勇者タカヒロ様、マオ様の一番弟子、孤高の野良猫、行きます(優香と恵理子)
真夜中、騎士団が子爵邸から隊列を組んで歩き出す。すべて騎士。その数、千。子爵邸から街の中心まで伸びる大通りを歩いて行く。
優香が目を覚ます。
「恵理子、起きて。やばい」
「なに? って、来たの? まさかのこっち?」
「そうみたい。皆を起こすよ。リーシャ! ブリジット! 皆を起こして。戦闘態勢。通りに出て迎え撃つ。私とリーシャ、ネフェリ、ミリー隊は右。恵理子とブリジット、リピー、オリティエ隊は左」
「装備はどうしますか?」
「殺したくはないけど、相手が殺しに来ているだろうから、剣を実装して」
「はい。わかりました」
「アリーゼ達魔導士隊は魔力大丈夫?」
「「「「行けます!」」」」
「よし、準備でき次第、通りへ! あ、マティはここで待機ね」
と言って、優香は窓から飛び降りた。それに恵理子やリーシャ達が続く。
マティは口をとがらせるが、自分が足手まといなのはわかっている。
「ご武運を!」
マティは窓から顔を出して叫んだ。
優香達が通りに出て待っていると、左右から騎士団がやってきた。
騎士団長らしき騎士が声を上げる。
「貴様らが亡き王女殿下の御名を汚す悪党だな? この場で討伐してくれる」
そして、騎士達に大声で命じる。
「盾隊前へ! 前進!」
「みんな、メイスに持ち替え! ぶっ飛ばすよ。ネフェリ達もそれでお願い。ブレスはダメ。ここで使うと街が壊れる。アリーゼ、ナディア、マロリーにルーリー、牽制のアイスランスいける? いくよ! てー!」
アリーゼ達が迫ってくる盾隊に向かって数十のアイスランスを連続して撃ちこむ。
「行く!」
優香は、盾隊に向かってアイスランスに続いて飛びだし、盾をぶん殴って騎士を吹っ飛ばす。その脇から槍が飛びだしてくるが、それをつかんでは引きだす。そして、メイスをたたきつける。
リーシャ達も同じようにメイスを叩き込んでいく。一撃で倒せないのがつらいところ。ただ一人を除いて。
ネフェリだけは、メイスをふるって、ゴルフボールかのように盾を持った騎士を打ち飛ばしていく。
「ええい、撃つよ! アイスランス!」
優香が巨大アイスランスを一度に十発も顕現させ、それを騎士団に撃ちこんでいく。
「それじゃ、私も! ファイアボール!」
リーシャが単発ではあるが、巨大なファイアボールを騎士団に撃ちこむ。
しかし、数は力である。
「ひるむな! 前に出ろ! 数で押せ! 我々の勝利は目前だ!」
騎士団が優香やリーシャの魔法に臆することなく突っ込んでくる。
魔法と打撃攻撃を合わせても、相手の数はなかなか減らない。減ってはいるのだが。
ガシャン!
突然、上空でガラスが割れる。
優香達が泊まっていた部屋の窓だ。
「マティ?」
優香が危惧した通りのことが起こる。
割れた窓から出てきた者。漆黒の肌を持つ、身の丈三メートルの巨体。その目は赤く光り、背には黒い翼。そして、細い尾。さらには、その左手には、マティが握られている。
「ユリア―!」
マティが叫ぶ。
ブリジットは、それを見てメイスを捨て、剣を取る。そして、恵理子に目配せをする。
恵理子は、頷くだけで返事を返すと、ブリジットは、走り出した。
その姿、どう見ても悪魔は、戦場の真ん中に降り立つ。
「マティを離せ―!」
ブリジットが剣を上段に構え飛びかかる。
普段のブリジットなら自分より大きい相手に飛びかかったりしない。
悪魔は、ブリジットの剣をすっとよけ、そして、宙に浮いて身動きの取れないブリジットにこぶしを叩き込んだ。マティを握っている左手で。
「「グハッ!」」
ブリジットは吹き飛ばされて地面に転がる。一方、握られたマティは体を圧迫されて、口から血を吐き出す。
「タカヒロ様! 行ってきていい? あのバカ、頭に血が上ってる!」
リーシャが優香に提案する。
「あれ、悪魔だよ、きっと。大丈夫?」
「私を誰だと思っているんですか。勇者タカヒロ様、マオ様の一番弟子です。それでは、孤高の野良猫、行ってまいります!」
リーシャもメイスを捨て、両手剣を取り出し、後退する。
悪魔が、倒れているブリジットに追撃の右こぶしを撃ちこむ。
ガキン!
リーシャの大剣がそのこぶしを相殺する。
「くっ、切れないかー」
リーシャは苦い顔をし、
「おーい、ナイト様、そろそろ起きてくれませんか。姫様が助けを待っているんですけどね」
後ろで倒れているブリジットに声をかける。
「く、油断した」
「油断じゃないでしょ。ブリジットのミス。ほら、そのせいで姫様、口から血を流しているよ。いつものあんたなら、あんな攻撃しないでしょうに」
と、リーシャは大剣を下段に構える。
「それじゃ、私が突っ込むから、後衛、よろしくね」
リーシャは下段に構えたまま突進する。
それに合わせる形で悪魔が右のこぶしを撃ちこんで来る。
ガキン!
再び、大剣とこぶしがぶつかり合い、お互いはじかれる。
その瞬間、
ザシュ!
と、悪魔の右手首がふき飛ぶ。
「ナイス、ブリジット!」
「ふん! 次だ、次」
「でも、姫様握った左手、どうしようかね」
「やることは同じだ」
「姫様大丈夫かな?」
「うちには最高のヒーラーがいる」
「そういう問題じゃないけど。ま、いいか」
ふむ。と、リーシャ。
「じゃ、行くよ」
再びリーシャが下段に大剣をかまえて飛び出す。そして、左のこぶしと相殺図る。同じように手首を切れればマティは助けられる。
「うりゃ!」
リーシャが大剣を振り、こぶしと当たる瞬間、悪魔がこぶしを引いた。
「え?」
リーシャは大剣を空ぶってしまう。バランスを崩したリーシャに向かって撃ちこまれる右のこぶし。
「右?」
リーシャは慌てて大剣を盾にして防ぐ。しかし、宙に浮いているリーシャは吹き飛ばされる。
「ブリジット、右だよ右。回復しているよ」
「再生か? にしても早すぎる。これは危ないな」
と、視線を合わせることなく相談をする二人。すると、
「心臓を狙え、左右同時に!」
リピーの声が聞こえてくる。
「左右同時に?」
「まあ、家族の言うこと、信じてみましょうか」
リーシャが大鎌を取り出す。
「行くよ、ブリジット」
「ああ、リーシャ」
二人が飛び出そうとした瞬間、
ザシュ!
悪魔の両足首が切られた。
そこには、剣を振りきった優香と恵理子がいた。
「「今!」」
両足首を切られ、倒れそうになる悪魔。
そこへ、
「はぁー!」
「にゃー!」
と、飛び出す二人。
ザクッ!
ブリジットが前から右胸を、リーシャが背から左胸を突いた。
優香と恵理子は、
「二人とも、あと、よろしく!」
と言って、再び前線に戻って行く。
ブリジットは、悪魔の左手からこぼれ落ちたマティを受け止めた。
「マティ、マティ!」
マティは目を薄らと開け、
「ユリア、ごめんなさい。私、足手まとい……」
そう言って、目を閉じた。
悪魔はドスン、と音を立てて倒れると、黒い煙を吐き出しつつ、縮んでいき、煙がなくなった後には、一人の男が倒れていた。子爵だった。
リーシャは、その子爵の襟首を持ち上げ、
「子爵は死んだ! 剣を引け!」
と、大声を上げる。
すると、騎士達は戦闘をやめて引く。
「あ、あの悪魔が子爵様だったと?」
「子爵様が悪魔? 悪魔は勇者ではなかったのか?」
「我々は悪魔に従っていたのか?」
騎士達が次々に疑問を口にする。
優香が一歩前に出て騎士達に告げる。
「子爵は死んだ。子爵は悪魔だった。悪魔であった子爵の命令をお前達が聞く必要はない。今日のところは、これで引け」
その言葉に、騎士団長らしき騎士は騎士達に声をかけ、屋敷へと帰って行った。




