聖女誕生~お玉を振り回して聖女様!(優香と恵理子)
「他国へと亡命して信用してもらえるのかどうかが。結局虐げられるのではないでしょうか」
「えっと、ノーレライツ王国に、ノーレライツの人達に害をなす気はないよね?」
「もちろんです」
「あの国は、人を増やそうとしている。国の発展のためにね。だから、増える分には歓迎されるんじゃないかな。どう?」
優香はオッキーに目を向ける。
「はい。タカヒロ様のおっしゃる通りかと」
「ですが、私達が向かって、信用してもらえるでしょうか。入れてもらえるでしょうか」
「そこは大丈夫だと思うよ。ミリー、紙とペンを」
ミリーが紙とペンを優香に渡す。それをさらにオッキーへと渡す。
「オッキー、一筆書いてあげて」
「はい」
オッキーが紹介状を書く。この者達をよろしく頼むと。
それを覗き込む代表の男が青ざめる。
それはそうだ。あて先は、ノーレライツ王国国王。それから、差出人が、ノーレライツ王国第一王女、オキストロ・ノーレライツ。そう書かれている。
「え、あの、あの、私達、とんだご無礼を?」
男が冷や汗を流して、一歩下がる。
「いや。大丈夫だよ。気を遣わないで」
そう優香が男をなだめていると、
「それでは、勇者様も署名をお願いします」
オッキーが優香にペンを渡した。
「え? 僕も?」
「はい。私は王女とはいえ、今は勇者様に仕えていますから、勇者様の方が影響力は大きいかと」
「……勇者様?」
男が二歩下がって固まる。
仕方ないな、と言いながら、サインをする優香。冒険者パーティクサナギ代表 タカヒロ・クサナギ、と。
復帰した男が言う。
「も、もしかして、勇者様って、ドラゴン族を従えし勇者様ですか? サウザナイトを崩壊させ、西の砦でサザンナイトの精鋭騎士すら簡単にあしらったという!」
「……」
「こ、これは失礼なことをいたしました」
男が突然土下座をする。
「あの、いたたまれないんでやめてください」
「しかも、奥様は治癒魔法で困った人を助ける聖女様と!」
それを耳にしたミリー達。
「聖女様?」
「聖女様?」
「聖女様?」
「「「聖女様だー!!!」」」
恵理子に新しい二つ名がついた瞬間だった。
「そうよ。夫のタカヒロは勇者、妻のマオは聖女なのよ」
リーシャがどや顔で言う。リーシャの夫でも妻でもない。
恵理子さん、いろんな二つ名がついたな。勇者、奥様拳の始祖、聖女か。
あはははは。
思わず優香が笑ってしまう。
「タカヒロ様、笑ってる。楽しい?」
リーシャが優香の横で聞く。
「あはははは。仮面をしているのによくわかったね」
優香は笑い声をあげてしまう。
「わかりますよ」
リーシャは微笑む。
「マオには悪いけど、笑っちゃった」
「わっかりました。こんな時は!」
リーシャがこぶしを振り上げる。
「ミリー! 酒もってこーい!」
「はーい! 喜んでー」
「「「わはははは」」」
「「「あはははは」」」
リーシャが高くなった岩の上に登り、コップを掲げる。
そして、叫んだ。
「聖女様の誕生に、カンパーイ!」
「「「カンパーイ」」」
クサナギのメンバーも、ここに住んでいる住人も、皆、コップを掲げた。
みんなでザリガニをつまみに酒を飲んだり、もちろん未成年は果実水だが、話をしたり、笑いあったりしていると、恵理子と魔法少女隊が戻ってくる。
「タカヒロ、これ、何?」
「あ、マオ、おかえり。どうだった?」
優香が逆に聞き返す。
「うん。ダニにかまれた感染症かな。いつものように、異物の除去と炎症を抑えて、免疫力の向上で何とかなるかなって。熱も下がったし、大丈夫そうよ」
「そう。さすがだね。よかった」
「で、この騒ぎは何?」
「えっとね」
と言って、優香は視線を逸らす。
そこへリーシャがやって来て、恵理子の手を取った。
「マオ様、こちらへ」
リーシャは恵理子を岩の上へと連れて行く。
「みんな! ちゅうもーく! 準備はいい? いくよ。みんな!」
リーシャがこぶしを構え、
「せーの、「「「聖女さま、だー!」」」」
と、叫んだ。
「え? なになに?」
恵理子はきょろきょろと見回す。
すると、ミリー達も、ここの住人達も一斉に跪いた。
「「「聖女様!」」」
「え? え?」
と、恵理子は優香を見る。
視線を感じた優香はそっと背中を向けた。
「えっと、どういうこと?」
仕方ないので、恵理子はリーシャに聞く。
「見ての通りです。マオ様は聖女様と認定されました!」
「……」
恵理子は固まる。
「あの、何か言ってくださらないと、あのままですよ」
と、リーシャは跪いているミリー達や住人達を指さして言う。
「あ、あの。えっと。頭を上げて。そして、楽しくやって頂戴」
「「「うぉー!」」」
「「「聖女様―!」」」
岩の上から降りた恵理子は、一緒に降りてきたリーシャの耳、猫耳ではなく、本物の耳を引っ張って、優香の下へと行く。
「いたたたた、マオ様。どうしたんですか」
「いいから来なさい」
背中を向けている優香の後ろに恵理子は立ち、周りに誰もいないことを確認して、優香に声をかけた。
「優香さーん? これはいったいどういうことかしら?」
ゴゴゴゴゴ!
という殺気が出る音が聞こえそうな勢いで。
「あはははは、ごめん。笑っちゃ悪いと思ったけど、笑っちゃった」
「そうじゃなくて、どういうこと?」
「あの、恵理子がさ、困っている人を見かけると、お金も取らずに病気も怪我も治しちゃう。だから、今回の件も気にしなくていいよ、って言ったらさ、ここの人達が突然、「聖女様」って呼びだしてさ。それで、こうなった」
「……で、どうして優香は笑っているのかしら?」
「恵理子ってば、勇者って呼ばれたり、奥様拳の始祖って呼ばれたり、聖女様って呼ばれたり、三冠だなって、ぷっ!」
「いいの? いいわけないよね。だって、どこかに本物の聖女様がいるかもしれないじゃない。なのに、「聖女様って、お玉を振り回す人のことでしょ?」とか、噂が立ったらどうするの。本物の聖女様、真っ青になるわよ。「お玉を振り回して聖女様」なんて、子供達が聖女様に頼んだらどうするの。目も当てられないわ。完全に名誉棄損よ?」
「ぶふっ! お玉を振り回す聖女様!? あははははは」
「優香さーん!」
これはいかんともしがたいと、恵理子が腰に手を当て、ぷんすかしていると、後ろから声がかかる。
「あの、マオ様。お願いがあります」
「なーにー!?」
「ひっ!」
恵理子の殺気にオッキーが一歩引く。
「王女様、何かしら?」
「……あの、えっと、私じゃないですよ、聖女様って言いだしたの」
「わかっているわよ。聞いたから。で、何かしら?」
「あの人達がノーレライツへ移住するのに紹介状を父宛にかいたのですが、連名にしていただけませんか?」
と、紙とペンを恵理子に渡す。
「えっと、それはいいけど、どこ?」
「はい。タカヒロ様の下に」
「……なんで、オッキーの名前がその下なのよ」
「私、今は冒険者パーティの一員ですから。お二人より上になんて書けません」
「……」
恵理子は、あきらめて優香とオッキーの間に名前を書く。
「あの、マオ様。お名前の前に、聖女、と」
「書くわけないでしょ。こんな手紙に。だいたい、ここにいる人以外、私のことを聖女なんて呼んでいる人はいないわよ。ということはどういうことかわかる? この手紙を読んだあなたの父親は、私のこと、痛い子だと思うに決まっているわ。勝手に自分のことを聖女と呼びだした痛い子だとね」




