駄々っ子アクアとエヴァンジェリン・キリル(優香と恵理子)
アクアと名付けられた高位精霊は、ディーネが消えた空間を見つめている。
「ねえ、終わったの? これでいいのかしら」
恵理子が優香に聞く。
「うん。多分。幕引きって言っていたから、これで開放しれくれるんじゃないかな」
「それにしても、ディーネ義母様、ちょうどいいタイミングで来たわよね」
「って言うか、もっと早く来てほしかったけど」
「ま、言っても仕方ないわ。帰りましょうか」
優香が未だに呆けているアクアに声をかける。
「おーい、精霊様!」
アクアは微動だにしない。
「おーい、精霊様、帰るけどいいの? もう、僕ら殺されないよね?」
アクアは未だにディーネに祝福されたことの喜びに浸っている。
優香は、スゥっと息を吸い込み、
「アクア!」
と、叫んだ。
アクアは、ビクッと体を震わせたかと思うと、優香の方へスライドして移動してくる。
「今、なんて言った?」
「もう帰るよって」
「その後」
「僕ら殺されないよね?」
「その後」
「アクア」
高位精霊の名を呼んだことを告げると、
「んんー! もう一回呼んで!」
優香はその豹変ぶりに驚愕する。アクアは、目を細めて頬を染め、その頬に両手を沿えてうれしそうにする。実際に浮いてはいるが、浮足立っているとはこのことだと、優香は思った。
「アクア!」
アクアは嬉しそうにくるくる回る。
「そう。私の名前はアクア。今日、大精霊ディーネ様にいただいた名前! きゃっ!」
優香は思う。高位精霊が呼び捨てにされたのに、気にしていないのか? と。
「ねえアクア、確認なんだけど」
「なーに?」
「僕ら、もうアクアに狙われないってことでいい?」
「ん? こんな幸せを感じてるのに、そんなこともうしないわよ」
「あの卵を盗んだ商人たちは?」
「ディーネ様が役割を与えたでしょ? だから、何もできないわ」
アクアは、嬉しそうに答える。眷属を殺されたことに怒り狂っていたあの高位精霊はどこへ行った。と、優香は思う。ま、いいか。
「アクア、それじゃ、僕らは帰るね」
そう、優香は踵を返す。
すると、その袖が引かれる。
優香は不審に思って振り返ると、そこには打って変わって、泣きそうな表情をしているアクアがいた。
「アクア、どうしたの?」
「あの、帰っちゃうの?」
「何でよ。帰るよ」
「あなた達が帰っちゃったら、誰が私の名前を呼んでくれるの?」
「……ここには中位精霊も低位精霊も、ゴクラクチョウだっているじゃん」
「みんな呼べないじゃない!」
しらんがな、優香は思う。
「高位精霊ネットワークとかあるでしょ。ドライア義母様とディーネ義母様は結婚前からの知り合いだったみたいだよ」
「ディーネ義母様? ディーネ様、ではなく?」
しまった、そう優香は思うがもう遅い。
「ディーネ義母様って、まさか、先ほどいらした大精霊ディーネ様のこと? そう言えば、昨日あなたが聞いてきた精霊様の名前……、義理の……」
「う、うん」
優香が何とか返事だけをすると、アクアの目がハートになる。
「あなた達、ディーネ様のお子様なの? 人間なのに?」
「義理のよ。義理の。昨日言ったわよね。育ての親の一人なの」
「じゃあじゃあ、あなた達と一緒にいたらディーネ様にお会いできる可能性がある?」
やばい。めんどくさいやつ。
「私達から会いに行くことはないわ。お義母様達は皆お忙しいもの」
恵理子が優香に代わってこたえる。もう優香がめんどくさくなっていることは誰が見ても明らかだ。
「というわけだから、僕らはもう行くから」
優香がそうアクアに告げると、アクアは背を砂浜につけ、手足をばたつかせた。
「やだやだやだ。連れてってくれなきゃやだ!」
駄々っ子かよ。
「アクア!」
「はいっ!」
「アクアがここから離れたら、アクアの眷属のゴクラクチョウはどうするの?」
「眷属って、私が言っているだけで、何のつながりもない。だから問題ない」
「さっき、受け取った卵もふ化させるって言ってたじゃん。なんて冷たいことを。家族を大事にしない奴なんか、僕らのパーティにはいらない」
優香がバッサリ切る。
「え、あの、違う。違って……」
アクアは立ち上がってうつむき、視線を左右に振る。
「違うって何さ」
「私、ボッチでずっとずっと寂しかった。精霊ネットワーク? そんなものない。聞いたこともない。だから、ここで生まれる精霊達やゴクラクチョウしか身近にいなかった。でも、今日、ディーネ様に会えた。ディーネ様に名前をもらった。あなた達に名前を呼んでもらった。嬉しかったの。嬉しかったの」
アクアは顔を前に向け声を上げる。
「お願い!」
これは、優香や恵理子達に向けているのではない。
「私、行きたい。許して!」
すると、森の中でゴクラクチョウたちが鳴く。湖の上で精霊たちが光り舞う。
「みんな、ありがとう!」
アクアが返事を返す。
「これって、許してくれているの?」
「うんっ! ゴクラクチョウはもう襲われないからって、卵を奪われないからって。それに、戻ってきた卵も温めてくれるって。精霊達はよくわからないけど、私がいない方が、次の高位精霊が生まれやすくなると思うわ。だから」
「精霊の方、よくわからないの?」
「うん。お願いを聞いてもらうことはできるけど、向こうから自己主張はしないわ」
「で、本当に離れていいの?」
「うん。一緒に行く」
「わかった。アクア! 行こう!」
「はいっ!」
アクアは満面の笑みを浮かべ、差し出された優香の手を取った。
「ねえ、あなた達の名前も教えて」
「ところで、君は?」
優香は、ブリジットに連れてこられた少女が目を覚ましたのを確認し、声をかける。
「エヴァ、エヴァンジェリン・キリルです」
「じゃあ、エヴァも一緒に帰ろう」
「よろしいのですか?」
「うん。ごめんね、怖い思いをさせて」
「いえ、私が卵を食べてしまったからですよね」
「まあ、知らなかったんだから仕方ないよね」
「とはいえ……」
「それに、そのバツをその身をもって受けちゃったしさ。むしろ、こっちが痛い思いしなくて助かったよ。じゃ、エヴァ、帰ろう」
優香がそう提案する。しかし、エヴァは恵理子の手をつかむものの立ち止まって質問をする。
「あの、私、病気だったんです。胸がずっと苦しかったんです。でも、今は全然そんな感じがしません。どうしてですか?」
「あー」
と、恵理子が視線を外す。そして、
「怪我と一緒に治っちゃったんだねー」
と、治癒魔法によって治ったことを簡単に説明する。
「あの、教会の司祭でも治すことが出来なかったんです。胸を貫かれたのもですけど、いとも簡単に?」
「まあ、よかったんじゃない。それでいいでしょ」
「むぅ」
エヴァは唇を尖らせると、恵理子に抱きつき、
「お姉さま」
と言った。




