人はそれをザリガニと言う(優香と恵理子)
三人の動きはパターン化され、何とかホーンベアを抑えることが出来た。だが、決定打が足りない。
それは、上から見ていたリシェルとローデリカも気づいていることだ。
しかたないな、リシェルは、エヴァに声をかける。
「エヴァ、あんた今日、勝負パンツ履いているでしょう。真っ赤なやつ。フリフリがついてかわいい奴。このままじゃ、熊にすら見せることなくやられちゃうよ!」
「な?」
突然、履いているパンツのことをばらされてエヴァは顔が赤くなる。
「え、赤のフリフリ?」
「勝負パンツ?」
オッキーとマティが気を取られてしまう。
それを見逃すホーンベアじゃない。
「うわっ」
「うげっ」
オッキーとマティがはじき飛ばされる。
エヴァはというと、杖を前に突き出し、そして、
「リシェルと、ローデリカの、馬鹿―!」
と、アイスランスを撃ちこんだ。怒りに任せた全魔力を使ったアイスランスを。
スピードも回転も乗せたそのアイスランスは、ホーンベアに直撃し、その胸を突き抜け、そして、森の中へと消えて行った。
ズドドドド!
と、音を立てて。
「いたたたた」
オッキーとマティが何とか起き上がる。しかし、逆にエヴァがパタンと倒れてしまう。エヴァは魔力切れだ。
そこへ、リシェルとローデリカが木から降りてくる。
「はい。お疲れさん。最初にしては上出来じゃないかな」
「そうね。ちゃんと役割分担もできていたしね」
「でも、エヴァが」
「魔力切れで寝ているんでしょ。ちょっと寝かしておきましょ。私達のこと、馬鹿って叫んだし」
「おかげであんな威力のアイスランスを撃てたんだし、感謝して欲しいわ」
リシェルとローデリカが笑う。
「さてさて、ぼーっとしている暇はないわよ。肉はほっとくと悪くなるんだから。ほらほら、解体作業を始めるわよ」
オッキーとマティは解体作業をいつもやっている。すっかり慣れた。ホーンベアは初めてだったが。
しばらく解体作業をしていると、ミリー隊が手伝いに来た。
「ブリジット様が手伝いに行けと」
「助かるわ。ちょっと量が多かったのよね……ブリジット様?」
なぜ、ブリジットが……。と、リシェルは疑問に思う。
「ま、みんなでやってしまいましょう」
ミリー隊はそれ以上説明せず、解体を行っていった。
「エヴァ、起きて」
「ん、んん」
エヴァが目を覚ます。どうやら背負われていたらしい。
声をかけてきたのは右を歩いているリシェルだ。
背負っているのは……オッキーだった。
「エヴァ、寝起きで悪いけど、今日の講評ね。まず、自分達の有利な戦闘条件に持っていけたこと。花丸です」
リシェルがエヴァをなでなでする。
「後ろから前衛の二人に適切な指示をできたこと。これも花丸です」
左からローデリカがなでなでする。
「それから、魔法での牽制もよくできました」
リシェルがなでる。
「最後にホーンベアを倒したアイスランスの威力もよかった」
ローデリカがなでる。
「だけどね、二人が吹っ飛ばされた後だったからいいけど、ああいう大技はちゃんと合図をしてから撃つこと」
ゴチン、とリシェルがおでこにこぶしを当てる。
「それから、誰が自然破壊をしろと?」
ゴチン、とローデリカがおでこにこぶしを当てる。
「自然破壊?」
心当りのないエヴァがローデリカに聞く。
「そうよ。あのアイスランス、熊を突き抜けた後、三十メートルも木々を倒しながら飛んで行ったんだから」
「そうでしたか」
「ちゃんと、威力を調整して撃てるようになろうね」
「はい……」
「あと最後。ちゃんと勝負パンツを履いて来て偉かった」
リシェルとローデリカがなでなでする。
エヴァの顔が真っ赤になる。
「リーシェールー、ローデリカ―! いつ見たんですか!」
「だって、エヴァったら、緊張しすぎて、スカートめくっても気が付かないんだもの」
ローデリカが白状する。
「エヴァ、魔導士志望だからって、戦闘がないわけじゃないんだから、ペチパンツ履きなさい」
リシェルが助言する。
「はい……」
エヴァは顔を赤らめたまま、オッキーの肩に顔をうずめた。
あははははは。笑いが広がる。
「今日は、エヴァが倒した熊肉のご飯だよー」
馬車は進む。森の中を南に向かって。
「オッキー、一応ここ、街道なんだよね?」
景色が変わらないことに、優香がオッキーに一応の確認をする。
「はい。そうですが」
「人通りがないよね」
「途中に街がないのと、森が深いし川も超えないとですし、普通の旅人や商人が行くには過酷な道なのです。そもそも、この道の先はサザンナイトですから、あまり交易もありませんし」
「そっか。じゃあ、自然を堪能しながらの旅になるのね」
「そうなるかと思います」
何日間も変わらない景色を堪能しながら移動を続ける。
休むごとに、魔物を狩って素材集めをする。
すると何が起こるか。
「今日も焼肉?」
「仕方ないでしょ。食べないと腐るのよ」
「冷凍保存は?」
「冷凍庫はもう一杯なの」
「アイスランスの上に置いておけばいいじゃない」
「溶けたらびたびたになっちゃうの」
「じゃあ、いっそのこと干そう。ジャーキーです」
「塩が、塩がもったいないから」
「あー、魚が食べたい」
こんな感じで孤高の野良猫が魚を食べたがる。
さらに数日の移動を経て、ようやく森が開けた。
そこに現れたのは、念願の湖だった。
「さーかーなー!」
と言って飛び出すのはリーシャ。
「あの子、猫人族じゃないのに、猫みたいになっちゃって」
優香がリーシャの背中を視線で追う。そして優香の言に、恵理子も同意する。
「名は体を表すとは言うけど、リーシャの場合、体が心を変えちゃったのね」
「まあ、あの格好が気に入っているんだから、仕方がないのかも」
その猫耳に猫しっぽまでつけたメイドは、湖のほとりに立ち、水の中を見つめる。
そして、おもむろに手刀をかまえると、
バシュ!
と、水の中に手を突っ込んだ。
「見てみてー」
その手に握られたもの…。
リーシャは手に獲物を握って、優香達の方を向いて振り回す。
「リーシャ、それ、魚じゃなくて、ザリガニじゃん!」
優香が目を丸くする。
「違いますよ。ロブスターです、エビですよエビ」
「リーシャが食べたかったの、魚じゃなかったの?」
「とりあえず、肉じゃない動物性たんぱく質なら何でもいいです!」
「え、それ、食べるの?…………」
そこまで言って、優香も恵理子も、ミリー達も皆、リーシャの背後に迫る、それを見て固まる。
「り、リーシャ……」
優香がリーシャの後ろを指さす。
「ん?」
リーシャが振り向くと、それがいた。大きなはさみを振り上げて。
「うにゃー!」
リーシャに向かって振り下ろされるはさみ。
だが、リーシャは思わずそのはさみをつかむと同時に、巨大ザリガニの下に滑りこみ、ともえ投げの要領で陸に向かって投げ飛ばした。
「ミリー、鍋!」
寝転がったままリーシャがミリーに指示を出す。
「え? 鍋?」
ミリーが慌てて、巨大鍋を用意する。
が、二メートルもありそうなザリガニが入るような鍋はない。
「アリーゼ、火!」
だが、用意するものはしないといけない。ミリーはアリーゼにも指示を出す。
「火? 火、火、どこへ?」
「マロリー、ルーリー、土魔法で竈!」
「「はい!」」
マロリーとルーリーが土魔法を作って竈を作り、そこへアリーゼが火をつける。
ミリーが鍋を置いて、ナディアが水を鍋にはった。
そこへ、巨大ザリガニが、
バッシャーン!
と落ちた。
「あら、鍋に入らないじゃん」
「「「……」」」
ミリー達は鍋から吹き飛んだ水でびしょびしょになる。
沸騰していなくてよかった。




