あきらめんな。あきらめたらそこで終わりだ(優香と恵理子)
すると、砦の中があわただしくなる。
「隊長を突き落とすようなこんな国、いやだ!」
「隊長! 隊長の下へ!」
「隊長は、隊長はどうなった!」
「砦から落とされた後、勇者様に治癒魔法をかけられていたぞ!」
「そうだ、女性の勇者様だ」
「女性の勇者様? 治癒魔法? それは聖女様ではないのか?」
「突き落とされて殺された隊長を助けてくれた。聖女様だ!」
「聖女様!」
「聖女様の下へ!」
砦にいた部隊の騎士、兵士が全員砦から出てくる。そして、砦に残ったのは、今だ動かないファブリと査察団の騎士達だけだ。
「五、四、三、二、一、五分経ったぞ。ネフェリ、リピー、アクア、魔法少女隊、砲撃用意! てー!」
ズドドドドド!、ドッゴーン!
何発、何十発もの魔法と、二発のドラゴン族のブレスが砦を襲い、砦は崩れ落ちる。
「おまけだ、ファイアトルネード!」
優香が巨大炎魔法を撃ちこんだ。
ゴオオオオ!
瓦礫と化した砦に巨大な炎の竜巻が巻き上がる。
「こ、これほどとは」
意識を取り戻したブルズが言う。
「た、隊長!」
砦の騎士、兵士がブルズに突撃して抱き着く。
「ぐえっ! お前ら、やめろ」
「隊長、好かれているんだな」
優香が隊長に声をかける。
「ま、まあな。助けてくれてありがとう。礼を言う」
「助けたのは、聖女な」
「た、タカヒロ!」
恵理子が顔を赤らめて、聖女はやめて、ってお願いする。
しかし、ブルズも恵理子が聖女だと推す。
「さっき、うちの兵士達も聖女様って言っていたじゃないか」
「むっ! なんであんたらが聖女って言うのよ」
「ん? このサザンナイトの南東にある海辺の国の教会にな、どんな病気もどんな怪我も治してしまう聖女様がいらっしゃるそうだ。見たことはないがな。それと重ねたんじゃないのか?」
「ほら、やっぱりいるじゃん。絶対に名誉棄損で訴えられるわ」
「ところで、ブルズっていったっけ。この後どうしたらいい?」
ほほを膨らます恵理子をよそに、優香がブルズに問う。
「勇者様方はこのまま進んでくれて構わない」
「それでいいのか? 中央から責められるんじゃなかったのか?」
「責められる? 見てくれよ。善戦やむなくだろう? こんなにボロボロになるまで戦ったんだぜ? 許してくれるだろうさ」
「そうだな、ナイスファイトだった」
優香はブルズに手を伸ばす。ブルズは、その手を握り返した。
「お互いにな」
「ファブリだっけ、査察団を全滅させてしまった件は?」
「さっきも言ったろ、善戦やむなくだ。そう、伝えるよ。まあ、俺達を道具扱いして、殺そうとした、くそ野郎だけどな」
ブルズの表現は悪いが、優香は否定しない。あんな簡単に仲間を突き落とせるなんて、信じられなかった。
「ところで、あんたの言うことをそのまま国が信じたら、我々はあれだな。砦を破壊して無理やり入国した悪人だな」
優香がそう言う。
「……」
ブルズは、視線を逸らす。
「確実に討伐対象だな」
「……」
「そっちの方はどうする? 争いは避けたいんだが?」
「勇者様方はどこへ行きたいんだ?」
「南の国だ」
「南って言うと、シーブレイズか。何しに行くんだ?」
「僕らの旅の目的は人探しだ。でもね、冬の寒いのは嫌なんだ。だから、冬の間は南の方を回ろうと思って南下しているんだ」
「じゃあ、この国を通らなくてもいいということだな」
「まあ、そうだ」
「ここからまっすぐに行って、渓谷を出てしばらく行くと街がある。そこから西に向かえばサザンナイトの王都方面。南に行けばシーブレイズ方面。だが、その方向は、ずっとサザンナイトだから、この国の連中に追われる可能性が高い。だが、東に行けば、ラフィットに抜ける。ちょっと道は狭いが、砦とかはない。ラフィットは小さな国だが、そこから南へ小国を渡って行けば同じようにシーブレイズへと出る。人探しなら、そっちの方面の方が、たくさんの国を一度に回れるんじゃないか?」
「なるほどね。僕らもこの国にあまり滞在したいとは思っていないからいいかもね」
「何でこの砦に来たんだよ」
「ノーレライツをさらに東に行くと、冬になるかもって話だったんだよ」
「……まあ、そうかもな。あの国、横に広いからな」
「タカヒロ様、意見を申し上げてよろしいでしょうか」
「なに? リーシャ」
「サザンナイト、つぶしましょう。それが手っ取り早いです」
「「……」」
「もしやるとお決めになられたのなら、私どもに命じて下さい。緑ドラゴン族総出で帝都とその他の街をすべて灰燼に帰して見せましょう。今行きますか、行ってきますか?」
ネフェリが意気込み、リピーがうなずく。
「確認のため聞くけど、この娘ら、本気で言っていて、本当にできる実力を持っているんだよな」
見通しが良くなった、砦があった場所を横目で見ながら、ブルズが聞く。ブルズはネフェリとリピーのドラゴン化も砦を崩壊させたブレスも見ていない。砦を崩壊させたのは、アクアや魔法少女隊が魔法を撃ちこんだのもあるが。
「……」
優香は否定できない。
「もちろんです。我々は、サウザナイトを一度つぶしていますから」
「そ、それは、リーシャのおにいさん……もごもごもご」
リーシャが優香の口を押さえる。
「なんにしろ、サウザナイトを崩壊させたきっかけを作ったのが、何を隠そうこの勇者様と聖女様です」
「なんだか迂回するのが馬鹿らしくなってきちゃったよ」
優香がため息をつく。
「あきらめんな。あきらめたらそこで終わりだぞ。勇者様方が迂回してくれなかったら、俺らの命がないんだ。頑張ってくれよ。頑張って迂回してくれよ」
「いーえ、しませんとも。我々は独自の道を行きます。何人たりとも私達を止めることはできませんとも。何なら、今ここで消し炭になりますか?」
「……こえーよ。こえーよこの猫」
「リーシャ、東の小国を巡って南下するって言うのは、いいアイデアなんだ。サザンナイトにはあまり用事はないしね。人探しもはかどるし、景色もいいかもしれない、おいしい食べ物も食べられるかもしれない」
「……私は早く魚が食べたいのです」
「あー、海に行けば魚が食べられるもんね。じゃあ、海へと急ぐ?」
「おいおい、魚と俺らの命を天秤にかけるなよ」
「しゃー、今逝っとく?」
リーシャが犬歯をむき出しにする。猫なのに。
「いいよ、リーシャ。ラフィットを目指そう。おいしい川魚がいるかもしれないし」
「川魚は小骨が多いのです」
「マスとか、大きいのがいるかもしれないよ」
「それならいいのですが」
あからさまにほっとするブルズ。
「よし、ミリー、出発の準備を」
「はい!」
「頼むよ。迂回してくれよ」
「気が変わらなかったらね」
「まあ、一応、恩に着る。」
「ああん? 一応? 聖女様に命を救ってもらっておいて、一応?」
リーシャがすごむ。
ブルズは、その剣幕に押され、土下座をする。
「そ、そうでした。命を救ってくださり、ありがとうございました。聖女様のご活躍はぜひ、広めさせていただきます。いただきますとも。そうすれば、我が国も考えを改めるかもしれません……もちろん、私も消されるかもしれませんが」
「無理しなくていいわよ。でも、次にあった時、剣を向けてきたらわかっているわよね」
恵理子が聖女スマイルを向ける。
「あの、笑顔ですごむのやめていただけませんか? もちろんわかっておりますので」
「ならいいわ」
恵理子は、その場を去ろうとして、ふと思い出す。
「そういえば、サザンナイトが要求していたアストレイア王国の王女だけど、どうなったの?」
「私ども末端には詳しい話は回ってきませんが、王女が死んでしまったということで、こちらとしても侵略するきっかけを失ってしまったとのこと。その先は、上で考えるのではないかと」
「侵略するの?」
「いえいえ、しませんとも。平和が一番です」
「そ。そう願っているわ」
勇者一行が動き出し、それを見送るブルズや兵士達。
「隊長、軍をやめていいですか? 故郷に戻って実家の農家を継ぎたいんですが」
「隊長、私も実家の商店を……」
「隊長、俺の夢は冒険者になることだったんです……」
「俺だってやめたいよ」
ブルズは空を見上げる。砦もなくなったし、責任は追及されるだろうし、家族と一緒に亡命するかな。