シーブレイズ王国入国審査(優香と恵理子)
「アクア、あれ、あのボスシチメンチョウ、何か違ったような気がしたけど」
優香がアクアに気になったことを聞く。
「うん。あのシチメンチョウは、あと何百年か何千年かかるかわからないけど、精霊化するかもしれない」
「なんか他のシチメンチョウとちがうよね。姿かたちだけじゃなくって。でも、あのまま何百年も何千年も生きるの?」
「さあ、でもパイタンがそうだったように、生きるんだと思う」
「アクアは?」
「私は水だから」
「そっか。パイタンはさ、高位精霊でしょう。ということは、ヘビから低位精霊になって、中位精霊になって、それからだよね?」
「おそらくですが、ヘビとして何年も何年も生きて、それが土に返ってその土からまた何年も経って低位精霊になって。だから、パイタンがどれくらい生きたヘビなのか、いつ土になってどれくらいいたのか、いつ精霊になったのかは全くわからないのです。本人も記憶なんて残っていないんじゃないかと」
「ふーん。精霊になるのも大変だ」
優香もパイタンをなでなでした。
そこからは、何事もなく旅が進む。ずっと川沿いのため、街道の状態も悪くはない。時々、旅の人や商人とすれ違うが、その時に、優香達の馬車が大きすぎて、やり過ごすのに苦労するくらいだ。
タロとジロが馬車を引いていることについては、すれ違う人達は気にしないようにしているようだ。まあ、警護と担当するメンバーがヨーゼフとラッシーに乗り、タロとジロの先を歩き、先に状況説明をしているのと、タロとジロの上には、人の姿をしたネフェリとリピーがいるのだから、無害だと判断するのであろう。
そうして、何日も何日も旅を続けて、ようやく砦が見えてきた。
「あれが、シーブレイズ聖王国の砦。聖女様が治める国か」
「聖女様が治めているって言うだけで、平和そうに感じるわよね」
砦の前に止まり、優香が声をかける。
「おーい、シーブレイズ聖王国に入りたいんだけど、門を開けてくれないか」
優香がそう声をかけても何の反応もない。
「誰もいませんかー」
恵理子も声をかける。
すると、砦に動きがあった。
砦の上には弓隊と魔導士隊が並び、門からは、騎士達が出てきた。
騎士達は真っ白な鎧を着ていた。聖王国をイメージしているのだろうか。
「何者であろうと、悪魔の従者を連れたものを、我が聖王国へ入れることはできん」
「えっと、ケルベロスのこと?」
「そうだ!」
「我が国は、イングラシア教の下にある神の国である。悪魔など入れてはならんのだ」
リーシャが前に出る。
「こちらにおわすは勇者様と聖女様だぞ。なのに入国を拒否するとはどういうことだ」
「勇者というのは百歩譲っていいとして、聖女と名乗るのは許せん。聖女様は、王都の王宮におわす方、ただ一人だ」
「……自ら名乗ったことはないんだけど」
恵理子がつぶやく。
「このお方を聖女と呼ばずに誰を聖女と呼ぶんだ!」
リーシャは恵理子こそ聖女だと言い張る。だが、聞いてもらえない。
「だから、王宮に聖女がいると。話を聞けよ」
「ぐぬぬぬ」
リーシャがうなる。
「勇者様、聖女様、強行突破しますか!」
リーシャの一言に、ブリジット、ネフェリとリピー、そして、全メンバーに緊張感が走る。
当然、騎士側にも。
「リーシャ、抑えて」
優香がリーシャをなだめる。
「あの、僕ら、この国で冬の間のんびりしたいだけなんですが」
優香が一歩出て、丁寧にシーブレイズを訪れた理由を伝えてみる。
「そんな嘘がまかり通るものか。何をするつもりだ」
「だから、のんびりと……」
やっぱり話を聞いてもらえない。優香はがっくりする。
そこで気の利くオッキー。エヴァをズズズ、と前に押し出してくる。
「「私はカヴァデール王国の女王、エヴァンジェリン・カヴァデールである」って言って」
「私はカヴァデール王国女王、エヴァンジェリン・カヴァデールである」
相変わらずエヴァは棒読みである。
「な! ラフィットを無血で落とし、新たに建国された、あの国のか?」
騎士達が驚く。決して国家間の戦争を起こしたわけではない。
「見てみろ、確かにあのバカでかい馬車にはカヴァデール王国の紋章が描いてある」
「本物か?」
騎士達がざわめく。
「もし本物なら、その証拠となるものを持っているだろう!」
「エヴァ、あれ出して」
オッキーが指示をすると、エヴァは胸からペンダントを取り出し、それをひっくり返して裏を見せる。
「お、おおー、確かにカヴァデール王国の紋章の入ったペンダント」
「すまない。ちょっと協議する」
そう言って騎士達は優香達から離れていく。
しばらく待っていると、騎士が戻ってくる。
「すまないが、こちらでは判断がつかない。二週間後に来てくれ」
「え? 二週間後?」
「そうだ。ここから王都まで一週間。説明して対応を決めて戻って来て一週間。二週間だ」
「お前達は、一国の女王を二週間も待たせるのか?」
オッキーがエヴァの後ろに隠れて言う。エヴァは口をパクパク動かす。
「そうは申されても女王様、我々も叱られたくないのです」
「お前達が私達を入れない理由は、このケルベロスだろう」
「まあ、そうですが」
「では、私が王都まで行って来よう。そして、聖女を連れてこればいいのだな?」
「え、ちょっと待ってください。そんなことを言われてもはいそうですとは、言えません」
「勇者様」
エヴァが優香に向かって口を動かし、オッキーが声をかける。
「わかった。エヴァ、聖女を連れて来て」
「承知しました」
「ネフェリ……」
「リピー!」
優香に声をかけられたネフェリは、かぶせるようにリピーに振る。
「リピー、お願いできる?」
「はい。行ってまいります」
優香からのお願いに、リピーはそう返事をして、しぶしぶドラゴン形態になる。
「……」
騎士達はドラゴンを見て固まって動けなくなる。
「おい女王エヴァ、勇者様の願いだから、連れて行ってやるんだからな」
リピーはエヴァに言う。
「わかってますよ」
エヴァは、涙目で自分の声で答えた。
「えっと、どうやって乗ったら」
「足につかまれ。乗るな」
「……はい」
エヴァはリピーの左足につかまる。
「では行くぞ」
「え、ちょっと待って、オッキー、オッキーは一緒に行ってくれないの?」
「いってらっしゃい」
「えぇーーーーー!」
リピーが飛び上がると、エヴァの声は小さくなった。
「というわけだからさ、もうちょっと待っていてくれる?」
優香が騎士達にお願いすると、騎士達は黙ってうなずいた。




