悪魔? それとも聖女?(優香と恵理子)
「このままでは危ない。イングラシア教が大陸全土で戦争を起こしかねない。特に、人間以外の人族に対して。一刻も早く聖女様を見つけねば」
若くして枢機卿となったノアは、王国騎士団の一部隊を連れて馬車を急がせる。そして、王都の隣街へとやって来た。
「ノア様、前から悪魔の従者が!」
騎士が馬車を止め、剣を抜いて身構える。
正面からやってくる悪魔の従者が引く馬車も止まる。
「この馬車は、カヴァデール王国女王の馬車である。剣をおろしてもらおう」
リーシャが馬車の前に出て宣言する。当の女王は、馬車の横で、すでに後衛として戦闘準備をしている。全く女王としての扱いではない。
「カヴァデール王国女王だと? 悪魔の間違いではないのか? 悪魔の従者を引き連れているじゃないか。それとも、カヴァデール王国が悪魔の国なのか? いやいや、なぜ、こんなところに悪魔がいる。しかも聖女様の消息不明と関係があるのか? まさか、貴様らが聖女様を!」
「えっと、悪魔じゃないけど、間違ってないから訂正しないね」
リーシャが認める。それはそうだ。聖女を連れ去ったのは、クサナギ一行だ。悪魔ではないが。
「貴様ら、聖女様を殺したというのは本当か!」
「えっと」
リーシャは馬車を振り返る。すると、馬車から降りてくるロージア。
「剣をおろしなさい」
「せ、聖女様?」
騎士達が、剣をおろして膝をつく。
騎士達の後ろからノアが現れて確認する。
「聖女様、聖女様ですよね」
ノアは視線を少し下げる。
「……お前もそれか! 服装で気づけ!」
聖女の言葉遣いが悪くなっていることに驚くノア。
「まさか、やっぱり偽物? 教皇様が言われたように、聖女様はやっぱり殺されてしまったのか、この悪魔達に!」
騎士達が立ち上がって再び剣を抜く。
「そうだ。聖女様は、そんな言葉づかいをしない! たとえ体が本物であっても、精神を悪魔に乗っ取られているのに違いない!」
リーシャは御者台に乗っている優香に目配せをする。しかし、優香は両の手のひらを上に向けて首を振るだけだ。どうやって聖女を信用してもらえるか、そんなことはわからない。
「私は聖女です。聖女ロージアです。私は生きています。一体何が起こっているのですか?」
ロージアは、言葉遣いを丁寧にしてみる。
「あなたは、本当に聖女様なのですか? 精神も乗っ取られていないのですか?」
ノアも騎士達も、ロージアの顔から視線を下げる。
「それはもういい! わかったわよ、今まで私が何で判断されていたか。もう怒った。聖女なんて、聖女なんてやめてやる!」
「あ、悪魔が逆切れしたぞ、やっぱり悪魔だ! 聖女様は亡くなられ、悪魔に体を乗っ取られていたのだ!」
「お前達、こいつらをやってしまえ!」
ロージアは、ノアに指を突きつけ、優香たちに命じる。
対して、ノアも騎士団も剣を持ち身構える。
「「「……」」」
しかし、優香たちは誰も動かない。
「えっと、あの、勇者様? 聖女様? あれ、どうして?」
「ねえロージア。僕ら、シーブレイズで冬の間をのんびり暮らしたいだけなんだよね。そういうの、勝手にやってくれる?」
優香が答える。
「あの、ノリじゃないの? こういうの。ノリでちょっと脅してくれるだけでも」
「そういうの、しないの」
その様子を見て、ノアが指示を出す。
「お前達、悪魔達をひっとらえろ」
「あ、あいつ、「達」って言った。それに、悪魔じゃないし」
リーシャが確認を取る。
「やれやれ」
優香がため息をつく。
「みんな、ひっとらえられない程度に反撃。よろしく」
「「「はい!」」」
「一番槍は私なのです。槍じゃなくて、柄だけど」
ガイン!
騎士がリーシャの柄で殴られ吹き飛ばされる。
「その偉そうなやつは捕まえてね」
「承知しました」
ブリジットが鞭を取り出す。
ミリー隊もオリティエ隊も姫様隊もリーシャに習って柄を取り出す。
ネフェリとリピーは相変わらず、ゲインゲインと騎士を蹴り飛ばして行く。
騎士達は、あちこちに吹っ飛ばされて、行動不能になっていく。
あっという間に騎士達は沈黙し、そして、ブリジットがノアを鞭でぐるぐる巻きにして連れてくる。
「ノア・グローリー枢機卿ですね」
「はい。貴方は本物の聖女様なのですか?」
「そうです。私を連れ去ったドラゴンは、このカヴァデール王国の一行の一人です」
「え? カヴァデール王国はドラゴンを従えているのですか?」
「いえ、違います。カヴァデール王国の王配殿下に従っているのです」
「またややこしいことを」
なぜ、女王ではなく王配なのか。ノアにはわからない。
「私は、友好の証として、カヴァデール王国女王様方に、この冬の間、王宮で過ごしてもらうため、ここまで同行してきました。それで、しばらく連絡が取れなかっただけなのです」
ロージアは、ため息を一つつき、続ける。
「ですが、もういいのです。ブリジット“様”、枢機卿“様”を放していただけませんか。もう、聖女ロージアは死んだのです。私はもう聖女ではありません。ただの小娘です。身寄りももともとありません。もう、どうでもいいのです」
ロージアは、両の手のひらで顔を覆い、しゃがみこんで泣き出した。
御者台では、恵理子が優香の脇をつんつんつつく。何とかしろと言っているのだ。
仕方ないと、優香は馬車から降りて、ロージアの横まで歩く。そして、ロージアの肩に手を当てる。
「ロージア。それはダメだ。ロージアは聖女なんだ。聖女はロージアでなくてはいけない。いい? 間違いは正さないといけない。僕は君を信じる。ロージア、君こそ聖女だ。行こう、王都へ」
優香は、王都の方向に指と視線を向ける。
ロージアは顔を上げて、仮面をつけた優香の横顔を見つめる。
私は聖女でいいのか? 聖女は私がやらないといけないのか? いや、私がやるんだ。それを望んでくれている人がいる。応援してくれている人がいる。タカヒロ“様”がいる!
「はい! 行きましょう王都へ! 私は聖女です。私は生きています。堂々と帰還しましょう。そして、名乗りを上げます。私は聖女ですと!」
頬を薄く染めたロージアはころりと態度を変えて力強く宣言した。
「ノア・グローリー枢機卿、王都へ帰りましょう。私達には勇者様がついています!」
「勇者様?」
「はい。このお方が勇者様、勇者タカヒロ様です!」
ノアは、再び疑問がわく。一国の女王でもある聖女が勇者に様付け。しかも、この一行は、カヴァデール王国女王の一行ではなかったか。これでは、勇者一行ではないか。しかし、今はそんなことを聞いている場合ではない。
「聖女様、承知いたしました。このノア・グローリー、聖女様と共に、王都へ帰還いたします」
「それではノア、騎士達を集めなさい。私が治癒と体力回復の魔法をかけます」
「ははっ」
ノアは、とりあえず、騎士を一人運んでくる。その騎士にロージアが治癒魔法をかけると、その騎士がノアと一緒に次の騎士を運んでくる。こうして、全騎士が集められ、ロージアにより治癒魔法がかけられた。
優香と恵理子は手伝うこともせず、ロージアの聖女としての行動をただ見守った。
ノアと全騎士がロージアの下、跪く。
「聖女様、治癒魔法をかけてくださり、ありがとうございました。ここから先、私どもが聖女様をお守りします。どうぞ、馬車へ」
「いえ、私、あっちに乗るから」
ロージアは、クサナギの馬車を指さす。
「「「え?」」」




