オッキーの忘れ物と旅立ち(優香と恵理子)
優香とオキストロの声がはもる。
「お父様! 何をおっしゃっているのですか? 私はいらない子ですか? 確かに弟ができたところではありますが、私は王位など興味はありません」
「そうではない。私もいろいろと考えたことだ。お前は強くなりたかったのではないか? あの者達の指導を受けてきたらどうだ?」
「お父様、いやです。あんな鞭をふるう女王様って自称するような人に指導を受けるなんて」
ブリジットが顔を赤くしてうつむく。リーシャが声を押さえて笑う。
さらには、国王を始め、騎士や魔導士たちも顔を赤らめる。
それに気づいたオキストロも顔を赤くし、声を上げる。
「そうじゃなくって、とにかくです。私はこの国のために強くなりたいのです。この国でこの国を守りたいのです」
「だからこそ、あの者達について行け。国の守り方は一つではない」
国王は優香達の方を向き、
「そうだろう、ドラゴン族を従えし勇者タカヒロ、そしてマオ。それに、マティルダ王女」
マティが目を見開いて驚く。
なんだ、知っているんじゃん。という顔をする優香と恵理子。
「オッキー、聞きなさい」
オッキーって……
「あの者達は強い。ドラゴン族を従えるまでにな。おそらく、我が国など簡単に滅ぶ。それに、指導者としても優秀。お前は年下に一撃で倒されたのだろう? 二人に師事すれば、お前はもっともっと強くなれる。そう思わんか?」
「お父様、確かにそれはそうかもしれませんが」
「それに、なぜマティルダ王女がそこにいるかわかるか?」
「まさか……」
「ま、みなまで言わん。我が国のため、行ってくれんか?」
「……はい、お父様」
「あの」
優香が発言する。
「いやいや来てもらう必要ないんだけど。っていうか、その願いを聞くってまだ言っていないし、むしろ、そういう状況なら断るけど?」
「いや、連れて行ってくれ。オッキーも納得している」
「……はぁ」
優香はため息をつく。
「条件、というか、私達には私達のルールがある。それを守ってもらいたい。でなければ連れて行けない」
「それは難しいことなのか?」
「いや」
そこにリーシャが再び割って入る。
「猫耳をつけること!」
バシン!
恵理子がリーシャの頭をはたく。
リーシャは、ブリジットも猫耳をつけなくなり、また自分一人になってしまったことに納得いっていない。ようは、仲間が欲しい。
「猫耳ですか? それが条件であれば、か、か、かわいいですし……」
「いや、それはどうでもいい」
「どうでもいい?」
バシン!
声を上げたリーシャが再びはたかれる。
「私達のパーティに入るということ、それは、私達の家族になるということ。お互いに尊重し合い、助け合ってほしい。それを約束して欲しい」
「家族? もしかして、私にお兄様ができるということですか?」
オッキーが顔を赤らめ、その頬を両手で抑える。
ギン!
殺気がオッキーを襲う。
「ヒィッ!」
赤らめた顔が一瞬で青ざめる。
「も、もちろんお姉様方や妹達が同時にできるのもうれしいですわ」
「話はまとまったようだな。娘を頼む。それで、いつこの街を発つのだ?」
「馬車の改造をまた頼まないといけないから、一週間くらいでしょうか」
「そうか。その間に、冒険者パーティクサナギがこの国で自由に動けるように触れを出しておく。それから、オッキーを預かってもらう対価だが」
「不要です。働いてもらいますから」
「え?」
「当然よ。言ってみなさい、「おかえりなさいませご主人様」って。ほら」
バシン!
リーシャがまた頭を押さえる。
「まさか、メイド? そういえば、私と試合をしたヴェルダ、さんとメリッサさんはメイド服を着ていて……」
「ということで、私達は一週間の間、宿に滞在していますから」
優香はそろそろお暇しようかと考える。
「いや、城に来い。オッキーの家族なら私の家族だ。問題ない。ついでに息子になってもらっても構わない」
「「……」」
「そういえば、オッキー、王女ってことは婚約者は?」
これに答えたのは国王だ。
「いない。女王になる可能性があったからな。他国から夫となるものを迎えるつもりだった。だが、弟が生まれたからな、タカヒロ、お前が娶ってくれても問題ない」
「僕には妻がいますから」
そう言って恵理子の肩を抱く。
「まあ、一人に絞ることもあるまい。おいおい考えろ。後のことは、宰相に頼んでおく。このまま城にいろ」
そう言って、国王は退出してしまった。
こうして謁見は終了となる。
「ミリー、悪いんだけど、馬車をまたキザクラ商会に出してくれる? ベッドを増やしてって」
優香はメンバーに指示を飛ばしていく。
「承知しました」
「それから、リシェル、ローデリカ、オッキーをキザクラ商会に連れて行って、一通りそろえて来て」
「承知しました」
「オッキー、行くよ」
ローデリカがオッキーに声をかける。
「オッキー……」
オッキー呼びされたことに戸惑うオッキー。
「私達もう家族なんでしょ。私はローデリカ、こっちはリシェル。ちゃんと呼び捨てにしなさいよ。でも、一応、私達の方がお姉ちゃんなんだからね」
「はい、ローデリカ」
優香はオリティエにも指示する。
「オリティエはみんなを連れて、宿を引き上げて来て」
「承知しました。みんな、行くよ」
「「「はーい」」」
「それではお部屋へご案内いたします」
宰相が優香と恵理子達に声をかけてくる。が、それに待ったをかける者達。
「勇者様、我々に稽古をつけていただけませんか?」
「いや、我々に魔法の指導を」
「待ってください」
マティが待ったをかける。
「それは、この国の騎士や魔導士たちを強くするということですよね?」
「それが何か?」
騎士団長がマティに聞く。
「他の国の脅威に……」
すでにマティがアストレイアの王女であることはばらされてしまっている。
「何が問題なのですか? 我々の剣は先ほど陛下が言ったように自衛の剣です。我々が強くなりたいのは、抑止力となるためです。侵略するためではありませんが」
そう言われるとマティは何も言えなくなる。
「条件があるわ」
恵理子が声を上げる。
「あの、非人道的な治癒魔法の授業をやめなさい。私達はあなた達の国の政策に口を出すことはしない。だけど、非人道的なことを許すわけじゃない。それがたとえ罪人であってもね」
「ですが、あれが一番効率の良い、実践的な授業で」
マーベラスが口を挟んでくる。
「確かに効率はいいかもしれない。そこまで効率的じゃないかもしれないけど、方法はそれなりに教えるから」
「わかりました。そのようにしたいと思いますのでどうかご指導を」
魔導士団長が頭を下げてきた。この日から治癒魔法の実習は食材に変わった。この国における医食同源の始まりである。
「それじゃ、僕とブリジット、ネフェリとリピーは騎士団の方へ。マオとリーシャ、アクアは魔導士団の方ね。ただし、ネフェリとリピー、アクアは見学で。絶対にダメだよ。特にアクア」
「はーい」
この日から一週間、騎士団は訓練場でぼこぼこにされた。しかもミリー達に。一部の騎士がブリジットに教わろうと、鎧を脱ぎ捨てていた。ブリジットが鞭を鳴らしたせいだ。
魔導士団は学園の講義棟で恵理子の授業を受けた。魔法の授業と言っても、クサナギのメンバーに教えていることのさわりの部分だけだ。それでも、発動時間が短くなったり、威力が上がったりと感謝された。
一週間が経ち、出発する日。
「お父様、それでは行ってきます」
カーテシーで挨拶をするメイド服を着たオッキー。頭には猫耳ではなくプリムが乗っている。
国王は若干引いているが、それでもオッキーを抱きしめ、
「行ってこい。そして強くなれ」
そう言って娘を送り出した。
オッキーは、クサナギに入ることが決まったその日に騎士高等学園を自主退学し、一週間の間、ヴェルダとメリッサにぼこぼこにされた。当然、ファイトアンドヒールである。学園に通うより絶対に強くなれる、そう確信した一週間だった。
「それじゃ、行こうか」
優香が声をかけ、王城を後にした。
通りを進むその途中でオッキーが優香にお願いをする。
「あの、騎士高等学園に寄っていただけませんか?」
「ん? 忘れ物?」
「はい。忘れ物と言えば忘れ物です」
「わかった。ミリー、お願い」
「はい」
馬車は騎士高等学園へと向かう。
高等学園へ着くと、オッキーは訓練場へと向かう。そして、
「ヘイマン! 私と試合をしろ」
そう、声を上げた。
そこへヘイマンがやってくる。
「あ? 俺にかなわなくて自主退学したオキストロちゃんが俺に何の用? しかも、そのメイド服、なに? かわいいじゃん。王女殿下、首になった? うちで雇おうか?」
ヘイマンは、オッキーの顔を下から眺めるようにいやらしい目で見る。
「私はこの学園を退学した身だが、一番強いということを証明してから旅に出る」
「旅に出る? 逃げ出すの間違いじゃないのか?」
「この一週間、地獄のような訓練を積んできた。この学園の授業が子供の遊びのように思えるほどの訓練をな」
「いいぜ、かかってきな」
ヘイマンは剣をかまえる。
同じくオッキーも剣をかまえる。ただし、下段。
「それじゃ、行くぜ!」
ヘイマンが剣を振りかざす。
それをオッキーが下から迎え撃ち、つばぜり合いとなる。
「へー、お前も一度は受けることにしたのか? で、次は逃げ出すと」
「いや、こんなに軽かったんだな、お前の剣」
「な、すぐにひれ伏せさせてみせるわ」
両者がいったん間を置き、再び距離をつめる。が、直線的なヘイマンに対し、オッキーがステップを踏む。そして、すれ違いざまにヘイマンの胴に剣を叩き込んだ。
「ぐはっ!」
ヘイマンが崩れ落ちる。模擬剣で切れないとはいえ、痛いものは痛い。
「あなたの剣、遅すぎるわ」
オッキーはヘイマンに背を向けた。
「タカヒロ様、ありがとうございました。忘れ物を回収できました」
「うん。いい動きだったよ」
「ありがとうございます。これからも精進します」
クサナギの剣はスピード重視。それをこの一週間叩き込まれた。ノーレライツの騎士の剣とはちょっと型が異なるかもしれないが、実践的だ。まあ、騎士団も優香達に稽古をつけてもらっていたから、そう変わっていくかもしれない。
「さあ、行こうか」
優香がオッキーに声をかける。
「はい」
こうして、憂いなくオッキーは学園を去った。




