一緒に「いきたい」(千里と桃香)
翌朝。
「よし、桃ちゃん、行こうか」
「はい。千里さん、ようやくですね」
「そうだね。ようやくセンセに会える。センセに会って、会ったら、最初にぶん殴ってやるんだから」
「……」
桃香はその理由を知っている。
千里は忘れられないでいる。
ずっとずっと悔やんでいる。
その時間を巻き戻す。それが千里の拳骨なのだろう。
「はい。行きましょう。プラチナランクの冒険者パーティでしたっけ。ドラゴン族を従えているんでしたっけ。強そうですね。千里さんの拳骨、当たるといいですね」
「ドラゴン族より強いのかな? それって、おりひめ義母さんやこはる義母さん並みなのかな?」
「はいはい。鍛えながら行きましょう」
「そうだね。それしかないね。よし、出発だ」
千里と桃香は部屋を飛び出す。
「キキ、ララ、これからもよろしくね」
「「キュイ」」
早朝のため、動き出している者も少ない。
良く晴れた秋空が広がっている。もうすぐ冬がやってくる。
およそ半年。育ったあの屋敷を飛び出してから、たくさんのことがありすぎだった。
千里と桃香は、城の正面玄関を出て庭を歩く。
城を振り返ったりしない。
前に進む。
行こう! センセがいる、アルカンドラ大陸へ。
城門を出る。
そこに、邪魔くさい馬車が止まっている。せっかくの門出なのに、まっすぐ歩けないのかと、千里は馬車をよけようとする。
「千里、何しているんですか。乗ってください」
「は?」
御者台を見ると、そこにはレオナがいた。
「レオナ、何をしているの?」
「あの、私、行くところないんですよ。どこぞの王子に捨てられたかわいそうなヒーラーですよ。それをひろってくださったのは千里と桃香じゃないですか。また捨てられるんですか? 私」
「えっと。私達、自分達の都合で人探しに……」
「昨日聞きました。酔っぱらいの千里からさんざん。いいですよね。思い人を探しに行くって。うらやましいです。だから、私も一緒に行って、いい人捜すんです。いざとなったら千里から奪う所存です」
「な、なにお?」
「あら、負けるのが怖いのですか? エルフ胸の千里様!」
「キー!」
それに反応したのは馬車の中の三人。
「ちょっと待て、レオナ。お前、我らをディスったな? でかきゃいいってもんじゃないんだぞ?」
「ロリ巨乳の桃香様、言ってやってください。この体の滑らかな曲線が女性の魅力だと、エルフのような直線のどこに魅力がと」
「私? 私も巻き込むのです?」
「桃ちゃん、そんな風に思っていたわけ?」
「そんなこと思ったことないです。千里さんもエルフの皆さんもかっこいいですよ」
「あ、一緒にしたってことは、思っているってことでしょ!」
「レオナさん、ちょっと勘弁してくださいよ。っていうか、なんでローレルさん達まで乗っているんですか」
桃香が一生懸命に話を変える。
千里もそれを気にする。
「ローレル達、何でレオナと一緒にいるの?」
「私達も千里と桃香について行くからだが?」
「えっと、ローレルはシルフィードの姫様だよね」
「それが?」
「国にいなくていいの?」
「あのな。我が国は最強だし、それに、エルフの寿命が何年あると思ってる。私達の代わりに国をつかさどれる者もいる。たかだかお前達の寿命くらい、付き合ってやれる」
「えっと、ありがとう?」
「何で疑問形?」
「ちょっと驚いて。ローレル、ルージュ、フォンデ、ありがとう」
「さあ、乗った乗った」
千里が馬車に乗ろうとすると、後ろから大きな馬車が突進してくる。
「えっと」
馬車からヨンが降りてくる。
「千里様。ドラゴン族を従えるような勇者を殴りに行くんですよね。そんな面白そうなことするのに、置いて行くの、なしですよ」
「ヨン達も来るの?」
「私達第四騎士団が誰に従っていると思ってるんですか。千里様、言いましたよね。第四騎士団をもらうって。第四騎士団は千里様と桃香様の騎士団です」
「あー」
そんなこと言ったっけ。と、千里は記憶をたどる。
言いました。と、桃香がつぶやく。
「というわけで、骨は拾わせていただきます」
「って、何しに来るの?」
「そんな勇者にかなうわけないですよね。ぼこぼこですよね。骨を拾う人、必要ですよね」
「ヨン、何か勘違いしているよね?」
「え?」
「私達は、その勇者と一緒に暮らすために行くのよ」
「殴るって?」
「それは過去を清算するため。それだけよ」
「そうなんですか。でも、そんな勇者にも興味あります。なにより、私達の興味は千里様と桃香様にあります。なのでついて行きます」
「そうして頂戴」
姫様のドレスを着たセーラが現れる。お付きのメイド、ミシル達を従えて。
「千里、桃香、改めてお礼を。お世話になりました。千里と桃香がもたらしたこの平和は、私達が必ず守り抜きます。そういう意味では、私達にとっての勇者は千里と桃香なのですよ」
うんうんと、ミシル達、ヨン達、そしてローレル達もうなずく。もちろんレオナも。
「私達は、ここで千里と桃香のおかえりを、いや、旅のために寄ってくれるだけでも構いません。来てくださるのを楽しみに待っています」
セーラは姫様然として丁寧に頭を下げる。ミシル達もそれに倣う。
「セーラ、やめてよ。頭を上げて。必ず来るから。セーラのしょぼしょぼ加減が治っているかどうかも確認しなきゃいけないしね」
「あ、しょぼしょぼってまだ言う! 二人のおかげで強くなったと思っていましたのに」
「そうだね。セーラは強くなったよ。だけど一言言っていい? 最初の一撃をおでこで受けるのやめなよ。ドン引きだから」
「んもう」
「あははは」
「「「あははははは」」」
「じゃあ、行くね。ありがとう、セーラ」
「はい。お気をつけて」
パシン!
レオナが馬を叩き、馬車を進める。
窓から千里と桃香が手を振る。
それを同じように手を振って見送るセーラ。
セーラに我慢の限界が来る。
涙があふれてくる。
でも、まだ笑ってなきゃ。
せめて、見えなくなるまで。
馬車が見えなくなった瞬間、セーラは崩れ落ちる。
「うわー、うわーん!」
人目を気にせず、大泣きをするセーラ。
「千里、桃香、行きたかった、一緒に行きたかったよ……一緒に生きたかったよ……」
セーラの涙が落ち着いてきたころ、ミシルが声をかける。
「セーラ様。必ず千里様と桃香様は来てくださいますよ。もうしょぼしょぼって言われないように、それまで頑張りましょう」
「……」
ミシルの励ましにも、セーラは答えない。
「それでは、早く後継ぎを作って、国政を任せてしまうって言うのはどうですか?」
「私、結婚しないもん。一緒にいたい人達、同性だもん」
「それでは王族の系譜が途絶えてしまいますが」
「!!!」
セーラがひらめく。
「そうだ。民主制にしよう!」
「は?」
メイド達が驚く。
「何を言っているんです?」
「民主制にすれば王族なんていらない。そうだ、そうしよう!」
「ちょっと待ってくださいー」
「そうと決まれば早速会議だ!」
「待ってくださいってー」




