ミリーのヴィーナス~ヘブンリー公爵領(優香と恵理子)
桃色の悲鳴が上がる。
「しー。真夜中だよ。静かに。そういうのじゃないから」
ミリーは、言われるがままにベッドに横になる。
「ミリー、胸の前で腕を組んで。目を閉じて」
優香は、その手に自分の手を重ねる。
「みんなも目を閉じて、祈って」
と、残りのメンバーに跪かせ、こっちを見せないようにする。
「ミリー」
優香は祈るように言う。
「神よ。心の傷はいやせずとも、体の傷をいやしたまえ、メガヒール」
ミリーを中心として光の柱が立ち上がり、そしてはじけ飛ぶ。光の粒子がミリーに集まり、ミリーが輝く。
「ミリー、目を開けて大丈夫だよ」
ミリーは、目を開け、自分の手を見る。
「傷がない。えっと」
「ミリー、顔の傷もないよ。それより、すごくきれいだよ」
ローデリカがミリーに抱き着く。
他のメンバーは目をランランと輝かせる。神の御業を直接見たわけではないが、目の前でその結果だけを見て、何が起こったかを察した。
ミリーは、涙を流し、そして、
「タカヒロ様!」
と言って、優香に抱き着こうとする、が、スカッとからぶる。
バタン
「あー、魔力切れね」
恵理子が寝てしまった優香をベッドに寝かす。
「じゃあ、次はだれにする? 私がやるわ」
恵理子が言う。が……
誰もが目配せをして、名乗りを揚げない。
「誰にするの?」
恵理子が青筋を立て始める。
すると、誰かが後ろからトリシャを押した。
恵理子の前につんのめりながら出るトリシャ。周りを見回し、
「お願いします、マオ様」
と言った。
「じゃあ、トリシャ、ベッドに寝て。私も横になるわ。多分、私もそのまま寝ちゃうから、何かがあったら起こして。それから、明日は朝一でこの街を出るから、必ず起こしてね」
恵理子は自分のベッドにトリシャを寝かせ、自分も横になり、手を握る。
「それじゃ行くわよ」
また皆が跪いて祈りをささげる。
「(えっと、なんだっけ。詠唱、めんどくさいなぁ。それに適当だし)神よ。心の傷はいやせずとも、体の傷をいやしたまえ、メガヒール」
優香が行ったのと同じように、トリシャが輝き、そして、きれいな髪、きれいな肌を取り戻す。
「ごめん、寝る」
と言って、恵理子は目を閉じた。
トリシャは、自分の手を見て、髪を見て、涙する。
タカヒロがよかったと。
いやいや、きれいな体を取り戻してくださり、マオ様、感謝いたします。と、寝ている恵理子の前に跪いて祈りをささげた。
そして、十二人は、自分たちの大部屋へと戻る。
オリティエがミリーとトリシャに言う。
「脱いで」
「「え?」」
「脱いで見せて」
「「え?」」
ミリーとトリシャは、自分の体を抱きしめて服を剥がされないようにガードする。
「あのね、あなた達のその髪、その肌、その美しさは、神様からの祝福なの。拝ませなさい」
「「「そうよそうよ」」」
と、それを後押しする声。
「あの、恥ずかしいんだけど」
「神様から頂いたものを恥ずかしいと?」
「「……」」
二人はしぶしぶと団服、それと中に着ていた服を脱ぎ始める。
そして、左腕で胸を、右手で両足の付け根の合間を隠し、うつむいて立つ。
「「「おおー」」」
十人は、まるで女神を見るように、両手を組んで祈り出す。
「あの、もう、いいかしら?」
「はずかしいです」
なかなか祈りをやめない十人。
「明日は私達じゃない誰かですよ」
そう、ミリーが言った瞬間、
「服を着ていいわ」
と、オリティエが言った。
「ねえ、今ならタカヒロ様の仮面を取れるのでは?」
アリーゼが言う。
「……」
全員が目を合わせる。だが、
「やめなさい。タカヒロ様、いや、勇者様、神様のご意向に背くことはしてはいけません」
ミリーが諫める。
「はい。ごめんなさい。その通りです。私達は、タカヒロ様とマオ様にお仕えする身。お二人のお心のままに」
アリーゼが祈りをささげると、ペアのナディアも同じようにした。
「さ、明日は早いわよ。お二人が朝一にと言われたのだから、そのようにしなければ。いつも通り、順番で見張りね。よろしく。そしておやすみなさい」
「「「おやすみなさい」」」
翌朝、まだ空も明るく前から、十四人は馬車と共に歩き出す。
通りを歩き、街の門へと。
十四人は歩き続ける。街道から離れ、街道と同じ方向へ。薬草を探しながら、魔物を討伐しながら、特訓をしながらゆっくりと。
二日、四日、六日。
時々、優香と恵理子が情報収集と食料確保のために、サテライト的な街に入る。
それ以外は、遠巻きに街を見るだけだ。
この間、メンバーは全員がメガヒールをかけてもらい終わり、皆、美しい姿を取り戻している。
そうすると、あきらめていたおしゃれに気遣う者も現れ始める。ポニーテールにする者、ツインテールにする者、編み込む者……。メンバーは全員、過去のつらいことは夢だったと忘れ、今に生きようとする。
さらに優香と恵理子は、寝る前にミリー達も、アリーゼ達と同様に魔力量を増やしていく。こうして、全員に剣術や体術の他、魔法も教えることとした。ある程度の専門性を持たせながら。
そうして、十二日ほど歩いたころ、大きな町にたどり着く。
「おそらく、ヘブンリー公爵領です」
「ここへはみんなで入ってみようか」
十四人は、街の門へと向かって歩き出した。
「十四人と馬車が二つ、と」
門の門兵がチェックを行う。
「全員がカッパー。新人さんかい。まあ、群れて戦力を上げるっていうのも正しいやり方だ。頑張れよ」
「ありがとうございます」
ごく普通に街に入ることが出来た。
「まずは、宿の確保かな」
「それは、お任せください」
ミリーが言う。
「えっと、迷子にならない?」
「お二人は、冒険者ギルドでも行ってきてください。そこでお待ちいただければ、私どももそこへ行きます」
「ありがとう」
二人は、メンバーと別れて冒険者ギルドへ向かう。
受付のお姉さんに向かい、
「旅の冒険者です。私はタカヒロ、こっちは妻のマオ。パーティ名はクサナギです。今日、この街にたどり着きました。いくつか依頼を受けるかもしれません。どうぞ、よろしくお願いいたします」
と、頭を下げる。
「ふーん。えっと、そっちの男の子? 仮面は取らないの?」
「あの、子供のころ怪我をして、仮面は取ることが出来ません」
「そうなの、まあいいわ。でもあまりカッパーが目立つと、いろいろ言ってくる先輩もいるから、気を付けてね」
「はい。ありがとうございます。ところで、この街のギルドで一番強い方のランクってどれくらいです?」
「えっと、なぜに? まあいいわ。この公爵領の最上級は、聞いて驚きなさい。プラチナBよ。プラチナBのグスタフ様よ。パーティ名は閃光の貴公子。その名の通り、かっこいいし、スピードを乗せた戦闘が得意なのよ」
「ちなみにパーティランクは?」
「閃光の貴公子の? ゴールドよ。グスタフ様が突出されているのよ。とはいえ、プラチナ二名、ゴールド三名の合わせて五人パーティよ」
「今はどちらに?」
「何でそんなことを気にするのかしら? カッパーランクが」
受付のお姉さんが少しイラっとし始めた。
「いえ、すみません。僕も強い人には憧れますので」
「そうでしょ?」
急に機嫌をよくする。が、すぐに黒い雰囲気をまとい、
「辺境の村で冒険者が二十人近く行方不明になった事件があったんで、それの調査に向かわれたわ。辺境よ。おかげでいつ帰ってくるか。あー、グスタフ様。早く帰って来ないかな」
「辺境の村?」
「そうよ。ここからずっとずっと西に行くと、大樹海があるの。その手前にある村ね。確か、一番強いパーティがゴールドだったんだけど、そのパーティを含む二十人くらいがいなくなったって」
「へー。そうなんですね。こわいですね」
「そうよ。カッパーはおとなしくしていなさい。危険に近づかないように」
「はい。ありがとうございます。ところで、連れが来るまで、待たせてもらっていいですか?」
「いいわよ。その辺に座っていなさい」




