カイナーズとドレスデンの国境にて(千里と桃香)
「いやー、絶対にいやー!」
はぁはぁはぁ
千里が自身を抱きしめ、身震いをする。
「桃ちゃん、想像しちゃった。箱一杯の蠢く蛹」
「やめてください。気持ち悪いです。蠢く蛹のトラップにかかって埋まっちゃったらどうします?」
「ごめん、桃ちゃん。もう許して。私の想像力を抹殺したい。足の下がぷちぷちいってる」
千里が涙目になる。
「千里さん。大喜利はもうやめましょう」
「わかってるよ、そんなの。このお姉さんが悪いんじゃん」
「失礼ですね。相談に乗ってあげていると言ってください」
「桃ちゃん、終わりにしよう。よろしく。決めちゃって」
「はい。それでは、クサナギゼット!」
「……桃ちゃん、そのセンス……」
「はいはい、クサナギゼットですね。はい。登録。と」
あー、ようやく決まったと、受付嬢はさっさと登録してしまう。
「あー。登録されちゃった」
「あれ、ダメでした?」
「何かの第二クールみたいでさ。もういいけど」
千里が燃え尽きる。
「ところで」
受付嬢が話を変える。
「昨日、依頼を受けたんですね。報酬を受け取っていますよ」
千里が復活する。
「あー、コティくれたんだ」
「それでどうします?」
「どうします? というのは?」
「現金で受け取る。誰かの冒険者カードに紐づける。私を誘ってみんなでこれから飲みに行く。という感じですけど」
「えっと、いくら」
「まずは、ボケは拾ってください。それから報酬は金貨十枚です」
「はいはい。私のカードに紐づけて!」
千里が元気になる。
「ちょっと待とうか、千里」
ローレルが待ったをかける。
「これは、全員に分けるべきじゃないか?」
「いえ、パーティのお金を管理している私にです」
レオナが参戦する。
「レオナに預けたら、レオナのいない時に買い食いできないじゃん」
「私がいたらさせません」
「私に第四の九人分を……」
ヨンの口がミーにふさがれる。
「もういいです。長すぎです。疲れました。レオナさんに任せましょうよ」
桃香がぐったりしてくる。
「では、私が」
レオナが受付嬢に向き合う。
「皆さんのカードに銀貨二十枚ずつ。それと残りを私にお願いします」
「れ、レオナちゃん!」
千里がレオナに抱き着く。
「無駄な買い物をしちゃだめですよ」
「うん。相談する」
「はい。いい子いい子」
それを聞いて、受付嬢がカードを操作する。
「それでは、皆さまの登録が終わりました。プラチナランクパーティクサナギゼットの皆さん、頑張ってください」
「「「おー!」」」
「よし、出発前にちょっと疲れたけど。クサナギゼットのスタートだ!」
「「「おー!」」」
一行は、モーリーの街を出た。
まず目指すのは、隣国であり、情報を持ってきたドレスデンの王都。
馬車二台は進んでいく。街道をまっすぐにドレスデンに向かって。
途中昼食をとり、森に入って素材を集め、食材を集め、訓練をして、移動中の馬車の中で昼寝して、夕食を食べて。訓練をして、魔力を全放出して爆睡し、朝起きて訓練して、朝ご飯を食べて出発する。
そんな日が何日も過ぎて、カイナーズの砦にたどり着く。
「はいはい。冒険者カードだね。お、全員プラチナランク? エルフ様もいるんだ。すごいパーティだね」
砦の兵士は千里達の冒険者カードをチェックする。
「これからドレスデンかい。平和条約を結んだとはいえ、国同士の話だし、愛国心のある冒険者もいるから気を付けるんだよ。まあ、そのランクならどんな冒険者が来ても、盗賊に襲われても大丈夫だろうけどね、あはははは」
そんなフラグみたいなこと、言わないで欲しい。千里はそう思う。
「このまままっすぐ行けばいいの?」
「そうだね。一日くらいでドレスデンの砦に着くかな。途中国境があるけど、目印も何もないから、わからないかもな」
「途中、街とか宿とかはないんだね」
「一日で着くからね」
「ありがとう。行くよ」
千里達は馬車を進める。
実は、千里達は、自分達の歩みが遅いことを理解している。
なぜなら、移動速度は普通の馬車と変わらないのに、道中でやたらと訓練を行うからだ。
とはいっても、体を動かさないと物足りないし、魔力を全放出して寝ないと寝た気がしない。
これは、千里と桃香だけでなく、ローレル達もヨン達もすでにそれになじんでしまっている。
かといって、馬車を捨てて走るわけにはいかない。
そういうわけで、砦と砦の中間地点、国境近くで野営となる。
さてさて、この国境というのがまた厄介である。
もし犯罪があった場合、どちらの国での対応となるか、両国が譲り合う。というより押し付け合う。
さらに言えば、冒険者ギルドですら、関わろうとしない。それは、魔物が出ても同じだ。
この日も千里達は訓練をして全魔力を放出してから眠っている。全員が熟睡である。
しかも、夕方には焼肉をして、スープを作って食事をして、いい匂いをばらまいている。
スープなんかは明日の朝も食べるからと、蓋をしてそのままだ。
「おいおい、犬が反応して歩き出すからってついて来てみればあれ、なんだよ」
「こんなところで野営とは珍しいな」
「というか、不用心な旅人だな。国境がどんな危ないところかわかっていない」
「まあ、そういうのがいるから俺らが飯を食っていけるんだろう?」
「それもそうだ。で、どうだ?」
「うーん。見張り、いないな」
「え? 本当にそんな不用心な旅人いるか? 見た感じ、馬車は高級。下手すりゃ貴族だろう。護衛の騎士がいるはずだ」
「そうだよな。あの馬車なら騎士がいると考えた方がいいな」
「どうする?」
「持っている物はもってそうだな。で、あの規模だと、おそらく騎士は数人。戻ってボスたちを連れてくるか」
男たちは集団に膨れ上がる。ざっと三十名。装備は誰もかれもがきれいにしているとはいいがたく、どこからどう見ても冒険者でも騎士でもない。
いわゆる盗賊だ。
「おい、あれか?」
「そうです、ボス」
「無防備すぎるだろう。罠だ」
「やっぱりそう思いますか」
「見張りの一人もいない。こんな国境のど真ん中でだ。もし罠でなかったら、どれだけ余裕をぶちかましているのか、というところだろう?」
「まあ、そうですよね」
「最悪、もう俺らは補足されているかもしれない」
「え?」
「お前達もわかっているだろう? 見張りも立てないで寝るわけがないだろう。ということは、どこかにいる」
「馬車の向こう側でしょうか」
「あほか。犬が反応したことからもこっちが風下なのは明らか。なら、魔物だろうと野生の動物だろうと、襲う気のあるものは絶対にこちら側だ。ということは、こっちに見張りがいないのはおかしい」
「ド素人という線は?」
「あの高級そうな馬車を見てそう言えるか?」
「ボス、それを言ったら、こんな冬が近づきつつある季節、魔物たちは食欲を増している。なのに無防備ってありえないですぜ。本当にド素人なんじゃないですか?」
「いや、いやな予感しかしない。帰るぞ」
「ボスが言うならそうなんでしょう。帰りましょう」
盗賊達が千里達の馬車に背を向ける。
が……。




