パイタンの畑づくり(優香と恵理子)
冒険者ギルド。
昼過ぎは、冒険者が出払っているせいで受付嬢は暇そうにしている。
「あのー」
「は、はいはい。えっと、見ない顔ですね。仮面で見えませんが」
「あ、旅をしている冒険者パーティです。お願いがあってきました」
「はいはい。何でしょうか」
「一つ目は貼り紙をさせてもらいたいのですが」
「えっと、一か月銀貨一枚、一年間で十枚となります」
「それでは、お願いします」
優香は銀貨十枚を出す。
それを見て、リーシャが紙を貼りに行く。
「二つ目は何ですか?」
「二つ目は、この子の冒険者登録を」
優香はパイタンの背中を押す。
「……その子、絶対十二歳になってないわよね」
「いえ、十二歳です」
この世界に戸籍はない。なので、言い張ったもの勝ちだということは、マティの時にもエヴァの時にも学んだ。
しかし、当然ながら受付嬢は、疑いの目を向けてくる。
「お嬢ちゃん、年はいくつかな」
「わかんない」
「ほら、年がわからないくらい小さいじゃないですか」
受付嬢は優香に抗議の声を上げる。
「ううん、いっぱいすぎてわかんない」
パイタンは、受付嬢に補足して答える。
「……」
どゆこと? という疑問の表情を優香に向ける受付嬢。
優香は仮面の下で苦笑いをする。
優香が答えないので、受付嬢は恵理子に視線を向ける。
「私達もわからないの。この子、一人でいたから。だからあんまり成長しなかったのかもね」
あはははは、と、優香は笑ってごまかす。
「さっき、十二歳って言った」
受付嬢が優香の言葉を確認する。
「見た目、十二歳以下じゃないですか。だから、十二歳ってしとけばいいかなって。本人も含めて誰もわからないんだから。でも、十二歳以上っていうのは確かだから」
パイタンは高位精霊である。生きている時間は何百年、もしかしたら千年単位である。
「うーん」
と、うなりながらも、受付嬢は紙を差し出してくる。
それに優香が記入していく。
「あの、職業は?」
職業欄を飛ばした優香に受付嬢が聞く。
「え? 冒険者じゃなくて?」
「剣士とか斥候とか、弓使いとか、魔導士とか」
「魔導士です」
「……そんなに小さいのに?」
「だから十二歳以上だと」
「魔導士だと、シルバーくらいからかしら」
「できればもっと上で」
「そうなると、ギルマス案件ですが」
「じゃ、それで」
「……本当に?」
「本当に」
受付嬢は、しぶしぶ二階へと上がっていく。
二階から受付嬢と一緒に降りてくるおじさん。ごついガタイにスキンヘッド。
「おまえらが無茶を言っているガキどもか?」
「無茶かどうかわかりませんが、実力を見てもらいたいと」
「で、どの子?」
「この子です」
優香はパイタンの肩に手を置く。
「どうしても?」
「僕らのパーティ、プラチナなんですが、なるべく下げたくないんですよね」
「まあ、その気持ちはわかるけどな? だけど、制度は制度だからよ」
「というわけで、実力を見てください」
「はあ、裏の訓練場に来な」
ギルマスと受付嬢は、裏へと歩いて行く。
それに優香達もついて行く。
訓練場に出ると、ギルマスが確認してくる。
「ちなみに、ここにいる他のメンバーは?」
「全員プラチナです」
「まさかと思うが?」
「全員Aです」
「……そのお前達から見て、この子はプラチナだと?」
「そうです」
パイタンが高位精霊だなんて、大ヘビになるなんてここでは言えない。
「まあいい。魔導士だったな。俺を驚かせて見せろ」
「え?」
「俺は剣士なんだよ。対決するわけにはいかないだろう?」
「そうですね」
優香が答え、恵理子がパイタンに聞く。
「パイタン、できる?」
その様子を見て、ギルマスが声を上げる。
「おいおい、やっぱり子供じゃないか」
「いえ、十二歳だから」
優香が押し切る。
「何したらいい?」
パイタンが恵理子に聞く。
「うーん。魔法で驚かすか。そうだね、ごにょごにょごにょ」
「わかった」
「ギルマスさーん、ちょっとよけていてもらえます?」
恵理子がギルマスと受付嬢に声をかける。
二人は、訓練場の隅っこへ移動する。
「パイタン、いいよ」
「うん」
パイタンは地面に手をつく。ギルドの訓練場は横三十メートル、縦五十メートルの四角。
手をついたパイタンが魔法を発動させる。得意なのは土魔法。
パイタンの手の前から、短辺に平行に、一メートル間隔で土ぼこが出来る。次にその土ぼこが長辺方向へ、モグラが進むかのように土を盛り上げながら進んでいく。
ぼこぼこぼこ……
土ぼこは、反対側の壁まで進んで止まった。
「はい」
パイタンが地面から手を放して立ち上がる。
「「……」」
ギルマスも受付嬢もその光景を見て、固まっている。
仕方がないので、恵理子が事の説明する。
「ギルマス、パイタンが畝を作ってくれました。畑の完成です」
その言葉に動き出す二人。
「す、すごいですね。ギルドの裏に畑が出来ましたよ」
「そ、そうだな。何を植えようか。なす、トマト、ピーマン……」
「私、ピーマン嫌いです」
「根野菜もいいな。人参か? って、違うわ! 何してくれるんだ。訓練場が畑になっちゃったじゃないか」
「あれ、びっくりさせたらいいって言っていたけど、驚きませんでした?」
「驚いたわ。確かに驚いた。だけどな。ギルマス会議でなんて言えばいい? 訓練場で野菜を育てていますー。なんて、言えるわけないだろう。ギルマス権限は一応の報告義務があるんだ」
ギルマスは、ふぅ、とため息をついていう。
「なんて言っても仕方ないな。俺がびっくりさせろって言ったからだな。すまん。びっくりした。プラチナでいい。後は頼む」
そう言って、ギルマスは部屋へと戻って行った。
優香達も受付嬢と一緒にギルドの受付に戻る。
「えっと、プラチナランクを用意します。それで、パーティ名を聞くのを忘れてました」
「クサナギです」
「え?」
「クサナギ」
「あの、もしかして、ドラゴン族を従えし、の?」
「……はい。一応。従えているわけじゃないんですが」
「従っているぞ」
と言うネフェリの訂正は聞かなかったことにする。
「はい、冒険者パーティクサナギのプラチナランク冒険者パイタン様。ご活躍を期待しています」
受付嬢は冒険者カードをパイタンに渡す。それをパイタンは受け取り、メイド服にしまった。
「ありがとうございました」
優香達はお礼を言ってギルドを後にしようとする。
「あ、あの」
受付嬢が声をかけてくる。
「なんでしょう」
「依頼を受けたりとかは」
「僕ら、常設依頼専門なんです。後で、メンバーが素材を売りに来ると思いますので、お願いします」
「は、はい。承知しました」
受付嬢は、ちょっと寂しそうな顔をしたが、優香達は気づくことなくギルドを後にした。




