襲い掛かる見えざる手(優香と恵理子)
「わからないわね」
恵理子が優香に話しかける。
「ええ、何も異常は見つけられなかったわ」
「本当にゴクラクチョウを殺した人は、死んでしまうのかしら」
「そんなオカルトがある?」
「この世界にはあるのかもしれないけど」
「確かにこの世界、魔力とか魔法とかわからないものがあったけど、それ以外は、比較的想像のつくものだったわ。だから、オカルトがあるとは思えないんだけど」
「オカルトじゃなくて、見えない物だったら?」
「病気とかそういう話?」
「ううん。見えない生命体」
「やっぱり病気じゃないの。病原体?」
「違うわよ。私達も知っているじゃない。姿を消すことが出来る、というか、人の認識から外れる」
「精霊?」
「そう。レイ母様達はいつも実体化していたけど、低位精霊や中位精霊は、いるはずなのに見えていないわ」
「じゃあ、そういった精霊がゴクラクチョウのかたきを取りに来るのかしら?」
「でも、多分だけど、低位精霊も中位精霊も、自分の意思でそんなことをするとは思えない」
「つまり、高位精霊がいるってこと?」
「ゴクラクチョウを殺した人を高位精霊が直接殺す、もしくは低位精霊とかを使って殺す」
「でも、理由がわからないよね。精霊とゴクラクチョウの間にどんな関係があるのか」
「様子を見るしかないのかしら」
「それとも、行ってみる? その森に」
翌日。
「リーシャ、ブリジット、お願いがあるんだけど」
「なんでしょうか」
「留守番をお願い」
「え?」
「リーシャもブリジットもギルドで聞いていたからわかると思うけど、北西の森まで戻ってくるから」
「お二人でですか?」
「アリーゼとナディアを連れて行くわ。ヨーゼフとラッシーも」
「それは、例の件を確かめにということでよろしいです?」
「そう。だから、今はちょっと内緒にしておいてね」
「わかりました。留守はお任せください」
「アリーゼ、ナディア、出かけるよ」
「「はい?」」
「ちょっと一日では行けないから、野営の用意もお願い」
「は、はい。かしこまりました」
「ミリー、オリティエ、手伝ってあげて。荷物はヨーゼフとラッシーにも持たせるから」
「あの、二人だけを連れて行くのですか?」
ミリーが確認を取ってくる。
「そのつもり。ちょっと気になることがあるから」
ミリー隊、オリティエ隊の視線がアリーゼとナディアに刺さる。
「優香様、恵理子様、言っていただければ、二時間でも一晩でも出ておりますが?」
「ミリー、たぶん勘違いだから。ね、今回は四人で行かせて」
「「私達ではダメですか?」」
同じちびっこのヴェルダとメリッサがくいさがる。
「うん。ごめんね。今回はこの二人じゃなきゃダメなんだ」
「そうですか……」
「わかりました。この街で待っております」
その日の昼には出発する。ヨーゼフには優香とアリーゼが。ラッシーには恵理子とナディアがまたがる。
「ヨーゼフ頼むよ」
「わふ」
ヨーゼフとラッシーはキリルの街を出て、西へと走る。二人を乗せたくらいでは全く重さが気にならないのか、走る走る。
「ヨーゼフ、無理しないでね」
と、暗にゆっくり走ってくれとお願いすると、ヨーゼフは余計に張り切る。どうしてこの手のタイプは頑張ってしまうのか。
しかし、優香の背ではアリーゼが、恵理子の背ではナディアが、きゃいきゃいと喜んでいる。ちびっこはスリルが好きらしい。
ヨーゼフとラッシーがひたすら走り続けて、夕方になる。
四人は、大きな岩を見つけて、その陰で野営をすることにする。火を焚き、ミリーが用意してくれたお弁当を食べる。
「ねえ、アリーゼにナディア、体に異変は?」
「ありません」
「私達に何かあるのですか? 昨日から何かを気にされているようですが」
「えっとね、ここまで来たから言うけど、あのカラフルな鳥ね、ゴクラクチョウって言うらしいんだけど、殺した相手を黄泉に連れて行くって、ギルドで言われちゃったのよ」
恵理子が説明をする。
「「え?」」
「私達、死ぬんですか?」
「うーん。どこも悪くなっているところがないのよ」
「つまり、嘘か本当かわからないってことです?」
「そう。だからね、ゴクラクチョウが住む森に行こうと思っているの。何かヒントがあるかもって」
「私、まだ死にたくないです」
「うーん。死ぬとは思えないのよね。さっきも言ったけど、どこも悪いところがないの」
「ですが、どうやって死ぬかわからないんですよね?」
「まあ、そうね。でも、大丈夫よ。私達がいるわ」
「恵理子様―」
「優香様―」
アリーゼとメリッサがそれぞれ抱き着いた。
翌朝。
「今日は森に入るわね」
「たしか、森の中に湖があるって言っていたよね。そこに行けば何かわかるかなあ」
「わからなくてもいいの。この子達が傷つかなければ」
「そうだね。行こうか」
優香と恵理子は、ちみっこの二人に視線を向ける。が、その瞬間、
ザシュ! ザシュ!
アリーゼとメリッサの胸を氷の槍が貫いた。
「ぐわっ!」
「うっ!」
「アリーゼ!」
「メリッサ!」
優香と恵理子は、二人の下へと駆けつけ、両手でその槍を引き抜く。そして、
「「メガヒール!」」
慌てて治癒魔法をかける。
「「ハアハアハア」」
二人の息は荒い。
「何が起こったの?」
「わからない。突然、二人にアイスランスが刺さった」
「どういうこと? 気配は?」
「全く感じなかった。アイスランスも飛んでこなかった。まるで、母様達から教わった、ゼロ距離魔法のよう」
「でも、それなら魔力の流れを感じてもよくない?」
「そう。感じなかった。つまり」
「つまり……レイ母様?」
「うん。もちろん、レイ母様じゃないと思う。ドライア母様やディーネ母様でもない。だけど、それと同じ、精霊」
「どこに?」
「わからない。レイ母様達もだけど、精霊は、存在を消せる。むしろ、存在を表すことが出来ると言った方がいいかしら」
優香と恵理子は、アリーゼとメリッサを挟んで警戒する。
しかし、なにも起こらない。どれだけ時間がたっただろうか。おそらく実際の時間は短い。だが、集中した時間はとても長く感じる。
「恵理子、もう来ないのかな」
「そうなのかな。もう大丈夫かな」
二人が、ふっと、気を抜いた瞬間、
ザシュ! ザシュ!
再び二人にアイスランスが刺さった。




