おなか空いた(千里と桃香)
王都を離れてしまった千里と桃香。
馬車二台で総勢十五名となった。
セーラ達と別れてしまったのは寂しかったが、そもそも、千里と桃香は二人で貴博達を探すつもりだった。
そういう意味では大所帯だ。
「ねえローレル」
千里が馬車の向かいに座るローレルに声をかける。
「何? 千里」
このメンバーで唯一千里と桃香にため口をきくローレル。セーラはもういない。いや、王都に行けばいる。
「おなかすいた」
「……」
「おなかすいた」
「二回も言わなくてもわかるわ。朝ご飯食べてこなかったの?」
「うん。朝一で二人で出ようと思っていたし」
「次の街に着く予定は夕方よ。それまで我慢できる」
「……」
「わけないわよね」
ローレルは背中越しに御者台に座っているレオナに聞く。
「ねえレオナ、お昼ご飯ってどうするつもり?」
「え? それはちさ、ローレルが考えていらっしゃるのかと」
レオナは、千里と言いかけてやめる。考えているはずがない。
「ちょっと止めて」
ローレルの指示にレオナは馬車を止める。
必然的に後ろからついてくる第四騎士団の馬車も止まる。
ローレルは馬車を降りて、後ろにいるヨン達第四騎士団の馬車へ行く。
「ヨン」
ヨンに呼びかけるローレル。
ヨンが馬車から顔を出す。
「どうなさいました、ローレル様」
ヨン達第四騎士団は、千里から敬語で話すようにしつけられている。だが、馬車から降りてこない。
ヨンは千里と桃香付という点でローレルと同格だと思っている。ローレルも気にしていないが。
「ヨン達は、お昼ご飯はどうするんだ?」
「えっと、それはちさ、ローレル様が考えていらっしゃるのかと」
ローレルはヨンのレオナと同じセリフを聞いて頭を抱える。
「ちなみに朝ご飯は?」
「朝ごはんを食べずに動き出すとかありえません」
「だよね」
ローレルは考えても答えが出ないので、相談することにする。
「千里、桃香、ちょっと来て。レオナも皆も」
馬車の横にみんなで集まる。
ローレルはちょっと気になることを聞く。
「千里、桃香、二人は人探しの旅に出た」
「「うん」」
「私達はそれについて来た」
ヨン達もレオナもみんなもうなずく。
「さて、先生、怒らないから正直に手を上げてね」
ローレル、いつ先生になった。という皆の心の突っ込み。
「それじゃ、お金を持っていない人。手を上げて」
全員が手を上げる。
「それじゃ、食べ物を持っていない人。手を上げて」
これも全員が手を上げる。
「どうしてよ!」
ローレルが声を上げる。
「だって、私達、いつもセーラに出してもらってたもん。お金もご飯も」
千里の発言にうなずいて同意する桃香。
「私達もだけど」
ローレル達も同意する。レオナは言わずもがな。
「ヨン、あなた達、店をやっていたわよね」
「店、閉じたじゃないですか。そもそも、情報収集と人間観察のための店だったんです。お金なんて儲けていませんって」
「まあいいわ。今の最重要課題はお金じゃないの。千里と桃香がおなかが空いたって」
「「……」」
千里と桃香が顔を赤らめる。ちょっと恥ずかしい。
「どうする?」
「「「……」」」
千里がふと、視線を動かす。馬に。
馬が殺気を感じて後ずさる。
「千里、馬はやめて。移動が大変になるから」
レオナがメイド服の襟元を広げて首を出し、千里に聞く。
「吸います?」
かぷっ!
レオナがよける間もなく、千里が食いつく。
「千里、冗談です。冗談ですって。乙女の柔肌に歯形がつくから。痛いですって。ヒーラーですけど、ヒーラーですけどやめてください。あん! なめないでください」
パシン!
ローレルが千里の後頭部をはたく。
千里がジト目をして真っ赤な顔をしたレオナを開放する。
「レオナ、そういう冗談はやめなさい」
ローレルがレオナをたしなめる。
「はい。ごめんなさい」
「ヨン、千里はこれくらいおなかが空いているの」
と、ローレルはヨンを見る。
しかし、ヨンは何の反応もしない。
ヨンどころか、第四騎士団全員が、顔を赤らめて固まっている。
「あんた達……そういえば、永遠の十五歳だったわね」
ち、あんな店をやってたくせに、パンツは白だとかめんどくさい。
ローレルは心の中で悪態をつく。
「そういうわけだから千里、ヨン達に性的刺激を与えるのはやめて」
「おなかすいた」
「それはわかったから」
はあ。
ため息をつくローレル。
「仕方ない。ヨン、あなた達、狩りは得意よね。ちょっと、魔物の一頭でも狩ってきなさい」
「森を駆けるのはエルフの方が得意なのではないです?」
バチバチと視線を合わせるヨンとローレル。
「いいわ、今は一刻を争うの。貴方達は、動かない木でも拾ってきて、火を起こしていなさい。ルージュ、フォンデ、行くわよ」
ローレル達は、時間が惜しいと近くの森に飛び込んでいった。
「みんな、木を集めて火をつけるよ」
ヨンも指示を出す。第四騎士団も森へと入って行った。
レオナはそっと自分の首に治癒魔法をかけた。
ちょっと冷静になった千里が桃香に聞く。
「お金、東の屋敷を出たときに持っていたわよね」
「ええ、買い食いもしましたし」
「どこやったっけ」
「王都の部屋に置きっぱなしかもしれません」
「あー。取りに帰るのもね」
「ですよね」
しばらく待っていると、ローレル達が帰ってくる。
「はあはあはあ、何とかホーンラビットを捕まえてきたわ。これからさばいて料理するからちょっと待ってて」
「ねえ、ローレル、味は?」
「そういうと思って、香草も摘んで来てる」
ローレル達は、手際よくホーンラビットをさばいていく。さすがは野生児。
そして、ヨン達が火をつけた枝や薪に鍋をかける。
水は魔法で出した。
肉と香草を一緒にゆでていく。今は千里と桃香の腹を満たせればそれでいい。
「はい、千里」
ローレルはホーンラビットの香草煮を千里と桃香に渡す。
「ありがとう、みんな」
「いただきます、みんな」
千里と桃香は、スープをすすって、肉をかじる。
「うーん。おいしい。すきっ腹にこのスープがいいわ」
「本当です。温まりますし」
「それはよかったです」
「さすが姫様とは言っても、野生で遊んでいただけのことはあるわよね……」
そう呟いた千里が思い出す。
「あ、醤油!」
シルフィードにあった。心の友、醤油。
だが、ないものはない。仕方ないかと、千里はあきらめた。
「ふー、おなか一杯」
「本当です。お肉いっぱい食べました」
「ありがとうね、ローレル、みんな」
「千里、問題は解決していないの」
「おなかいっぱいで考えられない」
「……」
固まるローレル。だが、ルージュがたしなめる。
「ローレル様、あきらめましょう。とりあえず進みませんか」
「そうだね。急いだって答えなんて出ないものね」
再び馬車に乗り込んで移動を開始する。
千里も桃香も朝が早かったこと、お腹が満たされたことから、眠ってしまった。
「さあ、どうするかねー」
ローレルは独り言ちる。




