ザリガニの実害(優香と恵理子)
「魔法少女隊! しょうがないからバーベキューで」
「「「「……」」」」
リーシャのいいかげんな料理の指示に、魔法少女隊は固まる。
その前に、
「えっと、リーシャ、ザリガニ食べるの?」
優香が恐る恐る聞く。
「え? エビですよエビ。ロブスターです」
「ち、違うわよ。ザリガニとエビやロブスターは! それに、それを食べるなら泥抜きしなさい。火を通すのは正しいけど」
恵理子もうんうんと頷いている。
「えー、ほら、いい感じに焼けてきましたよ」
リーシャは恵理子の助言無視だ。それほどに食べたかったのか。
それに、魔法少女隊がザリガニに直火を当て続けている。
「はぁ、もういいわ。ミリー、ここで野営をしましょう。バーベキューも用意して」
恵理子が折れる。
「はい」
「優香様、恵理子様、右手がいいですか、左手がいいですか」
「「……」」
リーシャがはさみの部分を二人に勧めてくる。
「じゃあ、右手」
「左手」
リーシャは、はさみを乗せた皿を優香と恵理子に持ってきた。
一応、真っ赤に焼けており、それなりの香りも醸し出してはいる。
「えっと、これ、どうやって食べるの?」
「優香様ともあろうお方が。それでは僭越ながら」
シャキン!
リーシャがナイフを一閃した。
「「「「おー」」」」
その技に歓声が上がる。
「リーシャ、すごいね。ますます技が冴えてきたんじゃないの?」
「ありがとうございます。恵理子様も切ります?」
「いや、いい。自分でやる。そのナイフ、洗ってあるの?」
「きれいですよ」
リーシャは手に持ったナイフに舌を当てた。
「そんな世紀末みたいなことやめなさい」
「はーい」
「ミリー、包丁貸して」
恵理子は、ミリーから包丁を借りると、リーシャ同様にはさみを半分に切った。
半分に切れたはさみを開いてみると、中までちゃんと火が通っており、見た目もにおいもカニと言えばカニだ。
二人は、視線を合わせ、意を決してフォークを差し込み、身をそぐ。そして、口へといれた。
優香と恵理子は、口に身を含んだまま、驚いたかのように目を見開いて視線をお互いに再び合わせ、そして、ミリーに向かって言った。
「「塩ちょうだい」」
「もぐもぐ、リーシャ、今度から半分に切って、背ワタとか抜いて処理をしてから、塩コショウをして焼いて」
「はーい。優香様も気に入ってくれてうれしいです」
「うん。決して気に入っているわけではない」
優香は小声で、聞こえないように答える。
「ええ。イメージって大事よね。きっとこれ、調理の仕方次第ではおいしいんだと思うわ。でも、あの見た目」
恵理子もほおばりながら小声で答える。
優香も恵理子も湖を見ながらザリガニを食べている。すると、湖から現れる集団がどうしても目に入る。
「リーシャ、湖からお客さんが来ているよ。しかもいっぱい」
「はーい。行ってきます。ブリジット! 得意の鞭で一本釣りをお願い!」
「私の鞭は釣りのためにあるんじゃない」
「ひーひー言わすため?」
「違うわ!」
湖から巨大ザリガニが何匹も出てくる。
「よーしブリジット、どっちがたくさん水揚げするか競争ね」
「な、やってやる」
「よーい、どん!」
二人は湖に向かって走り出した。
「そんなにとっても食べられないから、おかえり願ってー」
恵理子の声が聞こえたか聞こえなかったかはわからない。
聞こえなかったのか、聞こえても勝負に夢中になっているのか、それすら謎だ。
「ほらミリー隊、さばけ―」
リーシャがミリー達に指示をする。
「こっちも、オリティエ隊、負けるな!」
ブリジットもオリティエ達に指示する。
そうして、山積みになるザリガニの食材。
「おーい、食べる分だけにしなさい。無駄な殺生はやめなさい」
「はーい」
「はい」
と、恵理子の声で勝負が終了し、二人ともザリガニを水揚げするのをやめた。
それでもまだ岸に上がってくるザリガニは、ネフェリとリピーが湖奥へと蹴り返した。
「私、二十一匹。ブリジットは二十でしょ? 私の勝ちね」
「ん? 何を寝ぼけたことを言っているんだ?」
「だって、私の方が一匹多いじゃない」
「オリティエ、そいつを持ってこい」
オリティエがザリガニを一匹持ってくる。そしてブリジットが言う。
「こいつは雌だ。見ろ、この腹を。子ロブスターがいっぱいついているだろう。この勝負は、何匹ロブスターを水揚げするか。リーシャ、お前がそう言ったな」
リーシャが冷や汗をかく。
「私の圧倒的勝利だ!」
ブリジットが勝ちを宣言する。
そして、ついにリーシャが膝と手を地面についた。
「ま、負けた」
「おーい、ブリジット、子ザリガニは返してあげなさい」
「はい、恵理子様」
「それにしても、このザリガニ、どうするの?」
「タロとジロがおなかいっぱい食べても余るんじゃないかしら」
「エビって、保存効くの?」
「んー、せんべい?」
「あ、それいいかも。せんべいを焼く道具がないけど」
「今度、どこかで鍛冶屋があったら、作ってもらいましょう」
「ザリガニが獲れたらね」
「普通のエビがいいわ。そう言われると」
恵理子がげんなりする。
「ところで」
「うん。どうしようか」
優香と恵理子が森を見て悩む。
「無害だと思うんだけど、話を聞いてみる?」
「そうだね。ヴェルダ、メリッサ」
「「はい」」
「ちょっと悪いんだけど、あそこらへんで隠れている人達、連れて来てくれない?」
「「承知しました」」
優香と恵理子が塩をかけながらザリガニを食べていると、ぞろぞろと薄汚れた服を着た男達五人が両手を上げて近づいてきた。その後ろには、ナイフをかまえたヴェルダとメリッサがいる。
「もぐもぐ。えっと、隠れて見ていたみたいだけど、何の用?」
男達は、答えない。代わりに視線とおなかが答える。
グー
優香と恵理子は、その視線が自分達の食べているザリガニに向いていることを察する。
「ミリー、この人達にザリガニを」
「はーい、ロブスターですね。今お持ちします」
「ちっ、まだロブスターと言い張るか」
優香は聞こえないように毒づく。
ミリーとリシェル、ローデリカがザリガニが乗った皿と塩を持ってくる。
「はい、どうぞ」
男達一人一人に皿を渡す。
男の一人がようやく声を出す。
「えっと、これ、食べていいのか?」
「ん? おなかすいているんじゃないの? 冷める前に食べたら? 冷めたらにおいが気になるかもよ?」
「すまない。恩に着る」
そう言って、男達はフォークでザリガニ肉を口に運んだ。
「ミリー、お代わりも持ってきてあげて」
男達は、何度かお代わりをすると、おなかが一杯になったようだった。
「で、どうしたの?」
「まず、食事をありがとう。実は、動物性たんぱく質に飢えていたんだ。正しくは、飢えているんだ」
「何で? その恰好もだけど、訳あり?」
男達は、薄汚れた服にナイフや剣を携えている。
「俺達は、この湖の上流に集落をつくって暮らしている。森に入れば魔物が、湖には魚がいたし、この湖の水を使って畑も作れたからな」
「過去形?」
「ああ、ここ数か月だが、この湖にこのでかいロブスターが増えてな」
こいつらもロブスターと言い張るか。
「それで、この湖の魚を食い尽くしてしまったんだ。それで、このロブスターが次にとった行動は、陸に上がることだ。陸に上がって、魔物を追い始めたんだ。おかげで、魔物も取れなくなってしまった。さらには、畑の野菜まで食うようになってしまい。我らは、森に生えている植物くらいしか食べるものがなくなってしまったんだ」




