男爵家令嬢、クズに惚れる(千里と桃香)
「いつでもいいのですか?」
桃香がギルマスに確認を取る。
「いいぞ」
「もう一つ、一撃を入れればいいのですか?」
「入れられるものならな。入ったら入ったでその強さを判定してやる」
「わかりました。それでは行きます」
シュン!
ギルマスと一緒に来ていた受付嬢には、桃香が声だけを残して消えたように見えた。
そして、その次の瞬間には、桃香は、右の足の裏をギルマスの腹に蹴り込んだ。
ドゴーン!
ギルマスが吹っ飛び、訓練場の壁に背中からぶち当たる。
そして、ずるずるとギルマスはずり落ち、気を失った。
ほらやっぱり、と、千里達は皆が呆れてそれを見ている。
桃ちゃんは真面目だから。千里はさらにそう思う。
桃香にいたっては得意げだ。
「ぎ、ギルマス!」
受付嬢がギルマスのところまで走る。
ギルマスは気を失っているだけではなく、口からあらゆるものを吐いていた。血も含め。
「誰か! 誰か治癒魔法を!」
受付嬢がギルドの建物に向かって叫ぶ。
「レオナ」
千里がレオナに声をかける。
「私です?」
「うちの治癒魔導士でしょう」
「……わかりました」
レオナがギルマスに近づき、治癒魔法をかけた。
「ヒール」
何とかギルマスの呼吸が落ち着く。ただし、意識は戻らない。
「えっと。私達、どうしたら……」
千里が受付嬢に声をかける。
「今日のところはごめんなさい。ギルマスが起きるまで手続きが出来ません。明日来てもらえますか?」
「わかりました。そうします」
「あの、ギルマスに治癒魔法をかけてくださり、ありがとうございました」
「いえ、うちがやったことですので。ギルマスがやれって言ったんですけど」
そう、うちらは悪くないぞ、と、念を押して、千里達はギルドを後にした。
「お腹すいてきたな。レオナ、買い食いのお金頂戴」
千里がレオナにお願いをする。
「もうですか? まだお昼じゃないですよね」
「運動したらおなかが減ってきて」
「運動って、ギルマスと対戦したの桃香ですから」
「そうだけど。暇じゃん。暇だとお腹すくから」
「んもう。それじゃ、市場の方へ行きましょうか」
小さい町とはいえ、市場はそれなりににぎわっている。肉や野菜といった食材だったり、武器や魔道具、そして、食べ物。
「レオナ、焼き鳥」
「……」
レオナはちゃっかり自分の分も含めて十五本買ってくる。
「うーん、おいしい。この、朝ご飯でも昼ご飯でも晩御飯でもない時に食べるのがまたおいしいのよね」
「千里さん、同意します。後は太らないように運動ですね」
「訓練は毎日してるじゃん」
そう。旅に出てからもちゃんと毎日の訓練をしている。ヨン達第四騎士団も一緒に。
小腹が満たされた千里達は、いろいろと売っている物を見ながら歩く。
だが、さすがに真っ黒な団服を着こんだ十五人の集団がいれば、目立つものは目立つ。
「おい、そこの集団。何者だ」
千里と桃香がきょろきょろと見回す。
そのしぐさがわざとらしかったのか、声をかけた騎士が声を荒げる。騎士は十名ほどの兵士を連れている。
「貴様ら、馬鹿にしているのか? 何者だと聞いている」
やれやれとレオナが前に出る。千里と桃香は興味がなさそうだし、ローレル達はエルフなので、そこからの説明はめんどくさい。
「旅をしているのですが、冒険者登録をお願いしたところですから、冒険者になっていない冒険者、というところです」
「冒険者登録なんか、一日で終わるだろう。嘘をつくとは怪しい奴ら」
「嘘ではないです。ギルマスの都合で明日となりました」
「ギルマスの都合? ではスキップ申請か?」
「そうです。現状審査待ちです」
「わかった。身元がはっきりするならいい。悪かったな。呼び止めて」
そう言って、騎士は去って行った。
「何だったのかな」
「何でしょうね」
しばらく歩くと、
「千里、桃香、ちょっと、明日からの旅の食材や物資でも見てこようと思うのですが」
レオナが離れる許可をもらう。
「いいけど、一人で行く?」
「ヨン達を連れて行っていいなら助かりますが」
「そう。ヨン、お願いしていい」
「わかりました」
レオナが第四騎士団を連れて離れる。
またしばらく歩いたところで、千里が気づく。
「あ、レオナがいないとお金がないじゃん」
「本当ですね」
桃香も気づく。
「お金がないと気づくと途端におなかがすくのって、どうして?」
「それは千里だけだと思うぞ」
ローレルが意見を言う。
「そうかもだけど。きっと桃ちゃんもだよ」
「うーん」
桃香は首をかしげる。
「そこは同意して」
「ちょっとお昼には早いのですが、キザクラ商会へ戻りましょうか」
ルージュが提案してくる。
「そうだね、千里、そうしよう」
ローレルも同意する。
そこへ、先ほどの騎士がやってくる。
「あの、先ほどの皆さん」
さっきとは態度が違う。
「何?」
千里だ。おなかがすいてきたことを実感して少し不機嫌。
「えっと、少しお時間がありましたら、モーリー男爵邸でお茶かお食事でもいかがでしょうか」
「あの、どういう変わりよう?」
ローレルが迫る。
「皆さまはまだ冒険者ではない。それは理解しておりますが、その前に一つ依頼をしたく思っておりまして」
「それは、おやつもご飯も食べれて、お金までもらえるってこと?」
千里が食いつく。
「その通りです」
「行きます」
「千里、はしたないよ。ちょっと考えようよ」
ローレルが千里をなだめる。
「だって、男爵家のおやつとかご飯って気になるじゃん」
ついこの間まで王城でおやつやご飯を食べていた千里。
「確かに気になりはしますが。依頼の方が気になります」
桃香が冷静に返す。
「うー。そうよね。ねえ、何するの?」
「お食事をしながらでどうですか? お食事を取った後に、話を聞いていただき、その上で断っていただいても構いません」
「それって、こっちに都合がよすぎない?」
「いえ、話を聞いていただくだけでも」
「重たそうな依頼ね」
「ですので、聞いていただいたうえで断っていただいて構いません」
「まあいいわ。おやつにご飯。行きましょう」
千里が歩き出した。
男爵邸へ移動し、食堂で食事をいただく。そのうえでおやつまで食べる千里と桃香。
「おいしかったー。満足」
「本当ですね。おいしかったです」
千里と桃香が料理にお菓子に満足した。
そこへ、先ほどの騎士がやってくる。
「ご満足いただけたようでよかったです。お時間もあれですので、この場で依頼についてお話しさせていただいてよろしいでしょうか」
「さっきも確認したけど、重かったら断っていいのよね?」
「はい。構いません」
「じゃあ、どうぞ」
千里が話を促す。
「皆様のこと、先ほど冒険者ギルドへ行って確認をしてきました。ギルドマスターを一蹴したと。それでお願いがあります。このモーリー家御令嬢のコティ様に剣の指導をお願いできませんでしょうか」
「あの、私達、明日にはここを出るけど」
千里が答える。
桃香は剣を使っていない、文字通り一蹴だった。なのに剣の指導をと? と、ローレル達は思う。
「はい。この午後だけで構いません。午後の途中でおやつもお出しします」
この騎士、千里の扱いがわかって来たな、と、ローレルが顔をしかめる。
「その理由は?」
「はい。それが、ちょっと言いづらいのですが、お話しします。先日、隣国の国王がこの街に寄られました。カイナーズへ行く途中ですが。その時に、コティ様がその国王に一目ぼれなされ、告白を。もちろん、男爵家令嬢と国王とはつり合いが取れないことは理解しているのですが、その国王は、身分差ではなく、強さを理由に断られました。国王は、強い女性が好きだと」
「えっと、確認だけど、その国王って、クズのルディアス・ドレスデンで合ってる?」
「……!」
騎士は驚愕の表情を浮かべる。




