ボス戦(優香と恵理子)
そのころ、ブリジットは鞭をもってひたすらシチメンチョウを追いかけ、リーシャは、大木の周りをシチメンチョウと一緒にぐるぐる回っていた。
「さあ、ようやくね」
「捕まえようか」
優香と恵理子がボスとにらみ合う。
ギョエー!
ボスは大声を上げて鳴いたかと思うと、翼を広げて水平方向に回転した。
「うわっ!」
「思ったより速いわね。まさか、回転する攻撃があるとは」
ギョエー!
「来る!」
と、優香と恵理子が身構えると、ボスは今度は縦方向に、前転するように回転しながら飛び、優香と恵理子が立っていたところにドスンと、落ちた。
「あ、あぶな」
「縦方向もあるの?」
「もしかして……」
ギョエー!
優香が予想した通り、今度は斜め方向に回転して、翼を左上からたたきつけてくる。
優香と恵理子は慌てて、それを左右に分かれてよける。
「マオ、これ、円の動きだ。どこかの何とか拳法とか、体がまるい忍者がつかうあれだ」
「え、前半はなんとなくわかったけど、後半はわからなかったわ。そもそも、体の丸い忍者って何よ」
当然その会話に、ネフェリ達やミリー達も首をかしげる。
「とにかく、これ、素手じゃ難しいね。僕らも棒かな」
「柄ね」
二人は、薙刀の柄を取り出す。
とはいえ、ボスは足も首も短い。というか、羽に埋まっている。
優香と恵理子はボスの体に柄をたたきつける。はじかれる。
柄を差し込む。羽を縮められ、柄を抑え込まれ、そのまま円運動で投げられる。
「魔法を使えないと、こんな強敵とは」
スピードも力も優香達の方が上。だけど、ダメージが通らない。
ボスは、縦横斜めの円運動を使って、ひたすら攻めてくる。
「しかも、体力もありそう」
「そうね。持久戦なのかしら」
「それはちょっと嫌だな」
エイッ、っと柄を突き刺す。ボスがすっとよけて、柄がずぶずぶと羽に吸い込まれる。
「あ、やばい」
ボスが縦、後ろ方向の円運動をした。つまり、
ゲイン!
優香が蹴り飛ばされる。
「いたたたた、後ろ方向にも回るのか……」
腰を押さえて起き上がる優香。
優香は走り出す。ボスに向かって。
その優香に恵理子が声をかける。
「タカヒロ、あれやるわ」
「あれ? あれって、パパの得意なやつ?」
「そう。あれなら、傷つかない」
「オッケー、いいよ」
「それじゃ、三」
ボスが横回転で右の翼を振り回してくる。
ガシィ!
恵理子がそれを柄ではじく。
「二」
ボスが斜め回転を加えて左足で優香を蹴る。
ゴイン!
優香がその足をすくうように柄で打ち上げる。
「一」
ボスがしりもちをつく。
「ゼロ!」
優香と恵理子が同時に柄をボスに突き付け、電撃魔法を撃ちこむ。
バリバリバリ!
ギョエー!
バタン!
ボスが動かなくなった。
それを見た、ノーマルタイプのシチメンチョウは、散り散りに逃げていく。
「お、終わったの?」
ミリーがぼさぼさの頭でつぶやく。
「終わったー」
オリティエがホッとして腰を下ろす。
ウルリカとトリシャ、ヴェルダとメリッサも背中合わせに座り込んだ。
オッキーとマティ、エヴァは大の字になって寝転がっている。
「魔法が使えないのもつらい」
エヴァがつぶやく。
「だらしない、そんなに時間は経っていないだろう」
と、ネフェリがつぶやき、リピーは腰に手を当て仁王立ちだ。
「ネフェリ、リピー、この人数でよく百羽ものシチメンチョウを押さえたと思うわよ。物理攻撃が効かないし、魔法攻撃は使わないしでね」
恵理子がフォローを入れる。
「ところで、リーシャとブリジット……」
優香がつぶやく。
「まあ、そのうち帰ってくるわ」
「じゃあ、こいつを運んじゃいたいけど、どうやって運ぶ?」
「ボス、感電しているだけよね。そのうち目を覚ますわよね」
「うん。だから、とっとと運んでしまいたいんだけど」
「どこへどうやって?」
「おおもとの依頼主は王家だから、城に運んじゃっていいと思う。ギルドに持って行っても迷惑だよね?」
「そうね。じゃ、そうしましょうか。で、どうやって運ぶのかってことね」
「仕方ない、私が運ぼう」
ネフェリが手を上げてくれる。
「ほんと! ありがとう、ネフェリ。じゃあ、私がついて行くわ」
「わかった」
ネフェリは、ドラゴン形態になると、頭を下げてかがむ。恵理子とその背中にくっついたままのパイタンがネフェリの背中に乗る。そして、ネフェリが両手でボスを抱え上げた。
「じゃあよろしくね」
優香が手を振ると、ネフェリは、空に舞い上がった。
「よし、僕らも帰ろう」
「リーシャ様達は……」
ノースエルトの城はパニックになる。
それはそうだ。突然、ドラゴンが上空を旋回したのだ。
それを見て、街中も大騒ぎになる。住民は家にこもるか、家に入って家財を持ち出して逃げるか、そのまま走って街の門に向かうか、いろいろだが、誰もが必死であることには違いなかった。
「あ、街の人に謝らなきゃかな」
恵理子はつぶやく。だが、もっと悲惨なのは、逃げられない人達だ。それは、城の騎士。
城の騎士達は、城を囲む城壁へと集まる。そして、弓をかまえる。中には、魔法を撃ちこまんと手を差し出している魔導士もいる。が、誰もが、ドラゴンにかなうとは思っていない。すべての騎士が死を覚悟してドラゴンを見つめる。
そのドラゴンはというと、城の上空から、訓練場へと降り立った。
それと同時に、パイタンを背負った恵理子もネフェリから飛び降りる。すると、ネフェリも人型に変わる。
「すみませーん」
恵理子は大声を上げる。
訓練場に騎士、兵士が集まってくる。皆、臨戦態勢だ。
「あの、明日、セントラルエルトとサウスエルトの王様が来られるって言うので、シチメンチョウ確保の依頼が冒険者ギルドに入っていたと思うんですが、直接配達に来ました。受け取り、っていうか、依頼達成のサインが欲しいんですけどー」
訓練場にはもうドラゴンはいない。しかも女が何か言っている。
冒険者ギルドへの依頼? シチメンチョウ? 配達?
騎士も兵士も顔を見合わせる。
「あの、さっきのドラゴンは?」
騎士の一人が問いかけてくる。
「え、まあ、その」
「ドラゴンは消えたのか?」
「は、はあ」
騎士は、あからさまにほっとした表情を浮かべ、次いで言う。
「で、なんだっけ、シチメンチョウを持って来てくれた、と?」
騎士は、横目で三メートル近くあるまん丸のボスを見る。
「これ、シチメンチョウなのか?」
「どう見ても、模様から言ってシチメンチョウだと思いますが。たくさんの首と足の長いシチメンチョウに守られていましたよ」
「これ、どうやって倒したんだ。普通のシチメンチョウでもかなり苦労すると思うが、これ、傷がない」
「……」
「普通、シチメンチョウは逃げ足が速いから、弓や魔法をありったけ撃ちこんで倒すんだ。だから、傷の無いシチメンチョウは見たことがない」
「……えっと、企業秘密的な?」
そう言うことは先に教えろと、恵理子は思う。傷つけていいんじゃないか。
「はぁ。わかった。スキルや能力を聞くのはマナー違反だ。ちょっと待っていてくれ。宰相がそろそろやってくると思う」
そう言われ待っていると、きらびやかな貴族がやってきた。
「これは、君らが倒したのかね」
「はい。そうです。それで、納品に来ました」
「こんな大きなシチメンチョウは初めてだ。これは王もお喜びになる。こんなシチメンチョウの料理を出した王はこれまでにいないに違いない」
宰相と呼ばれた貴族は、シチメンチョウの周りをくるくる回って観察する。
「すごいぞ。よし、これを買い取ろう」
「あの、ギルドからの依頼なので、こちらに依頼達成のサインをいただけるだけでいいんですが」
「そうか。それでいいならサインをしよう。書類を」
貴族が手を差し出してくるので、依頼書を手渡す。
それにサインをしてもらって依頼達成だ。
「ありがとうございます。あと、普通のシチメンチョウを数羽確保していますので、それも受け取りをお願いします。それじゃ、私達はこれで。ギルドで依頼終了の手続きがありますので」
恵理子と背負われたパイタン、ネフェリは、歩いて王城を後にした。




