勇者様に触れるな! 鼻血団長!(優香と恵理子)
ちなみに、この一部始終はそこにいた兵士達に見られている。それが伝わりに伝わって。その日の夜には国王の耳に入る。
「国王様、申し上げます。本日、森の奥から五十メートルはありそうな、巨大な白ヘビが現れました」
「な、なんと。白ヘビと言ったか?」
国王は目を丸くする。
「そ、それでその白ヘビはどうした」
「はい。冒険者パーティにより討伐されました」
「しかも討伐されたと?」
「正しくは、白ヘビは討伐されたのですが、その姿は無くなり、真っ白な髪の少女に姿を変えたそうです。そして、その少女は、倒した冒険者パーティに連れて行かれたそうです」
「少女になった? どういうことだ?」
「わかりません。私もどうにも信じられません。しかし、その白ヘビの死体も何もないので、白ヘビ自体が嘘だったのか、少女になったというのが本当だったのか」
はあ、国王はため息をつき、騎士に指示をする。
「わかった。その冒険者パーティを明日の朝、招待しろ。話を聞く」
「わかりました」
騎士は下がっていった。
「宰相、どう思う?」
国王は後ろに控えていた宰相に問う。
「ついにこの日が来た、ということでしょうか」
「そうだな。伝承は本当だったか」
「女将さん、ごめんなさいね、急に一人増えちゃって」
「いいのよ。鍋なんて、一人増えようが、そんなに手間はかわらないわ」
今日の鍋は、昨日の鍋に加えて、大根おろしと、イクラが入っている。
「はふはふ」
白ヘビの女の子は、鍋を気に入ったのか、魚を気に入ったのか、冷ましては口に魚を放り込んでいく。
「お嬢ちゃん、お名前は?」
「ん? ないよ」
「アクアと一緒?」
恵理子がアクアに視線を送ると、アクアはうなずきで肯定の意を示した。
「お嬢ちゃんは、高位精霊なの?」
「わかんない。精霊って何?」
アクアが補足する。
「中位精霊から高位精霊へと進化しますが、もともと中位精霊にあまり意思がないのもあって、記憶を持たないで進化するというか、もともと記憶を持っていないというか」
「ふーん。アクア、ボッチだったのによく知っているね」
「……少しだけ、ディーネ様にレクチャーいただきました。多分、その子は高位精霊になり立てです。なり立てと言っても数十年か数百年か」
「へー」
そんな会話に興味はない、とばかり、女の子は、魚を鍋から取り出しては食べている。
「ほら、野菜も食べなさい」
恵理子が野菜を女の子の取り皿に入れる。
「やー、お魚がいい」
「栄養バランス崩れるから」
「ぶー」
女の子は、しぶしぶ野菜も口に運ぶ。だが、さほど嫌がっていない様子を見ると、野菜も気に入ったようだ。
「野菜もおいしいでしょ」
「ん。魚の味がする」
「よかった」
その様子を見て優香が恵理子に聞く。
「ところで恵理子、その子、どうするの? 恵理子になついているみたいだけど」
「うーん。どうしようかな。山に帰してくる?」
「やー」
女の子は恵理子の腕につかまる。
「どうして? あそこでずっと暮らしていたんでしょ?」
「ぶー、もう魔物の丸のみいや。ごはん、おいしい」
「あー、胃袋掴んじゃったか」
「つかんだのは女将さんだけどね」
「まあ、今晩は様子を見ましょう」
そう言ってみんなで鍋をつついた。
「あー、おいしい。ここに住み着いちゃおうかしら」
翌朝、朝食を食べて、出発の準備を進める。
ミリー達は、街へ買い出しに行き、優香達は出発の準備をする。アクアは、タロとジロのところへ行き、食後の昼寝に入る。
が、優香と恵理子が突然窓から飛び降りた。そしてリーシャ達も続く。
アクアがアイスランスを展開したのだ。
「その馬車を押収させてもらう」
「何を言っている。そんなことを許すわけがないだろう」
馬車を取り囲む騎士と兵士相手に、アクアがアイスランスを向ける。
一方、宿の前では、
「君が冒険者パーティクサナギのリーダーか?」
「僕がリーダーのタカヒロだ。一体何なんだ?」
「私は、この国の第三騎士団団長のマイネルだ」
顔にばんそうこうを貼りまくった男が名乗る。
「で、何の用?」
「昨晩、養魚場から魚を盗まれたという被害届が出された。聞けば、猫人族が一日中養魚場の周りをうろついていたとのこと。お前らのメンバーにいるだろう」
「いませんけど」
マイネルはリーシャを指さして言う。
「いるじゃないか」
「猫耳のカチューシャとしっぽをつけたメンバーはいる。だが、猫人族はいない」
「じゃあ、そいつだ。そいつが犯人だ。全員、出頭してもらおう。それから、エヴァと呼ばれる少女がいるだろう。その少女も引き渡せ。他に十人以上、メイドがいるだろう。そいつらもだ」
その会話にリーシャはすでに沸点を越えているが、恵理子が手で制している。
そこへ、ミリー達が帰ってくる。
しかも、マティが余計なことを言ってしまう。
「あ、昨日の鼻血団長じゃん。どうしたのこんなところで」
「貴様―。おまえら、全員捕らえろ。馬車も押収する」
マイネルはそう騎士や兵士達に命じた。
そのマイネル自身が優香の腕を捕まえようとした瞬間、吹っ飛んだ。
「私を犯人扱いするだけならまだしも、勇者様に手を触れようとするなど、絶対に許さん」
リーシャがマイネルを殴り飛ばしたのだ。
鼻血を流しながら立ち上がるマイネル。
「ブフッ、また鼻血」
マティが笑ってしまう。
「お前ら、捕らえる必要はない。やってしまえ! 生死は問わん!」
そう、他の騎士、兵士に命令するマイネル。しかし、やられるのがどちらかは明白だ。
ドゴッ! バキッ!
と、吹き飛ばされる騎士や兵士。優香と恵理子は全く手を出していない。しかし、リーシャもブリジットも、ネフェリとリピーまでもが参戦して殴り、蹴り飛ばしていく。ミリー達も当然のごとく、お玉を振り回す。
一方の馬車の周りでも、アクアがアイスランスを乱発し、騎士も兵士も沈黙させた。
そのころ、王城のある一室では、
「僕のエヴァ様。いつ来るかな。あんな冒険者パーティなんてつぶしてやれば、きっとこの国に残ってくれる。ああ、僕のかわいい奥さん、エヴァ様」
さらに王城の別室。
「戴冠式の準備はどうなっておる」
「はい。仰せの通りに」
宿の前に戻る。
「ミリー、オリティエ、準備ができ次第出るよ」
「「はい!」」
ミリー達は、馬車の周りに散らかった騎士や兵士を取り除いていく。
宿の前の騎士達は、ネフェリとリピーが煩わしいというように、ぽいぽい道の端に蹴り飛ばしていった。
しかし、そこへ、新たな馬車が四台も乗り付けてくる。
新たな騒動か? と、優香と恵理子はため息をつき、リーシャとブリジットは、二人の横で殺気を放つ。
「二人とも、騎士や兵士は馬車に乗ってこないから。そんなに意気込まない」
「「はい」」
先頭の馬車が優香と恵理子の前に止まる。残りの三台も順次止まっていく。
先頭の馬車から降りてきたのは、一人の騎士だった。
「乗っていたよ。騎士、馬車に乗ってた」
リーシャがつぶやく。
優香は苦笑いだ。




