ラフィット~魚の鍋の思い出(優香と恵理子)
「さて、本当にラフィットへ行く?」
「マスが食べたいです」
「最短を行くべきです」
「距離的には遠回りだけど、目的に向かっては確かに最短だと思うのよね」
「勇者様のお心のままに。私どもはついて行きます」
優香の相談に、リーシャ、ブリジット、恵理子が意見を述べる。
ネフェリとリピーは、最強だが、優香と恵理子の意思に従うことを宣言する。
「じゃあ、次の街が見えたら左方向ね」
「「はい、優香様」」
馬車を動かしているミリーとオリティエが答える。
「「ばふ」」
タロとジロも答えた。
街が見えてくると、そこで左へと向きを変える。街の門兵や騎士に見つかるのもめんどくさい。
道なりではなく、ショートカットし、東へ向かう街道へと合流してラフィットへと向かう。
森へ入り、森の中を進み、何日かして森を抜けたところ。
眼下に広がる畑と点在する池。流れる川。そして、その先に城壁と街、城。
これまで見てきた街と異なるのは、城壁が川と平行に伸びていて円を描いていないこと、城壁に囲まれていないため、街が横方向へ広く広がっていること。街の中に木々が生えていること、城の向こう側は森が続いていること。
街道は、街へ向かって続いている。その左右は畑と点在する池だが、畑は他の国とよく似て麦や野菜が生い茂っている。
リーシャは、馬車を降りて池を覗きこむ。
「見て、見てみて。マス!」
池には川から水が引かれ、五十センチ近い魚が泳いでいる。
「このマス、食べられるのかな。おいしいのかな」
リーシャはワクワクする。さすがに池から勝手に魚を取ったりはしない。
「街に行ったら、売っているかどうか、見てみましょうね」
「うん!」
川にかかっている橋を渡る。川には、いくつも水車が並んでおり、川水を池へと汲みだしている。
城門へとたどり着くと、門兵に挨拶をする。
「こんにちわ。旅の冒険者なのですが、入っていいですか?」
「ああ。いいよ。それにしてもでっかくて変わった犬だな。街の人を怖がらせないでくれよ」
「わかっています。あ、この子らを預かってくれるような宿を知りません?」
「ん? それなら、城の手前にある宿に行ってみな。ちょっと高いけど、厩舎もあるからな」
「ありがとう」
優香達は、まっすぐ城の方へと進む。そして、宿を見つけて部屋を確保する。
「こんにちわ」
「あら、いらっしゃい。お泊りです?」
「二十二人なんだけど、それ以外に大きな犬が二頭、小さな犬が二匹いるんです」
「そう。犬達は、厩舎でいい?」
「はい。それと馬車が二台」
「それも裏に止めておいたらいいわ」
「ありがとうございます」
「それと部屋ね。二十二人がみんな入れるような大きな部屋はないから、最上階貸し切りでいいかしら?」
「はい。構いません」
「食事はどうするの?」
「あの、来るときに見たんですけど、あの池にいる魚、食べられるんでしょうか」
「もちろんよ。マスはこの国の特産品なのよ。食べて行って」
「それじゃ、食事付きで、えっと、二泊お願いします」
「二十二人、厩舎と馬車を置いて、えっと、大人数だから仕方ないけど、おまけして金貨一枚でどう?」
「それでお願いします」
リシェルが財布を持って来て、金貨を一枚カウンターに出した。
「食事にはまだ早いわね。街並みでも見て来て。それから、これから準備をするけど、マスを使った料理でいいのね」
「はい。お願いします」
ミリー達は、部屋へ荷物を運んだり、馬車の手入れをしたりと動き出す。
「僕とマオは冒険者ギルドへ行ってくる」
「私も行く」
結局、リーシャとブリジット、ネフェリとリピーといったいつものメンバーとなる。マティは、姫様隊として仕事をしたり、訓練をしたりとブリジットから離れることが多くなった。アクアはタロとジロとお昼寝だ。
「こんにちは」
「あら、旅の冒険者の方々ですか?」
「はい。人探しの旅をしております。冒険者パーティ、クサナギです。よろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いいたします。それで、ご丁寧にあいさつに来てくださったのですか?」
「えっと、貼り紙をお願いしようと思ってきたのですが」
「貼り紙? 一か月銀貨一枚、一年で十枚だけど、ここの冒険者に知ってほしいことなの?」
「人探しをしているんです。それで、捜している人達が見たら、連絡を欲しくて」
「ふむふむ。えっと、なんて書いてあるの? 暗号?」
「そんなものです。では、一年間お願いします」
「わかったわ。その辺に貼っておいて頂戴」
「ところで、この街は、変わったつくりをしていますが」
「そう? 私、この街しか知らないからわからないけど」
「他の国の街って、基本的に丸く城壁が作られていて、その中に建物が密集しているんですけど、ここは、城壁が一本あるだけで、森に囲まれていますよね。あの城壁、何目的なんですか?」
「もちろん、攻め込まれた時のためのものよ」
「じゃあ、裏の森とかは?」
「うーん。この国、森に囲まれているでしょ? だから、冒険者も騎士達も森の中なのよ。冒険者は森に魔物討伐と素材収集に、騎士達は、森の中での戦闘訓練に。森の中での戦闘が重要なのと、森の中で戦闘できる体力がついていれば、平地での戦いなんて楽なものよ。そんなわけだから、森から魔物が襲ってくる心配はほとんどないわ」
「なるほど。それから、この国って、この街だけなんですか?」
「ええ。だから、騎士達が戦闘訓練って言ったって、実際には、他の国からしたら、攻め入る魅力もないのかもしれないわね」
「それはどうでしょうね。それなりに豊かそうに見えるし、マスって言う特産品もありますし。ま、ありがとう。僕らはこれで」
「依頼は受けないの?」
「常設依頼専門なんです。魔物と出くわしたら素材を持ってきます」
「よし、宿に帰ろう」
「やった。マース、マース」
リーシャがスキップしだす。喜びを表すように、つけしっぽがぴよんぴよんと跳ねる。
「そんなに魚が食べたかったんだね」
「そうですよー。久しぶりのお魚。楽しみです」
宿に帰ると、食堂においしそうなにおいが充満している。
宿の女将さんが奥から出てくる。
「晩御飯の準備はできているけど、みんなそろってるかしら?」
「呼んできます」
「じゃあ、並べていくわね」
食堂に全員揃う。テーブルの上には、いろんな魚料理が。
「魚、魚だー」
リーシャが並べられた料理を見てみよんみよんしている。
一方で優香と恵理子が固まる。決して、いやなものが出ているわけではない。
「鍋……」
「魚の鍋……」
そう、テーブルの上には七輪のような小さな火鉢の上に鍋が乗っていた。
女将さんが声をかける。
「そう。この季節には暑いかも知れないけど、お出汁が出ていておいしいのよ。是非食べてほしい逸品だわ。野菜もいっぱい食べれるし。何より、みんなでつつくのがいいのよ」
恵理子のほほを涙が伝う。優香も仮面の下の涙をぬぐう。
それを見たメンバーが固まる。
「あら、鍋、嫌いだったかしら?」
女将さんが二人を見て心配する。
「い、いえ。思い出の料理なんです。昔の仲間と一緒によく食べた、その時の料理なんです」
「う、うわーん、真央ちゃん、真央ちゃん……」
恵理子が前世を思い出して泣き出してしまう。
「マオ、いただこう。せっかくの懐かしい料理なんだから。ね」
「う、うん」




