己の信念に基づき剣を振れ!(優香と恵理子)
王宮前の広場を取り囲んでいた騎士、兵士達が出てくる。その数、数百。さらに城壁上や高い位置には、弓を持ったたくさんの兵士が並んでいる。
優香が教皇に声をかける。
「話を聞いてくれる気は?」
「悪魔に貸す耳はもっていない」
やはり黙っていられないのがロージア。
「教皇様、話を聞いてください。お願いです。争ってはいけません。戦ってはいけません。傷ついてはいけません。話し合いを、話を聞いてください。お願いします」
「黙れ、悪魔め。お前達、やれ!」
教皇はロージアの言うことなど聞く気がないかのように騎士達に命じる。それにより教皇について来ていた騎士達が剣を抜く。
これに対して、リーシャとブリジットが剣を抜き、ネフェリとリピーが指の関節を鳴らし始める。
「ああ、ダメです。身内同士で剣を交えては。お願い、やめて」
「何を言っている。お前が現れなければ、こんなことにはならんかったわ。お前のせいではないか。お前が、ドラゴンにさらわれ、死んで、悪魔にその身を支配され、ここに戻って来たからだろう。お前の責任だぞ。悪魔でなく、人の心が少しでも残っているのであれば、自害してみせよ」
教皇は、ロージアの前にナイフを投げつける。
それをロージアが拾い、握りしめる。
「争いをやめていただけますか」
「ああ、お前が死ねば、後はそこの悪魔達を倒すだけだ。そうなれば、身内同士での争いにはならん」
ロージアは、自身ののどにナイフを向ける。
その腕をつかんだのは、優香。
「おい、教皇と言ったな。ロージアが死んだら国王も聖女もいなくなるだろう。この国として困るんじゃないのか?」
「何を言っている。聖女の代わりなど、いくらでもいるのだ。もうすでに、次の聖女は決まっている。だから、死んでもらって構わん」
「それは、誰です?」
ロージアが聞く。
「死にゆくお前には関係ないだろう、と、言いたいところだが、冥途の土産に教えてやる。アザリアだよ。私の娘のな。これで、名実ともに、私がこの国の実権を握ることが出来るのだ」
「そんなことを、ここで公言していいのか?」
優香が聞く。
「教会騎士団はもともと私の配下。なんの問題もない」
そう言って教皇は笑う。
「そうですか。それでは私が死ねばすべてが収まるということですね」
ロージアが覚悟を決めてナイフを再び強く握りしめる。
「そう言うことだ」
「ということらしいです。タカヒロ様、この手を放していただけませんか?」
「いや、放さない。言っただろう。僕は、君が聖女であり、この国の女王でなければ困るんだ。それに、君が死んだところで、僕らが攻撃されることには変わりはない。君は聖女であり続けるべきだ。僕には君が必要なんだ」
「なぜ、そこまで」
「ロージア、僕は君を信じているからだ」
ロージアはほほを染め、ナイフを握っていたこぶしを緩めた。
「エヴァ、姫様隊でロージアを守れ!」
「「「はい!」」」
エヴァがロージアを連れて下がる。
そして、優香は最大限大きな声を上げる。
「シーブレイズ全騎士団、全兵士に告ぐ! 己の信念に基づき、剣を振れ! 覚悟をしろ!」
「「「「おー!」」」」
なぜか、優香の掛け声で両軍の騎士、兵士が雄たけびを上げる。
そして、教皇側の騎士団長が開戦の声を上げる。
「全弓隊、撃てー!」
「アクア、魔法少女隊、迎撃!」
アクアが、魔法少女隊がアイスバレットを撃ちこんで、全方位から飛んでくる弓矢を迎撃する。もちろん、全部を迎撃することはできない。
そして、両軍騎士団長が声を上げる。
「「全騎士団、突撃!」」
「「うぉー!」」
カンカン、ガキン、ドゴン!
様々な武器がぶつかる音がする。
「あ、あぁ」
姫様隊に守られたロージアが声を漏らす。騎士が、兵士が傷ついて行く。味方同士で傷をつけていく。止められなかった。止めることが出来なかった。
ロージアは、手で顔を隠して泣く。それに対して、エヴァが説く。
「ロージア、見よう。ロージアは聖女だけど、この国の女王でしょ。ロージアのために戦っている騎士を、自分の信念に従って国を守るために戦っているロージアの騎士を。見ていてあげよう」
「私は、戦ってほしくなかった。争ってほしくなかった。傷ついてほしくなかった。こんなのは求めていない」
「それでも、彼らの頑張りを見守るのはあなたの仕事だ」
「それで、教皇、僕らはどうするのかな?」
「こっちは圧倒的戦力だ。おとなしく見ていたらどうだ? すぐに殺してやるからな、悪魔よ」
「見ているのも飽きてきたんだよね。参戦していい?」
「それならそれで、早くことが終わるだけのこと」
教皇は、取り巻きの騎士団に目配せをする。
優香は声を上げる。
「全員、柄、もしくはメイス装備! 向かってくる騎士、兵士を戦闘不能にしろ。タロとジロ、ヨーゼフとラッシーも出せ。ヴェルダとメリッサは、ヨーゼフとラッシーに乗って、城壁の上を駆けて来て」
「「はい!」」
「こっちの準備もできたよ。いい。行くよ、教皇!」
優香が確認を取る。
「お前達、やれ」
騎士達が玄関から走り、剣を振りかざしてくる。
「一瞬で終わらせるよ」
その一言に、リーシャが、ブリジットが、恵理子が騎士達に向かってメイスを振り切る。ネフェリとリピーが騎士達に上段蹴りを叩き込む。
そして、優香が、
「一瞬で終わらせるって、言ったよね」
そう言って、教皇の腹にこぶしを叩き込んだ。
「ゴフッ、グハッ」
教皇は、ゴロゴロと王宮の中へと転がっていき、口から何もかも、血すら含んで吐き出して、動かなくなった。
優香は、転がっている教皇の襟首をつかみ、再び王宮の外へと出てくる。そして、声を張り上げる。
「戦闘をやめろ! 教皇は打ち取った。教皇こそ悪魔に精神をむしばまれていた。自分の娘を聖女に、女王にして、この国を乗っ取ろうとした。今、その教皇は倒れた。これは、神の思し召しである。聖女ロージアが神の祝福を得ていることの証明だ。ロージアこそ、聖女だ!」
我ながら適当なことを言っているな、と、仮面の下のほほを少し染める優香。
しかし、戦闘で興奮状態にあった騎士、兵士達は違う。
「「「おー!」」」
と剣をさやに収め、こぶしを上げる。
恵理子は思った。ちょろいな。と。
戦闘が終わったのを見て、ロージアが飛び出した。王宮に向かって。
そして、優香の方へ向かって走る。
ロージアは、優香に襟首をつままれ、気を失っている教皇を優香から奪い取ると、床に寝かせる。
「教皇様、教皇様、今、治しますから」
ロージアは、教皇の腹に手を当て、治癒魔法を唱える。
「ヒール!」
ロージアの手が当たっている教皇の腹が薄緑色に光る。しかし、教皇の意識は戻らない。
「ヒール!」
ロージアはもう一度治癒魔法を唱える。まだ、意識は戻らない。
「もう一度、ヒール!」
ロージアは涙を浮かべながら治癒魔法を唱える。
「教皇様、お願い、治って」
ロージアの魔力が欠乏する。意識が薄れる。そんな中、ロージアの頭に過去の記憶が流れる。
孤児院から教皇に拾ってもらったこと、治癒魔法の才能があるとわかって喜んでもらったこと、聖女に、女王に推薦してもらったこと。共にこの国の将来を笑いながら話したこと。いつからこうなってしまったのか。教皇様。
「ヒール!」
四度目を唱える。
すると、教皇が目を開ける。だが、その目がとらえたのがロージアだと認識すると、教皇の目が釣りあがる。そして、瞳孔が赤く光る。




