬車に向かって走る。それをホーンベアの群れが追う。
馬車には全く動きが見えない。
いや、動きがあった。
二匹の子犬のようなフェンリルが馬車から出てくる。
「犬が出てきた!」
「構うな、子犬だ! ホーンベアに馬車を襲わせて逃げるぞ!」
盗賊もホーンベアも走る。
盗賊が馬車まであと、五十メートル、三十メートル。その直後を森から出てきたホーンベアが二十頭も走る。
もうすぐ馬車だ!
盗賊の誰もがそう思った時。
ドッゴーーーン!
巨大な二柱の炎が水平に走った。
キキとララの口元から森に向けて。
馬車から森までにかけては、何も残っていない。焼け焦げた大地以外は。
その向こうの森は、完全な山火事だった。
ゴオオオー!
森が燃える。
ところが、キキとララは満足したのか、馬車に戻って千里と桃香の布団の中にもぐりこんだ。
「なに、ララ。どこかへ行っていたの?」
桃香が目を覚ましてララに声をかける。
「キュイ」
ララは、一鳴きして、桃香の腕の中で目を閉じた。
「そ。トイレだったのかしら」
桃香が目を閉じようとするが、外の音が気になった。
バチバチと何かがはぜる音。
ゴオオオオオ、と風が舞う音。
「何かしら」
桃香は馬車の外を見る。
「あ!」
盛大な山火事である。
森が燃えている。
桃香は焦る。なぜ山火事が、と。
「千里さん、千里さん、起きてください」
「むにゃむにゃ。肉まんにはソースが……」
「そうですけど、おいしそうな夢ですね。いいですね。もう」
「ローレル、ルージュ、フォンデ!」
三人も魔力を全消費したため、起きる気配がない。
桃香は馬車を飛び出し、隣の馬車をドンドンとたたく。
「ヨン、ミー、起きて!」
こちらも全魔力を消費しているため起きない。
「起きなさい!」
切れた桃香が馬車に蹴りを入れる。
桃香が遠慮のない蹴りを入れるとどうなるか。
当然馬車が崩壊する。
なので、桃香は遠慮のある蹴りを入れる。
しかし、それでも蹴りを入れたのは桃香。ヨン達の馬車が傾く。
馬車が傾くと、中で雪崩が起きる。
「「「キャー!」」」
「ヨン、全員で水魔法を!」
「あいたたた」
ヨンが倒れかけた馬車から出てくる。
「なんですか、桃香様」
「あれ! 水魔法で消すわよ」
「……」
ヨンが固まる。
目の前には巨大な炎の海が広がっている。
「え、無理ですよ」
「ヨン、魔力が回復した分だけでいいです。全魔力を使って水魔法を撃ちますよ。これまでちゃんと魔力操作を教えてきましたよね」
桃香が真面目モードになっている。
いつもは千里のおちゃらけモードの陰にいればよかったので、気楽だったが、今は千里が起きてこない。
このパーティの常識キャラ、レオナも起きてこない。
ここには、桃香と第四騎士団あわせて十名しかいない。
「私も全力で行きます。せーの!」
「「「ウォーターボール!」」」
森林火災の上空に直径数十メートルの水が現れる。
「は?」
ヨンは目を点にする。自分達の出したウォーターボールは一メートルほど。
まるで惑星と衛星の関係のようだ。
だが、固まっている場合ではない。ヨンは叫ぶ。
「退避―いぃぃぃ」
そう。全魔力を使ってしまった。動けない。倒れる。
あんな水が落ちてきたら、必ずこっちに波がやってくる。火は消えるかもしれないが、このままだとおぼれる。
馬車は動かせない。馬は外してある。
桃香は……すでに倒れている。
ヨンが薄れ行く意識の中で巨大な水玉が落ちるのを見ていた。
まずい。水が来る。
しかし、ヨンのその視界を塞ぐ者がいた。
「おー、桃ちゃん、すごいね」
千里だ。千里が立っていた。
「キキ、魔力頂戴」
「キュイ」
キキは千里の腕に飛び込み、そして、おでこを合わせる。
千里とキキの周囲が光る。そして、
「キキ、ありがとう」
千里は地面に手をつく。
「よいしょ! 大地よ、持ちあがれ!」
ゴゴゴゴゴゴ!
ヨンが寝転がったまま目を点にする。
景色が変わっていく。大地が盛り上がっていくのだ。
しかも、直径百メートル近い大地が。
十メートル近くも。
ヨンはその景色が変わっていく様子を見ながら意識を無くした。最後に見たのは、仁王立ちしていた得意げな表情をした千里だった。
翌日、ヨンは目を覚ます。馬車の中だ。
他のメンバーも馬車の中だ。ただし、全員が積み重なって。
この雑さ加減で誰が馬車に入れてくれたのか、想像がつく。
ヨンは起き出して、馬車から出る。
すると、ローレルやルージュ、フォンデが朝食の準備をしていた。
「おはようございます」
「おはよう、ヨン」
「朝ごはんの支度、ありがとうございます」
「いいのよ。私達、寝ていたから」
ローレルは、お玉で鍋をくるくるかき混ぜる。
「大体のことはわかるんだけど、何があったか教えてくれる?」
ローレルがヨンに確認を取る。
「私が起きたときには森が火の海のようになっていました。それで、桃香様に起こされて一緒にウォーターボールを放ち、鎮火しようとしました。しかし、桃香様のウォーターボールが大きすぎて津波が。魔力切れで倒れてどうにもならなかったときに千里様が起きてこられて、地面をこのように」
「なるほどね」
「山火事がどうして起こったのか」
ヨンが疑問をあらわにする。
「それは想像つくわ。焼け焦げた地面。この馬車から森に向かってる。しかも二本。これはきっとキキとララね」
「キキとララ? ただのペットではなかったのですか?」
「ヨンは知らなかったのね。あの二匹は神獣フェンリルよ。千里と桃香に従っている神獣なの。怒らせちゃだめよ」
「は、はい。ですが、そのキキとララが何で?」
「私達、毎晩魔力切れを起こして寝ているから、ちょっとやそっとのことじゃ起きないけど、そんなときに盗賊とか魔物とかに襲われたらどうなると思う?」
「え? そ、それは確かに」
「その対処をしてくれていたのがキキとララよ」
「……」
「私の予想だけど、今回襲ってきたのが、大人数か大規模かわからないけど、それなりだったんじゃないかしら。それで個別対応がめんどくさくなったキキとララが巨大な炎を放ったと」
「……それで山火事」
「私達を守ってくれているのよ。感謝しなさい」
「はい」
「さ、みんなを起こしてきて。ご飯が出来たのと、相談があるから」
「相談ですか?」
「そ、この持ち上がった大地から、どうやって馬車をおろすかよ」




