初めての……(優香と恵理子)
声をかけられる。
気配は全くなかった。
こんなところに声をかけてくる者がいるとも思わなかった。
二人は、振り向き剣に手をかける。
ケルベロス達も体を低くして身構える。
そこには赤の長いストレートの髪、同じく赤のワンピース、日焼けした女性が岩に座っていた。
「こちらに敵意はない。ただ、確認したかっただけだ。主らは十五年くらい前から、西に住む者か?」
優香と恵理子は剣から手を離し、
「はい。そうです。これから東へと旅に出るところです」
「ということは、もうあの地では住まぬのか?」
「いずれ戻ることはあるかもしれませんが、しばらくは人探しの旅なので、すぐには戻るつもりはありません」
「そうか。相分かった。この数年、ワイバーンが騒いでおってな。実害がないからほおっておくように言いつけておいたが。これでまた静かになるな」
「どういうことですか?」
「誰だって、自分より強いものが近くに引っ越してこれば、身構えるだろうよ。それがワイバーンであってもな」
女性は笑う。
「そっちの斜面にもワイバーンの巣がある。同じように気配を消して言ってくれると助かる」
「わかりました」
「では、達者でな」
と言って、女性は消えた。
「「……」」
「今のは?」
「わからない。誰だったのかしら」
「あの人は、こういってはいけないかもしれないけど、母様達並みに強そう。母様クラスのレベルしか知らないけど、あの人は、人の域を超えている」
「もしかして、おひりめ母様達と同じくらい?」
「そういえば雰囲気が……。そうか。あれがこの世界のドラゴンか」
「ねえ、私達、こはる母様に教えていただいたわよね」
「そうか、こはる母様もドラゴンだったっけ。だけど、こはる母様はまったく強さの片りんを見せてくれなかった。見た目はまったく強そうに見えないのに。私達は、ドラゴンが強いことは知っていても、どれくらい強いのかは、想像もつけられないんだね」
「いずれにしろ、ドラゴンとは戦わないようにしましょう」
「それがいいね」
二人は勘違いをしている。師と仰いだリーゼロッテは、確かに元の世界で人類最強と言われた。だが、今はグレイスにより、天使となっている。よって、現在ではさらに強さを増している。ソフィリアやこはるも同じ。その前に指導してくれたジェシカ達でさえ。優香と恵理子はその天使達から教えを受けた。そんな二人が弱いわけがない。
ただし、強者しか知らない。自分たちは最弱なのだ。
二人と二頭は、山脈を下り始める。
ワイバーンを刺激しないように。
山の麓まで降り、森の開けた場所を見つけて野営をする。同じように食料調達はヨーゼフとラッシーだ。
「野菜……」
優香がつぶやく。
「そうよね。あの子達、肉しかとってこないし。薬草を煮る?」
「そうだね。そうしようか」
翌日から、二人は二頭に乗って移動する。途中、食材を集めながら。幸いにも果物の類は見つけることが出来た。
二日、三日、日にちが過ぎていく。
山脈を超えて四日目。
二人は、森の中の少し開けたところで、昼食をとるために休憩をする。
いつものように火を焚き、ヨーゼフ達がとってきてくれた肉を焼いて食べた。
「ヨーゼフ達に乗って、結構なスピードで走っていると思うんだけど」
「そうよね。そろそろ、森が切れてくれてもよさそうなんだけど」
二人はそれぞれヨーゼフとラッシーをなでながら話をしている。
ふいに、ヨーゼフとラッシーが森の東側を向く。三つの頭が三つとも同じ方向を見て、耳を立てている。
「ヨーゼフ、ラッシー、しっ」
と、優香が小声で指示をする。
「ヨーゼフ、ラッシー、ちょっと後ろへ行って気配を消して隠れてて」
「「……」」
二頭は、不満そうにそろそろと森の中へ入っていく。
優香と恵理子は、やってくる人物、というか人達に気づかないふりをする。
煙を出して火を焚いているのだ。見つかってもおかしくはない。確かに。
しばらくすると、二人が休んでいた開けた空間に一人の男が入って来る。
見た目、騎士とは言えない、薄汚れた格好。冒険者なのか。それともこの世界の一般の人はこういう格好をしているのか。
二人が、やってきた男を凝視していると、男の方から声がかかる。
「なあ、そこの僕ちゃんと嬢ちゃん、こんなところで休憩かい?」
男は、二人を男女だと判断した。優香は仮面をつけており、顔が見えない。しかも、髪は短く切られており、かつ仮面によって前髪は跳ね上がっている。充分、男と判断されるに足る髪型になっている。
「……はい」
ここは男として優香が答える。
「見たところ、新人さんかな、初々しいね。でも、この辺り、魔物が出るだろう?」
「まあ、ええ」
「逃げちゃった方がいいんじゃないかい。金目のものとその嬢ちゃんを置いて」
「え? マオを置いて行けるわけがないだろう」
「その子、マオって言うのかい。かわいいねぇ。魔物に襲われたら、目も当てられないんじゃないか? どうだい。おじさんがその子を守ってあげるよ。だから、一人で逃げな」
「おじさんが、マオを守ってくれるって? それでどうするんだ?」
「おじさんか。まあいいや、そりゃ、俺らのパーティに入れてやるさ。夜のな。なあ、嬢ちゃん、一緒に夜の活動をいそしもう。楽しいぜ?」
優香と恵理子の背中に寒気が走る。
前世であっても、そんな気持ち悪いことを言うのは、小説やドラマの中だけだった。実際にニュースになることがあり、そんな奴らがいたことは否定しない。
だが、自分の目の前に出てくるとは思わなかった。
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い……
二人は、自分の両腕で自分を抱きしめ、寒気に耐える。
「ほら、まだ春だし寒いだろう。俺らが温めてやるよ、代わる代わるな。だから、嬢ちゃん、こっちへ来いよ」
と、男は、手を伸ばしながら近づいてくる。
優香は意を決して恵理子を抱きしめる。
「なんだ、別れの挨拶か? 早めに終わらせろな」
優香は恵理子の耳元でささやく。
「恵理子」
前世の名前で。
恵理子は目を見開く。
「恵理子、私、こんな奴らがいることが気持ち悪い。でも、私達は人を殺してはいけないと殺すことにためらいを持ってる。でも、パパは言った。この世界、殺さなければ殺されるかもしれない。だから、私、ここで人を殺してしまうかもしれない。殺人者になってしまうかもしれない。それが怖い。でも、私達は目的がある。ここで殺人者になってしまっても、私、絶対恵理子のこと守る。だから、お願い。私が殺人者になっても、嫌わないで」
優香は、覚悟を決め、涙を流す。
自分達は最弱。どれくらい戦えるかわからない。しかも、すでに囲まれている。逃げられない。
「優香、優香は私が守る。もし、優香が人を殺してしまって殺人者になっても、それは、私と一緒にしたこと。だから、その時は私も殺人者。もちろん、逆もそう。私達は一心同体。私は絶対に優香を嫌いにならない。優香を尊敬している。だから、もし、罪を負うことがあったら二人で負う。私達には譲れない目標がある。目的がある。絶対に生きる。だから、二人でやろう」
「うん。恵理子、ありがとう。それじゃ、私も覚悟を決める。やるよ」
「はい!」
最後に強く抱きしめあい、二人は離れる。




