遭遇(優香と恵理子)
「さて、東に向かおう」
「そうね。ここが最西端って言ってたものね」
「とはいえ、海に面している西側以外、全部山脈なんだよね」
「……優香って、誰もいないところでも、タカヒロとしてその言葉遣い?」
「あはは、慣れておこうと思ってさ。いざというときに、ですわ、じゃだめでしょ?」
「ま、そうですわ」
あはははは。
「私も慣れるようにするね」
「お願い。で、東の山脈を超えるのでいい?」
「超えられるかわからないけど、それしかないわよね」
と、二人と二頭は東に向かって歩き出す。
ヨーゼフとラッシーもこの十五年間ですっかり大きくなり、とはいえ、ケルベロスの通常サイズより小さいが、二メートルを超えるまでになった。
「わふ」
ヨーゼフが優香に向かって吠え、伏せをする。
同じように、ラッシーも恵理子に対して伏せをする。
「え、もしかして、乗れって言ってる?」
「「わふ」」
優香と恵理子は視線を合わせる。
「乗ってみる?」
「ラッシーがそう言っていそうだし、このままだと、進めないし」
「じゃあ、乗ってみよう」
二人はケルべロスにまたがる。
すると、二頭ともすっと立ち上がり、そして、駆けだした。
「ヨーゼフ、速い速い。無理しないで」
「わふ」
ヨーゼフはスピードを緩める気配はない。
優香を乗せたヨーゼフと恵理子を乗せたラッシーは、森の中を疾走していく。
「ヨーゼフ、すごいよ。これなら、今日中に山脈の麓についちゃいそうだよ」
「わふ」
二頭は疾走する。
「ヨーゼフ、ヨーゼフ、正面にホーンラビットの群れ!」
ヨーゼフとラッシーが並んで走っていく。そして、二頭で走りながら「「ぐるるるる」」と威嚇として殺気をまき散らす。すると、ホーンラビットは散り散りに逃げていく。
「すごいね、ヨーゼフにラッシー。これなら戦闘することなく移動できるよ」
昼時。
「ヨーゼフ、ラッシー、止まって」
二頭は、木々が無く、少し開けたところで停止する。
「うーん。お昼にしたいけど、走ってきちゃったから何も獲物を狩って来てないね」
「どうする? この辺りで探す?」
優香と恵理子が相談する。
「「わふ」」
突然、ヨーゼフとラッシーが森に突っ込んでいく。
「おーい、どこ行くんだ?」
と言った時にはもう遅い。二頭は見えなくなった。
「お湯でも沸かして待っていようか」
「そうね」
二人は、枝を集めて、火魔法で火をつける。そして、やかんに水を、これまた水魔法でいれ、火にかける。
しばらく待っていると、二頭が帰って来た。二頭の口にはホーンラビットが咥えられていた。
「おー、ヨーゼフ。よくやった。よしよし」
「ラッシーも頑張ったね。ありがとう」
二人は二頭をなでてやる。
「それじゃ、ホーンラビットをさばくね。恵理子は、調味料を見てみてくれる?」
「うん。ラッシー、カバンの中を見せて」
恵理子がカバンの中をあさる。すると、
「アンヌさんとサーナさん、塩コショウもハーブもたくさん入れてくれてるわ」
「ほんと? それはすごいね。最悪味付けなしだと思ったよ」
優香は、さばいた肉を串に刺し、塩コショウをして焼いていった。
二人には一頭のホーンラビットですら多いが、ここには二頭のケルベロスがいる。結局二頭のホーンラビットをまるまる平らげてしまった。
「ふう、ちょっと休んだら出かけようか」
「私、ちょっと薬草を見てくるね」
「気を付けてね。ラッシー、疲れてるところごめん、恵理子をお願い」
「わふ」
ラッシーは恵理子の後をついて行った。
恵理子が帰ってきた後、しばらく休んだのち、二人と二頭は再び出発し、予想通り、夕方には山脈の麓にたどり着いた。
そこで野営をすることにするが、食事の肉などはまた、ヨーゼフとラッシーが狩って来た。
まだ冬が明けたばかり。山の麓は気温が低いが、二人は、ケルベロスに挟まれて暖かく眠った。
翌日、再び二人と二頭は歩き出す。
「ヨーゼフ、ラッシー、昨日は二人のおかげで暖かく寝られたよ。ありがとう」
「二人とも、気持ちよかったよ」
「「わふ」」
ヨーゼフとラッシーが伏せをする。
「これから山道だし、あんまり君たちに頼ると体力が落ちちゃうかもだから、僕らも歩くよ。ありがとう」
「「わふ」」
二人はヨーゼフとラッシーのそれぞれ三つの頭を撫でてやる。
斜面を登っていき、しばらくすると、森林を抜ける。その先には、左右に見渡す限り広がる山脈が立ちはだかっている。
「すごいね。きれいだな」
「見るだけならね。確か、あっちの方に通りやすそうなところがあるって、アンヌさんが言っていたけど」
「そっちに回ってみようか」
二人が歩き始めると、
「「わふ」」
と、二人の袖を引っ張る二頭。
「ん? どうした?」
二頭は、空を見上げる。
「あ、でかい鳥。いや、ワイバーンか」
「ここって、ワイバーンの巣があるもんね。殺気を押さえてそおっと通るしかないわよね」
「そうだね。ヨーゼフ、ラッシー、君たちも気配を消せる?」
「「わふ」」
「お、すごい! 完全にとはいかないけど。充分に気配が小さくなってる。いい子いい子」
二人は、ルートを確認して歩き出す。
ちなみに、二人はワイバーンくらいなら倒す実力がある。しかし、群れを相手にするのは話が別。しかも、ワイバーンはドラゴンに付き従っていると言われている。つまり、ワイバーンを刺激したらドラゴンが出てくる可能性がある。この山脈にドラゴンがいるという話は聞いていない。しかし、慎重に行くに越したことはない。
斜面をゆっくり斜めに歩いて行く。赤茶の砂、岩で構成された斜面。歩きにくい。歩きやすそうな場所は、ワイバーンが巣を作っている。
ところどころ、背の低い松がはえている。それも足場にして進んでいく。なるべくワイバーンの巣と巣の真ん中を通るように。幸いにもワイバーンの巣同士は離れて作られており、時々威嚇をされつつも襲われることはなかった。
ワイバーンのエリアを抜け、さらに歩く。登るにつれ気温が下がり、足元が雪に変わってくる。ヨーゼフとラッシーが先に歩き、道を作っていく。
「ヨーゼフ、ラッシー、足は冷たくないかい?」
「「わふ」」
二頭は気にせず歩いていく。
太陽が真南に到達したころ、二人と二頭は山頂に着く。
「わー、すごくきれいだな」
「私達の家なんて全く見えないわ」
「うん。こっちもどこまでも森林が続いて。これ、人の街があるんだろうか」
「きっとあるわ。そして、みんな待っていてくれているわ」
「よし、ここからだ。行こうか」
「はい!」
二人と二頭が一歩を踏み出す、その時。
「主らが西に暮らしておった者達か?」




