調子に乗ってしまうアリーゼと災難にあうミリー(優香と恵理子)
恵理子達は、優香達と同様に、マーベラスに学園内を案内される。
通りがかる教室では、当然ながら魔法についての授業が行われていた。
それを横目に歩いて行く。
「治癒魔法に適性があるのは、君だったね。名前は?」
「エヴァです」
「エヴァ、これから、特別授業を見に行こうではないか。我が国の治癒魔導士のレベルが高い理由がわかると思うぞ」
マーベラスは階段を下りて、地下へと向かった。
そして、石の壁でできた薄暗い教室に入る。そこには、異様な雰囲気が広がっていた。
教室には五人の生徒がおり、一人一人の横には診察台のようなベッドがあった。そのベッドには、薄汚れた服を着て、奴隷の首輪をつけた男、もしくは女が仰向けに寝かされて拘束されていた。教師と思われる男が生徒に声をかける。
「それでは、今日は切り傷について勉強してみましょうか。皆さん、ナイフを持ってください」
すると、拘束されていた男も女も叫びだす。
「やめろ」
「お願い、やめて」
「助けてくれ」
恵理子達は、これから何が起こるのかを察し、寒気をもよおす。
「学園長、もしかして、あの奴隷の首輪をつけている者を実際に傷つけ、それを治すという授業ですか?」
「その通りだとも。一人に一体のサンプルが提供される。それを傷つけたり破壊したりして、その様子を観察する。そして、それを治癒魔法で治すのだ。実践的だろう? 治癒魔導士候補は少なくてな。人数が少ないおかげで逆に高レベルな授業を受けることが出来る。これによって我が国の治癒魔導士は皆、高レベルの治癒魔法が使えるようになるのだ」
これ、私でよかった。優香だったら、学園ごと破壊しているかもね。恵理子はそう思う。が、見ていたいものではない。
「学園長。授業の内容は理解しましたから、上へと戻りましょう」
「そうか。わかってくれたか。エヴァ、君もここで学べば、優秀な治癒魔導士になれるぞ」
そう言って、マーベラスは上へ登る階段へと向かった。
次に訪れたのは、魔法の訓練場だった。
「ここでは、攻撃魔法について学ぶ。まあ、見ていなさい」
そこには、的に向かって魔法を撃ちこむ生徒達がいた。
「火の精霊よ……」
「水の精霊よ……」
それを見て、恵理子が学園長に聞く。
「あの、学園長。魔法の詠唱をしないで撃てる生徒はどのくらいいるのですか?」
「そこまでになるのは、全体の一割ほどだな。そうなると、王国魔導士として推薦される。詠唱をする者でも、なるべく早く撃てるよう、訓練を重ねるのだ」
マーベラスは、訓練場を歩いて行く。
「エヴァ、あの的に向かって攻撃魔法を撃てるかい?」
マーベラスがエヴァに聞く。
「えっと、アイスランスでよろしいでしょうか」
エヴァは先日覚えたばかりの魔法を撃ってみようと思う。
「アイスランス? 氷の槍を撃つのか? やってみなさい」
そう言われて、エヴァは、腕を上へと伸ばし、手のひらを空に向ける。
恵理子が、「あっ」と声を上げるが、遅い。
「アイスランス!」
エヴァは無詠唱でアイスランスを放った。
ドォン!
エヴァのアイスランスが的を吹き飛ばす。
「何という威力。しかも、無詠唱だと?」
マーベラスが驚いているのと同じく、周りでファイアボールやウォーターボールを的に向かって撃っていた生徒達も声を失ってエヴァを見ている。
しかし、当のエヴァはふらりと倒れてしまう。それをリーシャが寄り添って支える。
「他の三人もまさか無詠唱で?」
マーベラスが恵理子に聞いてくる。
アリーゼとナディア、そしてアクアが恵理子を見てくるので、恵理子は、無言でうなずく。
すると、アリーゼとナディアもエヴァと同じくアイスランスを無詠唱で的に撃ちこむ。
しかし、空気を読まない高位精霊様のアクア。
無詠唱で、かつ、数十のアイスランスを的に向かって撃ちこんだ。もちろん、すべてアクアの周りにいる中位、低位精霊が、だが。
ドッゴーーーーーーン!
学園長が、そして、そこにいた教師が、全生徒が、アクアのそれを見た者すべてが声を上げることもできずに固まった。
アクアは、どや顔をしている。
一方の恵理子は、顔に手を当ててうつむく。
これに対抗心を燃やすのがアリーゼ。
「じゃあ、私も!」
と言って、両手を前に伸ばして手のひらを的に向ける。
「アイスラーンス!」
と、アリーゼが声を上げると、左右の手のひらから、合わせて十ものアイスランスが交互に飛び出した。
ズドドドドドドド……
「アリーゼ、待って待って!」
恵理子がアリーゼを止める。
すでに的だけでなく、それを囲っていた塀まで吹き飛んでいる。
恵理子は、はぁ、とため息をついて、マーベラスに言う。
「あの、ここにはうちの子達が学ぶべきことがなさそうでした。ですので、帰りますね」
マーベラスが聞いていたかどうかはわからないが、恵理子達は、そそくさと学園を後にした。修繕費を要求されなければいいな、と、思いながら。
そのころ、宿屋では、ミリー達が災難にあっていた。
「君達が冒険者パーティクサナギのプラチナランク冒険者兼メイドか?」
宿を訪れた数十人の騎士を代表して、他の騎士より豪華な鎧をまとった一人の騎士、王国騎士団の団長の一人がミリーに聞く。
「ええ、そうですが、何か御用です?」
「もし本当にプラチナランクとしての実力があるのであれば、我が国にとどまり、我が国王に忠誠を誓い、我が国のために働いてもらいたい」
「あの、お言葉ではございますが、私どもは勇者様に仕えるメイドでございます。勇者様以外に主を持とうとは思っておりません。ですので、お引き取りを」
「この街を見てわかるだろう。我が国は豊かである。この国に仕えることで、いい生活も約束されるのだぞ?」
「いえ、勇者様に仕えることが私達の喜びですので、お引き取りを」
ミリーがしつこく帰れと言う。しかし、騎士団長は引き下がらない。
「では、そのプラチナランクの実力を見せてもらおうか。我が国の騎士団との差を実感すれば、この国に残りたくなるのではないか?」
騎士団長は、腰に下げていた剣を抜く。
「はぁ」
ミリーはため息をつく。
「あの、私ども、主人の許可なく弱い者を傷つけてはいけないことになっておりまして」
騎士達がこめかみをぴくつかせる。
「我らが弱いと?」
「えっと、あなた方が言う強いって、どういうことでしょうか」
「貴様、剣を抜け」
「……」
ミリーはどうしたものかと考える。仕方ない。
「オリティエ、お玉を」
「え、お玉じゃ軽くない?」
「ま、大丈夫でしょう」
「わかったわよ」
そう言って、オリティエはお玉二つをミリーに渡す。
「貴様、なめているのか?」
「いいから、来なさいって」
ミリーは左のお玉を肩に担ぎ、右のお玉を騎士団長に向けてくいくいと手首で振り上げる。恵理子の真似、というか、奥様拳のあおりのポーズである。




