リョクレイさん登場(優香と恵理子)
リピーは、横なぎにブレスを屋敷に撃ちこみ、二階以上を吹き飛ばしてしまった。
「さあ、走るよ。ネフェリとリピーは邪魔者を排除して。マティは何とかついて来てね」
優香は、港に向かって走る。ネフェリから猫人族を預かり、背負って。ブリジットは、変わらず子爵を引きずって。
恵理子達が正面の庭で騎士達と戦っていると、突然、屋敷の二階以上が吹き飛んだ。
「よし、みんな、撤収! 走るよ!」
「「「「はい」」」」
仮面をかぶったメイド達が一斉に門の外に向けて走っていく。
「待て!」
騎士が叫ぶ。
「鐘を鳴らせ。全騎士、全兵士、全衛士を出せ。追うぞ!」
鐘の音は、屋敷から、街中へと連鎖するように広がっていく。
そして、巡回していた衛士が、門にいた兵士が、休暇を取っていた騎士が、全員が武器を装備して、港へと走る。
優香達は急いで走るが、ブリジットが子爵を引きずっている。思うように進まない。何より、港に近づくにつれ、騎士達が多くなってくる。
出会った騎士、切りかかってくる騎士を、ネフェリとリピーが殴っては吹き飛ばして沈黙させる。
そして、何とか港に出ると、そこには、武器をかまえた獣人達と、千を超える騎士、兵士達がにらみ合っていた。
優香達は、その間に走り込む。そして、
「ウォルフ、この子のことよろしく」
と、猫人族をウォルフに渡す。
「お前ら、どうして?」
「どうしてって? 倒れていた猫人族を保護したから連れて来たんじゃないか」
「倒れていただと? さらわれたではなく?」
「その辺は、こいつに聞いたらいいんじゃない?」
優香は、ブリジットに引きずられてボロボロになった子爵もウォルフに渡す。
「なんだよ、この汚いおっさん。しかも、片手ないじゃん」
そういうやり取りをしていると、騎士達から怒声が飛ぶ。
「貴様ら、子爵様を放せ!」
「おっと、動くな」
優香は子爵の首にナイフを当てる。
騎士達は、剣をかまえつつも、踏み込めないでいる。
そこへ、恵理子達がやってくる。
「おまたせー。でもごめん。いっぱい連れてきちゃった」
騎士達の集団が膨れ上がる。
「まあ、想定の範囲内だよ。こっちには人質もいるし、大丈夫じゃないかな」
「子爵様を放せと言っているだろう」
「ああん?」
リーシャが騎士に向かってすごむ。
そこへ、優香と恵理子が、ウォルフと子爵を連れて、騎士達の正面に立つ。
「話し合いをしようじゃないか」
優香が騎士達の前で子爵に声をかける。
「我々が求めることは、まず、子爵からの謝罪。子爵から虐げられた猫人族や獣人たち、その家族への補償。この街における人と獣人族の平等性、そして、自由だ」
「そんなことが出来るわけがない。ここはアストレイア、人間の国だ。獣人が自由に闊歩していいわけがない。そうだう? 偽物王女殿下?」
子爵がマティに同意を求める。
「我が国は確かに人間の国だ。しかし、だからと言って、他の種族をさげすんでいいわけではない。お互いに協力し合える、よい関係を築き、共に発展すべきだ」
「そんなきれいごとが通るわけがない。獣人は我々人間より身体能力が高いのだぞ? 領民が生活に不安を感じてしまう」
「だからと言って、獣人をさらい、強制的に奴隷とし、無理やり働かせていいわけではあるまい? 挙句に、十年したら開放すると期待をさせたうえでその約束を反故にするなど、やっていいことではない」
「猫人族の目は、船の運航に必要なのだ。この街の貿易は、我が国の商船、他国の商船の安全な航行は、猫人族の目にかかっているのだ。この獣人達の船も、猫人族がいたからこそ、このように安心して航行し、貿易が出来ているんだぞ」
ウォルフが苦い顔をする。実際にそのとおりだったと。
「協力関係を築くことはできただろう」
「は? あの塔の監視は、天候や海の魔物、ドラゴン等の危険を察知するだけが役割ではない。他国からの侵略も監視しておるのだ。つまり、軍の機密をも扱っておるのだ。他国のものを入れるわけにはいかないのだ。奴隷だから黙らせておけるんだ」
「だからと言って、猫人族をさらって強制的に奴隷にしていいわけではないであろう?」
「必要な犠牲だ」
ウォルフが剣を抜く。アストレイアのために猫人族が被害にあっていいわけではない。犠牲になっていいわけではない。
子爵は立ち上がると、大声を上げる。
「お前達、こいつらは王女殿下の名をかたる偽物だ! 亡くなられた王女殿下の御名をけがす悪党である。殺せ!」
港に集まった何千もの騎士が剣を抜く。ウォルフ達数百の獣人族もそれに対抗して剣をかまえる。
そして、騎士の一人が叫ぶ。
「行け!」
「「「おー」」」
ウォルフも叫ぶ。
「気合を入れろ!」
「「「おー」」」
両者が剣を振りかざし、飛び出す。
が、突然突風が吹く。
そして、
ドスン、ドスン、ドスン……
地面が揺れる。
「な、何が?」
騎士、兵士、衛士、獣人が動きを止め、見回す。そして戦慄する。
二十に近い数のドラゴンが降り立っていた。
そして、一番大きい緑色のドラゴンが口を開く。
「双方、剣を引け。我らは、これ以上、人間と獣人との争いを、殺し合いを望まぬ。これ以上やるなら、双方とも、国ごと亡ぼすぞ?」
さすがにドラゴンに国を亡ぼすと言われれば剣を引かざるを得ない。それに、やられるのであれば、最初は自分達だ。
騎士達や獣人達が剣を納めると、そのドラゴンが人間形態へと変身する。
そこには、緑色のチャイナドレスを着た、緑色の髪をした女性が立っていた。
「この街の代表は、そこの子爵と呼ばれた人間でよいな?」
「は、はい」
子爵が答える。
「それでは、先ほどそこのものが提案した、この街における獣人の自由について、検討しろ。もちろん、謝罪と補償についてもな」
「……はい」
子爵はうなだれる。
「獣人、お前達も、自由だと言って調子に乗ると、つぶすからな」
「……はい」
「我が名はリョクレイ。双方、良い方向へ進むことを期待する。では」
と、リョクレイと名乗った女性は、飛び上がると同時にドラゴン形態に戻り、空へと舞い上がった。他のドラゴン達も同様に飛び上がり、そして、東の山脈に向かって飛んで行った。
緑ドラゴンたちが飛び去ったのを見送り、優香は子爵とウォルフに声をかける。
「それじゃ、おさらいだけど、子爵の方で、獣人の国に対して謝罪、それから被害者への補償、今後の対策について取りまとめたものをウォルフに渡す。ウォルフはそれをもって国に帰り、国で検討してもらう。それを繰り返していい方向に進ませる。それでいいよね」
「……ああ」
「ウォルフもいい?」
「ああ」
「それじゃ、僕ら帰るから。後はよろしくね」
「おい、ちょっと待て」
ウォルフが優香に声をかける。
「なに?」
「お前ら、最初から全部丸投げするつもりだったんじゃないだろうな?」
「何を言っているの。猫人族を助けたじゃん。何が起こっていたか明らかにしたじゃん。ちゃんとやることやったよ。何より、死人が出なかったのはよかった」
ウォルフは、「お前、二十人くらい焼いただろう」とは思っても声には出さなかった。
こうして、子爵達は屋敷へ、ウォルフ達は船へ、優香達は宿へと帰って行った。
二階以上が吹き飛んだ屋敷で、子爵は、
「ドラゴン族にやられてしまったが、このまま許せるわけがない。ドラゴン族の要求は獣人に対してだったな。じゃあ、あいつらに対してはいいんだよな」
そう呟いて、虹彩を赤く光らせ、息を荒くする。
「皆の者! 奴らがいる宿を囲め。そして、殺せ!」




