戦う魔導士(優香と恵理子)
「街に出ようとは思わなかったの?」
優香が聞く。と、男が逆に聞いてくる。
「……君らはこれからどこへ行くんだ?」
「サザンナイトを通って、さらに南だけど」
「なら、サザンナイトでは我々のことは言わないで欲しい。我々は、サザンナイトの徴兵から逃れてここへ来たんだ」
「ふーん。で、肉が食べたかったと」
「そういうことだ」
「で、その集落とやらは、何人くらいいるの?」
「男女子供あわせて百人くらいだ」
「そのザリガニ持っていく?」
「もらえるのか? 我らには取引できる金も物もないぞ?」
「ついでに肉も持って行ってほしいんだけど。狩りすぎちゃって余らせているんだよね」
「肉を余らせているのにロブスターをこんなに狩ったのか?」
「肉に飽きた猫がいてね。水産物を食べたかったんだって。ところで、貴方達はザリガニを狩れないの?」
「殻が硬すぎて刃が入らないんだ」
「なるほどね」
「ところで」
恵理子が優香と男の話を遮って話しかける。
「集落の人達、食べに来たついでに持っていく? それともただあなた達が持って行くのかしら?」
男達は顔を見合わせる。
「食べに来てもいいのか?」
「安全に来られる?」
「大丈夫だと思う」
「何かあったら大声で呼んでね」
「わかった。ちょっと呼んできていいか?」
「いいわよ。私達ここで野営する予定だから、ゆっくりでいいわよ。食器だけ持って来てちょうだい」
「ありがとう。ちょっと行ってくる」
そう言って、五人は立ち去った。
「そういうわけだから、リーシャ、ブリジット、もうちょっと獲っていいわよ」
「はーい」
「はい」
「よーし、二回戦だ!」
一時間もすると、百人ほどの人達がやってきた。
「いいのか? こんなにたくさん連れて来て」
「見てのとおりよ。あの子らザリガニを半分に割ったまま火にかけちゃって。鍋じゃないんだから。まあ、思う存分食べて頂戴。肉は用意してあるわ」
「ありがとう」
突然一人の男がやってくる。
「なあ、俺、先に戻っていいか?」
その両手に焼かれたザリガニや、ミリー達が作ったスープが握られている。
「ああ、いいぞ。こっちのことは気にするな」
これまで対応していた代表の男がそう答えると、先の男は走って行った。
「どうしたの?」
「ああ、あいつの妻がな、ちょっと熱を出して寝込んでいるんだ」
「どれくらい?」
「そろそろ二週間くらいかな」
「そんなにも長い間?」
「そうなんだ。だけど俺達の中に医者はいない。急いで逃げ出したから金もない。食事を取らせて休ませることしかできないんだ」
「それでいいの?」
「よくはない。だが、行く当てもないんだ」
恵理子は立ちあがる。
「タカヒロ、ちょっと行ってくる」
「ああ、気を付けて」
「魔法少女隊、出かけるわよ」
「……はい!」
「むぐ!」
おなかいっぱいで動けない者、まだ口にくわえている者が立ち上がる。
「もぐもぐ、ごっくん。マオ様、どちらへ」
アリーゼが優香に聞く。
「熱を出している人がいるから、診に行くわよ」
「治癒魔法で治すのですか?」
「治るならね」
「はーい」
アリーゼが元気よく返事をする。その一方で、
「「……」」
マロリーとルーリーが怪訝な顔をする。
「マロリー、ルーリー、どうしたの?」
「あの、マオ様、教えてほしいです」
「なに?」
「この前、エヴァはギルドで治癒魔法の素質があるって言われたって、聞きました。治癒魔法って、素質なのですか?」
「なに? それって、自分達に治癒魔法の素質があるかどうかってこと?」
「はい」
「タカヒロと私、なんて教えたっけ、魔法を教えるとき」
「イメージ力と魔力操作力、それと魔力量です」
「はい。よく覚えていました」
「えっと、素質があるとかないとかは?」
「ないわよ」
「え? じゃあ、何でエヴァは素質があるって言われたのです?」
「さあ。あれ、何を感知しているのか、私にもわからないのよね。だから、適当だと思うわよ。血液型でも判定しているのかしら」
「血液型? ってなんです? 私達、皆赤色じゃないんですか?」
「ちょっと、話がずれちゃったから、それはまた今度ね。で、素質だけど。私やタカヒロから見たら、五人とも何も変わらないわよ」
「マオ様は治癒魔法が得意ですけど、それは素質ではないのですか?」
恵理子は、顔をしかめる。前世の記憶が役に立っているとは言えない。
「違う、と思うわよ」
「じゃあ、どうしてそんなに治癒魔法が……」
「昔、助けたい人がいた。でも助けられなかった。だから助けられる人は助けたい、そう強く願ったからかしら」
前世で研究センターをやめた後、年齢を気にしないで優香と一緒に看護学校に通った。その時の気持ちを思い出す。真央の、貴博の助けになれなかった。あの時の気持ちを。
「タカヒロ様もですか?」
「そうよ。私達、ずっと一緒にいるからね」
「じゃあ、私達も治癒魔導士になれるんですか?」
「私からしたら、魔導士に攻撃魔導士も治癒魔導士もいないわよ。どっちも魔導士。どっちに特化したいかは、それぞれ個人の考え方。ついでに言うと、ミリー達もだけど、騎士タイプか魔導士タイプかも考え方次第よ。後は、言ったでしょ」
「「イメージ力と、魔力操作力と、魔力量……」」
「そうよ。マロリー達だって、ヒールを使えるようになっているじゃない」
「でも、エヴァはたった一週間で」
「それは、環境が違うわ。エヴァは毎日のように、訓練中にあなた達が連発するヒールをさんざん見ているからよ。いい先輩がいるからじゃないかしら。それに、マロリーもルーリーも戦闘訓練も頑張って来たから、魔導士って言うよりは、戦う魔導士になっちゃってるでしょ。まるで私達みたい」
と、恵理子が笑う。
そのたとえがうれしかったのか、マロリーとルーリーが満面の笑みを浮かべ、お互いを見る。
「私達頑張ります」
「頑張ります」
「うんうん。その意気」
「これからどうするの?」
優香が代表の男に聞く。これから、というのは。
「ザリガニが繁殖しちゃって、肉は取れない、野菜も育てられない。病気になっても見てもらえない」
「……正直、どこかの街へ身を寄せたいんだけど、このありさまでは。それに、動けない者をほおってはおけないし」
「あ、さっきの病気の人がいるって件なら大丈夫だと思うよ。うちの妻が向かったしね」
「え?」
「うちの妻、治癒魔法が得意なんだよね」
「そ、そんな。私達、お金持っていなくて」
「気にしなくていいよ。うちの妻、病気でとか怪我でとか困っている人がいたら、すぐに治しちゃうから」
優香は笑う。
「この先にノーレライツ王国があるの知ってる?」
「はい。知っています」
男の言葉遣いが丁寧になる。食事をもらえ、病気を治してもらえ、しかも、今後の心配までしてくれる。
「そこは?」




