サザンナイト入国(優香と恵理子)
「ぶふっ!」
「優香さん!」
「ごめん」
「大丈夫です。この者達が、聖女だって説明してくれますから」
「そういう問題じゃないわよ。もう」
リーシャの説得にも、恵理子はぶつぶつ言っている。聖女イコールお玉使いだって思われたらどうするのよ。と。
「しかしすごいです」
オッキーがつぶやく。
「何が?」
恵理子は思わず聞いてしまうが、
「やっぱいいわ、答えなくて」
と、遮ろうとする。
「私、このパーティに加えてもらえてよかったです。このパーティは、すごいです。勇者様がいて、聖女様がいて、野良猫がいて、女王様がいて。こんなパーティありませんよ」
「「「……」」」
優香と恵理子、そしてリーシャが固まった。
「女王様、どこ行った?」
何とかリーシャが言葉にする。
「女王様は、マティと話をしています」
「知らないってことは、幸せなことだね」
優香がまとめた。
恵理子は、「んもう」と、唇を尖らせていたが。
ここの住民達は、酒にも食事にも満足したのか、集落へ帰って行った。家族ごとに優香と恵理子に挨拶をして。勇者様、聖女様、と。そのたびに、二人とも顔を引きつらせていたが。
最後に、代表の男がやってきた。
「この度は、食事も酒も、そして、病気まで見ていただき、ありがとうございました。このご恩は絶対に忘れないと誓います。あの家族が動けるようになったら、ノーレライツを目指したいと思います。その暁には、必ずや勇者様と聖女様のご活躍を広めさせていただきます。
「「やめて」」
「それでは、本当にありがとうございました」
男が去ろうとすると、優香がそれに待ったをかけた。
「待ちなさい」
男が振り返る。
優香はリシェルに声をかけ、一袋の金貨を受け取る。
「これを持って行きなさい。奥さん達や子供達に服を。そして住むところを」
そう言って、男に袋を渡した。
「勇者様、聖女様、ありがとうございます」
男は、再び跪く。
「あの、そういうの、もういいから行きなさい」
恵理子が声をかけると、男は立ち上がって、去って行った。
「もう、本当にお人好しなんだから」
リーシャが言う。
「ふふ、お金に困ったら、またスタースプリングに行きましょう。そして、猫耳メイドと鞭を持った女王様に稼いでもらいましょう」
「「……」」
「「あははははは」」
翌日。
「さあ、先へ進むよ」
優香が声をかけると、タロとジロが馬車を引いて移動を開始する。
湖の湖畔を川下の方へと街道が続いている。そして、湖から流れ出る川にかかった橋を渡り、対岸へと到達する。その先は、また森になっているが、さらにその先には、切り立った崖が見えてきた。
「道なりに進むしかないから、行こう、タロ、ジロ」
「「ばふ」」
タロとジロは、進む。馬車を引いて。
森に入ると、昼食や野営時に再び魔物狩りが始まる。結局、ザリガニはどう保存したらいいかわからなった。肉は肉で、食べてしまったり譲ってしまったりしたため、それなりに在庫が減っていた。それに、お金を渡してしまったため、素材の確保も必要である。
そのため、ミリー隊やオリティエ隊とは別に、姫様隊が組まれた。オッキーとマティ、エヴァである。それに、この隊はブリジットに監視されている。よって、安全と言えば安全だ。
各隊それぞれ、魔物の確保にいそしんだ。
森を進むと、切り立った崖にぶつかる、と思いきや、街道は、崖にできた渓谷のような道を進んでいた。
「ここから先は、サザンナイトの領域になります。気を付けて行きましょう」
オッキーが優香に声をかけた。
「でも、サザンナイトの東なのよね?」
「はい。そうです」
「私達、西側ではいろいろあったけど、こっちではないから大丈夫じゃないかしら」
そう言って、優香はタロとジロを進める。
渓谷に入ってしまうと、魔物もいない。ただ、何もない、左右を崖に囲まれた道を進むだけである。
こうなると、食材の確保も素材の収集もできない。薬草さえ生えていない。
崖の上には木々が生えており、崖を登れば魔物もいるだろう。だが、現状はそこまで困ってもいない。というか、困ったら崖の上に狩りに行けばいいだけである。
だが。
「ミリー、そろそろ警戒を強めてね。特に上」
「はい」
「何もしてこない限りは何もしないで」
「はい」
と、なる。サザンナイトの警戒域に入ってくると、いろいろ気配を感じてしまう。
「ノーレライツなんて、平和な国なんだから、こんな街道警戒しなくてもいいのに」
というリーシャのつぶやきに、優香が答える。
「ほら、こんなに危険な野良猫がやって来るでしょ?」
「ふふん」
リーシャは得意気だ。
一日たち、二日発つと、街道の先に砦が見えてくる。渓谷を利用した、城壁のような砦だ。
「いったん止まって」
優香が声をかけると、タロとジロが止まる。
「ミリー隊が右、オリティエ隊が左、姫様隊は後ろ。私と恵理子が前。リーシャとブリジット、ネフェリとリピーは馬車を守りつつバックアップ、アクアは、全方位警戒で」
「「「「はい」」」」
「ゆっくり進むよ」
優香と恵理子の歩みに会わせて、タロとジロが前進する。
砦の手前百メートルで優香と恵理子が止まる。
両側の崖に弓矢をかまえた兵士が何人も見えてきたのだ。
もちろん、砦の上にも。
「アクア、迎撃よーい!」
優香がそういうと、アクアは馬車の上に立って、アイスランスを前方向と左右に二十ずつ顕現させる。
そうすると、両者がそのまま硬直状態に陥る。弓もアイスランスもどちらも撃たれず、ホールドされたままだ。
しばらくしていると、砦から一人の騎士が出てきた。全身鎧を着て、ヘルメットを抱えている。剣は腰に差しているが、抜いてはいない。顔を見る限り、中年だ。
その騎士が歩いて優香達に近づく。
そして、優香達の手前、十メートルのところで止まり、姿勢を正した。
その騎士は、そこでお手本のような回れ右をして、砦へと向く。そして大声で砦の騎士、兵士に指示を出した。
「皆の者、弓をおろせ。そして、後ろを向いて耳をふさげ!」
そうすると、崖の上の兵士も砦の上の兵士も弓をおろし、後ろを向いて、耳をふさいだ。
「「???」」
優香と恵理子が疑問に思っていると、再びその中年騎士はお手本のような回れ右を披露し、優香達の方を向く。
そして、
「失礼します」
と頭を一度下げると、鎧を脱ぎだした。
「「???」」
優香と恵理子は、その奇妙な行動に首をかしげる。
中年騎士は、鎧を脱ぐと、足元に並べ、再び姿勢を正すと、重力に任せて落ちるように、土下座をした。
「ゆ、勇者様ご一行とお見受けします。私は、この砦の守備隊を統括するブルズと申します。このようなことをお願いするのは大変恐縮ではございますが、ここは、道を戻っていただけませんか?」
「いやよ」
恵理子が即答する。
「お願いします。でないと……」
「でないとなんなの?」
リーシャとブリジットが剣に手をかける。
「私どもは、あなた方を入国させまいと抵抗しても死に、入国させてしまってもその責を問われて死にます。どちらにしても死ぬのです。ですので、どうか、我々を助けると思って、この道をお戻りいただけませんでしょうか」




