メイド服は走るためのものではない(優香と恵理子)
「あの、訓練とは」
「まあ、あの走っている子達を見てて」
ロージアとアゼリアの二人は、ものすごい勢いで走っているクサナギのメンバー達を見る。
あんなスピードで走り続けて息が荒がらないのかと思っていると、走っている一人が魔法を使った。
「「あ!」」
「気づいた?」
また一人、また一人と魔法を使う。
「はい。走りながら、体力回復の魔法をかけています」
さらに一人、また一人と、自分自身に魔法をかけている。
「あの、マオ様、もしかしたら、あの走っている人達、全員が治癒魔導士ですか?」
「ふふふ、攻撃をする魔導士と治癒魔導士の区分けがよくわからないけどね。始めはね、あの子達全員に同じように教えていたの。だからあれくらいはみんな使えるわ。でも結局、役割分担が出来てきちゃった。今、普通の治癒魔導士を目指しているのはエヴァだけかな」
「普通の?」
「ええ、マロリーとルーリーは、戦う治癒魔導士を目指しているから」
恵理子は笑う。
結局、エヴァもそうなるだろうと思いながら。
ちなみに、エヴァは攻撃魔法も得意だ。自身に自覚がないが。
「戦う治癒魔導士?」
「私の戦闘訓練を見ていたんじゃないの? 吹き飛ばされてかっこ悪いところを見せちゃったけど」
「「……」」
「そ、そこですよ。聖女様が何で戦っているんですか」
ロージアは思い出す。そう言えば、マオはお玉を使って戦っていた。
「治癒魔導士も戦闘職も同じよ。誰かを助けるため、守るため。その手段がいろいろなのよ」
まさか、あの訓練を私達も……
と、ロージアが冷や汗をかいていると。
「あなた達は、魔法を使うための基礎訓練だけよ。心配しないで」
そうしたら、と、恵理子は走っているメンバーを見る。
「おーい、ヴェルダにメリッサ。ちょっと来てー」
「「はーい」」
ヴェルダとメリッサがやってくる。
「マオ様、いかがされました?」
「ちょっとそこに立っていて」
恵理子は、ロージアとアゼリアに指示をだす。
「この二人に体力回復の魔法を」
「「はい」」
ロージアとアゼリアの二人は、手のひらをそれぞれ、ヴェルダとメリッサの胸元へと伸ばし、目を閉じて詠唱する。
「「ヒール!」」
シーン……
何もおこらない。
「えっと、ヒール!」
「ヒール!」
何度やっても同じだ。
「二人とも全力で」
「「ヒール!」」
回復魔法が発動しない。
「なぜです!?」
「ヴェルダ、メリッサ、ありがとう。いいわ、戻って」
「「はーい」」
ヴェルダとメリッサは走る輪に戻って行った。
「えっと、なぜです? なぜ体力回復の魔法が効かなかったのです?」
もう一度ロージアが聞く。アザリアもうなずいている。
「私からも聞いていい?」
恵理子が二人に問いかける。
「私、全力で、って言ったわよね。なぜ、あなた達は倒れていないのかしら?」
「えっと、どういうことです?」
「ロージア、あなた昨日、魔力を使いすぎて治癒魔法をかけられなくなっていたわよね?」
「はい」
「あれ以上治癒魔法を使ったら?」
「倒れていました……え?」
「そう。全魔力を使って治癒魔法を使っていたら、あなた達は倒れていた。だけど、今は倒れていない。つまり、全魔力を使った治癒魔法を使えていない。それから、もう一つ。ヴェルダとメリッサに体力回復の魔法がかからなかったのは、貴方達が一度に使える魔力量より、ヴェルダとメリッサの方が魔力量が多いから。つまり、貴方達は、持っている魔力量は多くても、見た目の魔力量が小さい。全魔力を使った魔法を使えなかったのがいい証拠。これは、自分の持つ魔力をうまくコントロールできていないから」
「「……」」
「さあ、何をするかわかったかしら? わかったのなら、朝食後から参加しなさい。ちゃんと走りやすい恰好でね」
「「……はい」」
訓練場から出る二人。
「ロージア様、まさかの体育会系とは思いませんでした」
「私もよ。あれ、自分自身を使った治癒魔法の実習よね」
「……」
「魔力が尽きるまで走れという」
「あの、それから、走りやすい恰好って。あの人達、メイド服でしたけど。走りやすいのですか?」
「着たことがないからわからないけど、足は出ているし走りやすいのかしら。もしかして、メイドのみんなは、私達の見ていないところで走って仕事をしているのかしら」
この後、城のメイド達が冷や汗をかく。そこまで忙しくしてはいないと。ちゃんといい待遇で働かせてもらっていると。そう、力説した。
さらには、メイド服は決して走るためのものではないと。
朝食後、訓練場に戻った二人を見て恵理子は言った。
「何でメイド服なの? この国には女性騎士とかいないの? そんなに胸を強調したいの?」
と。
昼過ぎ、自由時間とする。
一昨日は、夜中に街へ入ってしまい、昨日は一日王宮の中にいたため、街中の様子を見ることができていない。
ミリー達はキザクラ商会や市場方面へ。優香達は冒険者ギルドやキザクラ商会へ向かう。
キザクラ商会は、女性なら寄らずにはいられない。
ソフィローズはそれなりの値段だが、実用性も高い。
街中は、石畳に白い壁が基本となっていて、南国風と言えば南国風だが、白い壁がちょっと目にまぶしい。
イングラシア教徒が多いためか、白い服を着ている人が多い。暖かい気候のせいか、皆、それなりに薄着だ。
黒く、スカートの膨らんだメイド服を着てぞろぞろと歩くミリー達は、それなりに目立つ。
しかし、その品性、ふるまいの良さから、お偉い貴族の屋敷に努めているメイド、という想像を街ゆく人、商店の人にさせていく。
挙句の果てに、何のためらいもなくキザクラ商会へ入り、服を物色する。まさかのメイドが。
街の人達は気づく。そういえば、昨日、聖女が演説をしていた中に出てきた国。カヴァデール王国。その女王が来ていると。そのメイドだとあたりをつける。まさか、女王自らがメイド服を着て街を歩き回っているとは誰も思わない。
ミリーを始め、前の方を歩く全員が美しい容姿をしている。
街の人達は、男女問わず、目を奪われる。後ろの方を歩く未成年組ですら立ち振る舞いは美しい。
アリーゼやナディアは、屋台の串焼きを気づかれないように眺めているが。
港まで来ると、大きな船が並んでいるのが見えてくる。港には、広い市場が作られていて、多くの人でにぎわいを見せている。雰囲気はどことなく、フィッシャー子爵領に似ている。港町はどこもこんな感じなのだろうか。
「それじゃ、市場調査です。皆さん、お願いします」
「「「はい」」」
ミリーの合図でメイド達が街の中へと分散していった。




