スタート(優香と恵理子)
「グレイス様、優香と恵理子はさらに三年間の訓練を選んだようです」
ミルフェは優香と恵理子の状況を報告する。
「そうか。強くなりたいと思うのはいいと思うけどね。母上達に鍛えられたら、どうなることやら」
グレイスは、三年後の二人の強さを想像する。
「ところで、千里と桃香は?」
「この二人は、一日中、マーレとターレと、剣やナイフ、素手での格闘訓練を繰り返しているようです」
この二人についてもミルフェが報告する。
「おい、魔法は? 何のためにラミとルミをつけているんだ? 二人はもしかして、飲んだくれているんじゃないだろうな」
「そ、それが、千里と桃香は、格闘訓練後、海に向かって全魔力を使った魔法を撃ちこんでいます。そのため、魔法の訓練ができない状況です」
「だから、ラミとルミ、あいつら」
「それが、ラミとルミも面白がって、全魔力を使った魔法を同じように海に打ちこんでいます」
グレイスは額を押さえる。
「えっと、全魔力を使うことで、魔力量が増えるのはいいんだけど、それだと、魔法を使った戦闘訓練ができないじゃん。巨大魔法を撃って終わり?」
「ちなみに二人ですが、エクスプロージョンとか、フローズンアース、とか言って、火の魔法と氷の魔法を海に撃ちこんでいます」
「……それで、まだ報告事項が? そんな超巨大魔法を撃ちこむ練習をして、何を滅ぼすんだか。それじゃ、繊細な魔力操作、不要じゃん」
「それがです。続きを聞いてくださいます?」
「ん? ただ、でかい魔法を撃ちこんでいるだけじゃないのか?」
「はい。ちがいました。ある時、たまたま来られていたトワ様が上空からその様子を見ていて気が付きました。上空から見ると、千里は「センセ、私はここにいるよ」と、炎や氷で文字を書いていたんです。同じく、桃香も「白馬の王子さま、きてください」と。要は、空に向かってメッセージを送っていたんです」
「……なんて器用なことを」
「はい。そうなんです。それに気づいたラミとルミが同じように、「酒を飲ませろ」とか「みそぎの舞」とか同じように書き出して。そういうわけで、四人で毎日、超巨大メッセージを空に向かってアピールするがごとく、魔法を海に撃ちこんでいるんです」
「それってさ、実はすごくない? 超巨大魔法に繊細さを伴わせて撃ちこんでるってことだよね。つまりは魔力操作にたけていると」
「その通りです。ラミとルミもそのように評価していました」
「実は、千里と桃香、魔力操作も器用なんだ」
「はい。それもなんですが、マーレとターレのマイルズ姉妹との二対二の試合の時など、二人は魔力で文字を書いて意思の疎通をしているんです」
「どこのハンターだよ!」
「しかもです、それにマーレ達が気づくと、そのやり取りにもフェイクを入れたり、暗号化したりするまでして」
「そんなの見破れる人が、この世界にそうそういると?」
「なので、この二人、魔法による対人戦をあまり練習していませんが、おそらく、魔法についてもかなり起用に使いこなすものと」
「わかった。じゃあ、来年の第一期卒業試験は、戦闘スタイルから言って、母上とバニーに対応してもらおう。魔法については、ラミとルミは使い物にならないから、やっぱりドライアとディーネかな。それか、れーちゃんに頼んで」
「承知しました。ところで、貴博と真央はどうなのですか?」
「今日も手をつないで登校したよ。ちゃんとリア充として育っているよ」
「……」
優香と恵理子が十五歳になった年の翌春。第二期卒業試験が終了した。
「二人とも、よく頑張った。私から見ても、君たちは十二分に強い」
リーゼから講評をもらう。
「「はい。ありがとうございます」」
「二人なら、絶対に願いをかなえられると思う」
「「はい」」
「それでも、何があるかわからん。基本的に、手の内は明かすな。しかし、命を大事にして治癒魔法はことあるごとにかけろ。いい報告を待っている」
「十五年間。お世話になりました」
二人は頭を深々と下げた。
二人は、アンヌとサーナと共に、屋敷に戻った。
二人の部屋に入ると、
「お二人とも、最終試験お疲れさまでした」
と、アンヌが二人に声をかける。
「アンヌさんもサーナさんも、十五年間ありがとうございました」
優香が言うと、
「明日の朝に出発できるよう、準備しますので、それは明日お願いします」
「「はーい」」
「ところで、グレイス様からお二人に餞別があります。まず、うちの騎士団の団服です。これはコートタイプになっていて、足元が見えないようになっています。また、中に武器類を隠しておくことが可能です。それから、フード付きのポンチョ。これは、雨降りの日や団服を見られたくない時に着てください。最後に、武器類です。グレイス様配下の鍛冶師が打ちました。お好きなものをお持ちください」
「武器はどれを選んでもいいの?」
「はい。構いません。お二人の戦闘スタイルからだと、剣と槍、それからナイフでしょうか。槍は三つに分かれており、コートの中に隠すことが出来るようになっています」
「じゃあ、それらにしようかな」
「私も」
「ちなみに、ヨーゼフ達につける荷物入れも用意してあります。それに入るのであれば、いろいろと持って行って構いません。ヨーゼフ達の荷物入れの中には、当面のお金も着替えも入っています」
「何から何までありがとうございます」
「他に何か必要なものがあれば、今日中に申し付けてください」
「あの、仮面ってありますか? シンプルでかっこいいやつがいいのですが」
「仮面ですか? お二人とも?」
「私だけでいいんですけど」
優香が言う。
恵理子はそれに対して怪訝な顔をする。
「私はいいの?」
「うん。恵理子はきれいだから、目立ってほしい」
「えっと。意味がわかんない」
「後で説明する」
「わかりました。優香様用に仮面を用意させていただきます」
「それでは、食事は食堂に用意してあります。今晩はゆっくりとおくつろぎください」
と、サーナが二人に言い、アンヌと共に退出した。
夜。
「恵理子、明日、ここを発つんだけど、相談したいことがあるの」
「何? 貴博さん達を探すための作戦でしょ?」
「うん。そうなの。明日からみんなを探す旅に出るんだけど、二人でやみくもに探しても、見つからないと思う」
「それはそうよね。向こうが探してくれていたとして、すれ違いにもなりかねないわ」
「うん。すれ違ってしまっても、追いかけられるよう、見つけられるよう、そうしたいと思ってる」
「それはどうするの?」
「えっと、思い切り目立とうかと」
「え? 目立つ?」
「うん」
優香は、おもむろに腰まで伸びた美しいストレートの髪を根元から握る。そして、右手に持ったナイフで、バッサリと切り落とした。
「え? 優香?」
恵理子は驚愕する。どうして、その美しい髪を切り落としてしまったのか。その美しい髪があったら、充分目立つのではないか。
「“僕”は明日からタカヒロと名乗る。恵理子はマオと名乗ってほしい。それで冒険者登録をする。僕らは、夫婦の冒険者として活動する。パーティ名はクサナギ」
優香はタカヒロとして、男言葉を使う。
「優香、その髪……」
「マオ、君の夫として活動するためにも、長髪は不要なんだ。それに、このどうしても女性っぽい顔を仮面で隠すよ。いい? 僕らは夫婦の冒険者パーティとして、駆け上がる。それから、なるべく武闘会みたいなイベントに参加してこれも勝つ。そうすれば、必ず噂は広まる。広まればきっと、貴博さん達が自分達と同じ名前に気づいてくれる」
「でも、優香と恵理子の名前でも気づいてくれないかしら?」
「タカヒロって名前なら、千里ちゃんは特に食いつくと思うよ?」
「なるほど、タカヒロさん。わかったわ。私も皆に会えるよう、全力を尽くす。二人で」
翌朝。
「アンヌさん、サーナさん、そして皆さん。大変お世話になりました。私達はこれから知人を探す旅に出ます。旅に出られるようになるまで、私達が育ったのは、皆さんのおかげです。皆さんもお元気で」
優香と恵理子は深々と頭を下げた。
こうして、二人と二頭は、旅をスタートさせた。




